年頭所感:日本が採るべき経済針路 (H21.1.1)
―『世界日報』平成21年1月元日号“Viewpoint”(小見出しなど一部加筆)
【米国の景気沈滞は長引く】
米国発の金融危機に伴い、世界は百年に一度と言われる程の深刻な同時不況に陥っている。オバマ政権が実施する大規模な財政出動と、昨年12月のゼロ金利政策によって、米国経済は本年下期にはマイナス成長を脱するかも知れないが、勢いのない状態が続き、本格的な回復はまだ数年先のことであろう。
今回の米国では、地価や株価にではなく住宅価格にバブルが発生・崩壊し、企業にではなく家計に住宅ローンや消費者ローンの過剰債務が残った。家計の債務残高は、90年代中頃から膨張を続け、GDPの規模に匹敵する程大きくなった。この過剰債務を処理するのに、企業の場合のように家計を赤字に追い込んだり、破産させたりする訳には行かない。家計が自分の所得で自力解消するのを待つほかはなく、今後数年間は家計の貯蓄率が上昇し、住宅、自動車などの購入抑制が続く。
日本経済は、小泉政権以来の「財政緊縮と金融超緩和」のポリシー・ミックスの下で、内需沈滞と円安が進み、年率平均10%以上の輸出の伸びに主導されて成長してきた。しかし、このように極端に輸出に偏ったままの経済を改め、これからは対米輸出に頼らず、自分の足で歩ける経済に変わらなければ、米国に付き合って数年間停滞するほかはない。
【日本には米国と異なる三つの好条件がある】
日本には、米国と異なる条件が少なくとも三つある。第一に、日本では住宅バブルの発生と崩壊はなかったから家計に過剰債務はない。金融機関も住宅ローンの証券化商品や派生商品をあまり持っていないから、その値下がりによる資産減価や自己資本の毀損も少ない。従って、住宅価格下落、金融危機、景気後退の三つが絡み合う米国のような悪循環はない。不況の原因はもっぱら輸出の減少だ。
第二にその輸出も不振を極める北米と西欧向けは全体の三割強で、あとはアジア、中東、中南米、ロシアを含む東欧だ。後者に向けた輸出の落ち込みは、北米や西欧向けより小さい。新興地域の成長率は、米欧の成長率に対し循環的には同調しているが、趨勢的には21世紀に入って上方に乖離している。従って、米欧経済が沈滞していても、アジアを中心とする新興地域と共に日本が伸びていく道がある筈だ。日本にはその経験がある。かつてブレトン・ウッズ体制が崩壊して米国が機関車の役割を降りた時、70年代後半から80年代にかけて、日本はアジアの域内貿易の発展を背景に、先進国の中で最高の成長率を実現した。
第三に、世界経済減速に伴う原油、穀物、鉱石類など国際商品市況の下落と円高傾向によって、日本の交易条件は昨年10〜12月期から好転している。このため、実質GDPに交易利得を足した実質GDI(国内総所得)や更に海外からの所得純受取を足した実質GNI(国民総所得)は、実質GDPよりも増えており、国内需要を下支えている。
【適切な政策がなければ好条件は活きない】
以上の三つの好条件を活かして日本経済を立て直すには、それぞれに三つの政策が必要である。第一に、今回の金融危機に伴う日本の金融機関の痛手は小さいとしても、当面の株価下落や景気後退で与信態度が消極化しないよう、金融政策で企業金融の円滑化を図らなければならない。第二に、米欧の資本引き揚げで打撃を受けている新興地域や、国際商品市況の値下がりに直面している新興資源国に対し、日本は適切な金融支援を提供し、共に発展する道を探らなければならない。第三に、交易利得や海外からの所得純受取が内需を下支えるとしても、目先の輸出減少による不況の激化で、企業収益、雇用、賃金は大きく悪化する。従って、国民生活や中小企業を対象にした財政出動によって、政策面からも内需を喚起しなければならない。
日本では、財政出動が長期金利の上昇を招くとか(クラウディング・アウト論)、将来の増税予想で貯蓄が増えてしまう(マクロ合理的期待仮説)といったことを根拠に、その有効性を否定する人がいる。しかし、不況下の財政出動では金利が上がらないし、貯蓄も増えないことは、過去に実証済みである。
【「強い円」と共に発展する道】
これからの日本経済が輸出に偏らず、内需を中心に発展する体質に変わるためには、これ迄の「緊縮」財政を、無駄を排除しながら国民生活支援を積極化する「中立」に変え、金融は「超低金利」から「正常」に変えなければならない。「財政緊縮、金融超緩和」から「財政中立、金融正常」のポリシー・ミックスに転換してこそ、02〜07年度の行き過ぎた円安と内需停滞を是正し、輸出に偏り過ぎた経済体質を内需中心に変えていくことが出来る。
日本は原料・部品・製品の輸入を、輸出製品と内需向け製品・サービスに使っているが、輸出を最先端技術の製品に絞り、他は海外生産拠点で生産することによって、輸出総額を輸入総額と同じ程度にすれば、為替相場の変動に対して中立的になり、円高に動じない国になる。輸出入が等しくても、海外直接投資を中心に所得純受取は増え、経常収支の黒字は続く。この所得純受取の増加と円高に伴う交易利得によって、国民生活の基盤となる実質GNI(国民総所得)は実質GDPよりも増えていく。「強い円」が国際通貨として使われ円建国際金融・資本際市場が拡大すれば、日本の対外資産の円建化が進み、ドル安でも損失を蒙らなくなる。
これからは、実質GDPという企業の生産総額よりも、実質GNIという国民の所得総額に注意を払い、生活重視のマクロ経済政策を展開しなければならない。