リーマン・ショック後1年 (H21.11.10)
―『世界日報』2009年11月10日号“Viewpoint”(小見出し加筆)

【内外経済の現状】
 リーマン・ショックから1年が経過し、世界経済にも、日本経済にも、ようやく底入れから回復に向かう動きが出てきた。しかし、今後については不確かな要因が多く、再び下振れするリスクもある。国・地域別の格差も大きい。来年二番底を打つ「ダブル・ディップ」のリスクが囁かれている国もある。
 当面の日本経済には、米欧のような住宅バブルの発生と崩壊の爪痕はない。また、日本の金融機関は、住宅ローンの証券化商品や派生商品への投資を控えめにしていたから、これらの暴落による痛みも少ない。従って、米欧のようにバランス・シートの劣化(多額の負債を抱えたまま資産価格が暴落)が原因で金融危機が発生し、不況に陥った訳ではない。不況からの回復も、バランス・シート調整の帰趨に懸っている訳ではない。

【大きかったリーマン・ショックの衝撃】
 日本の景気後退は、このような米欧の金融危機と景気後退によって世界同時不況が発生し、輸出が激減することによって起こった。日本の輸出の前年比は、リーマン・ショックの直後の昨年10月からマイナスに転じ、マイナス幅は毎月拡大して本年2月にはマイナス49・4%とほぼ半減した。
 日本経済は、02〜07年の戦後最長景気の間、超低金利による円安バブルを梃にして輸出を伸ばし、極端な外需依存の体質に変わったため、この輸出激減の衝撃は大きかった。昨年10〜12月期と本年1〜3月期の実質GDPは、年率換算でマイナス12.8%とマイナス12.4%の大幅収縮となった。この落ち込みは、金融危機と世界同時不況の発祥の地である米欧よりも大きい。本年10月のIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、本年のマイナス成長の幅は先進地域の中で日本が最大と予測されている。

【底入れから回復の兆し】
 しかし、急落した輸出は本年2月を底に回復し始めた。急激な景気後退によって発生した国内外の過剰在庫の調整が、生産の大幅な抑制によって進捗してきたことと、先進国や中国、インドなどの新興国が採った内需刺激策の効果が出てきたためである。
 日本の輸出(季調済み)は、3月から9月までに44.8%増加し、9月の前年比マイナス幅は30.7%まで縮小した。水準としてはまだかなり低いが、この輸出の伸びが輸入の伸びを上回り、また原油など国際商品市況の下落と円高によって輸入物価が輸出物価に比して値下がりした(交易条件が好転した)ため、実質GDPベースの純輸出が本年4〜6月期から5四半期振りに増加し始め、実質成長率も5四半期振りのプラスに転じた。 この回復の足取りは、今後どうなっていくのであろうか。少なくとも二つの側面から検討する必要がある。一つは輸出の立ち直りを支えている世界経済の動向であり、もう一つは日本国内の経済動向である。

【先進国と新興国の違い】
 世界経済のうちまず先進国の動向をみると、在庫調整の進捗と大規模な政策発動により、米国とEUは7〜9月期以降5〜6四半期振りのプラス成長に転じたが、需要先喰い的な優遇措置が終わるなど政策効果が先細りとなる今後に下振れの不安がある。財政赤字が拡大しているため、大型の追加政策にも限界がある。更に米欧では、始めに述べたバランス・シート調整がまだ尾を引いているため、債務過大の家計部門の支出抑制が長く続き、また金融部門の信用仲介機能が円滑に働かないリスクがある。明年再び景気後退が起きる「ダブル・ディップ」が囁かれるのは、このためである。
 これに対し、中国、インドなどアジアを中心とする新興国やアジアNIEsでは、大規模なマクロ経済政策によって、インフラ投資が進み、内需が拡大している。前述のIMFの経済見通しでは、明年の実質成長率が中国9.0%、インド6.4%、ASEAN−five4.0%、アジアNIEs3.6%となっている。
 日本の輸出もアジア・シフトを強めており、3〜9月の輸出増加に対する寄与率は、アジアが64.6%に達し、米国は17.5%、EUは7.0%にすぎない。

【バランス・シート調整の不在とアジアへの高い依存度が日本の利点】
 次に日本国内をみると、米欧と同じように在庫調整の進捗とエコカー優遇、エコポイント制度などの政策効果により、7〜9月期には内需が6四半期振りにプラスに転じる。大幅なマイナス成長の中で減少を続けてきた設備投資も、7〜9月期には下げ止まりそうである。また08年1月から減り続けてきた就業者数(季調済み)と増え続けてきた失業者数(同)は、本年の8月、9月と2カ月続けて反転増加と減少に転じ、失業率は2カ月連続して低下した。
 これが自律回復への転換点になるのかどうかは即断を許さないし、新政権の15カ月予算(本年度第2次補正と来年度当初予算)の帰趨、とくにその景気刺激効果が注目される。しかし、日本には米欧のようなバランス・シート調整の重荷はなく、またアジアへの輸出依存度が高いことは、大きな救いである。