長期デフレ不況克服策 (『世界日報』H15.6.20)


日本の株価は最近、米国株の上昇につられる形で上がっているものの、政府は六月の月例経済報告で景気判断を下方修正しており、日本経済は閉塞感を脱していない。そこで景気の現状、経済政策のあるべき姿などについて、日銀の金融研究所所長、理事、野村総合研究所理事長を歴任し、政界きっての経済通として知られる自由党の鈴木淑夫衆議院議員に聞いた。


 ──景気の現状をどう見るか。
    「政府は昨年六月に景気底入れ宣言を出した。ところがGDP統計を調べてみると、昨年四−六月期の成長率が一番高く、七−九、十−十二、一−三月期と期を追って成長率は下がってきて、一一三月期はゼロ成長になってしまった。これは、昨年四−六月期以降の景気浮揚が、米国景気の一時的な改善に伴う輸出の増加と在庫調整の一巡という一時的な要因によってもたらされた一過性のものに過ぎなかったからだ。今年の四−六月期はマイナス成長に陥る可能性がある。その理由は、イラク戦争の影響で米経済が一段と弱くなっており、その影響がアジアにも出てきたほか、欧州の景気も段々悪化するなど、世界的に景気の腰が弱くなっているので、日本の輸出が減るからだ」

 ──今後の見通しは。
    「今年下期は、米国経済の成長率は一時的に上がると思う。理由は総規模三千五百億ドル(約四十兆円)に上る減税の実施だ。減税の影響で個人消費が少し出て、住宅投資が引き続き堅調に推移するとすれば、投資マインドは相変わらず弱いとしても、七−九、十−十二月期には米国の成長率は少し加速すると思う。それに伴って、一−三、四−六月期とマイナスに陥った日本の輸出は七−九、十−十二月期にはプラスに転換するだろう。これに連れて、日本の経済成長率もゼロ成長あるいはマイナス成長から、プラス成長に変わってくるのではないか」

 ──多少プラス成長になっても、外需に依存した日本の経済の弱さは基調的には変わらないのでは。
    「その通りだ。昔であれば、米国経済が良くなって日本の輸出が伸びたことが引き金となって国内の投資と雇用が回復し、経済の自律的な回復につながった。今はそうではない。確かに輸出が良くなって、この三月期は輸出関連の電気電子、精密、一般機械、自動車はかなりの増益になった。しかし、これらの輸出産業では、儲けはバブル期の無駄な投資の償却や株式の売却損の穴埋めなど“敗戦処理”に使っていて、前向きの設備投資拡大や雇用増加、賃上げには使っていない」

 ──内需が思うように回復せず、デフレ不況が続いている原因は。
    「(日本の企業が)米国の景気回復が本物かどうか自信を持てないこともあるが、小泉純一郎政権が『構造改革なくして成長なし』と称して構造改革路線という名のデフレ政策、不況促進政策を採っているからだ。正しい構造改革と併せて総需要喚起策を実施するという政策を拒否し続ける限り、民間企業は怖くて大規模な投資、大幅な雇用増加はできない。この二つの問題がある限り、少しぐらい輸出が伸びて、成長率が上がったとしても、それが内需に点火するということはないだろう」

 ──小泉政権の構造改革路線の間違いはどこにあるか。
    「まず第一に、財政赤字の削減と不良債権処理を最優先していることだ。総需要喚起政策を採らないで財政赤字を切って行けば、それはデフレ政策、不況促進政策となる。現に、小泉政権下ではますます税収が落ちており、財政赤字は逆に拡大した」
 「もう一つは、不良債権処理を性急に進めていることだ。不良債権の新規発生額は業務純益をはるかに上回っているので、そういう時期に不良債権処理を急げと言ったら、業務純益では間に合わないから資本を取り崩さざるを得ない。資本を取り崩すと、今度は国際決済銀行(BIS)が定めた自己資本比率規制というのがあり、これに抵触するようになる。これに対処するためには、二つの方法しかない。一つは増資だ。しかし、増資をすると、株式一単位あたりの収益が下がるから株価が暴落してしまう。現に(大手銀行の増資に伴い)今年一−三月期にそれが起こってしまった。もう一つの対処法は、自己資本比率を算定するための分母である総資産を小さくするということだが、これは貸しはがしを意味する。これはもう戦略的破綻、政策の失敗だ。総需要を喚起しながら構造改革を行わなければ、日本経済の再生はできないのに、そうしないからますますデフレ不況落ち込んで行く。こんなものは構造改革路線でも何でもない」

 ──りそな問題とか生保の予定利率引下げ問題も政府の政策の失敗によるところが大きいと思うが。
    「そうだ。あれは二つとも政府の責任が重大だ。政府が総需要喚起策を行わず超低金利と株価下落が続いているために、りそな銀行は業務純益が減って自己資本比率が低下した。生保は逆ざやになってしまって、保険金の支払いに備えた責任準備金を約束通り積めないことになってしまった。小泉政権の二年間の政策の失敗によるしわ寄せが、(血税を注ぐ)公的資金注入や予定利率引き下げという形で、国民の犠牲につながっている」

 ──デフレ不況を克服し、日本経済を再生させるためにはどのような政策をとれば良いか。
    「財政赤字削減と不良債権処理というのは急がなくても良い。むしろ構造改革が成功してその結果として、財政赤字幅は縮小し、不良債権問題も解決する。今急ぐべきことは何かと言えば、総需要を喚起できるような構造改革だ。その第一は、徹底した規制の撤廃で、ビジネスチャンスを増やし、それで民間の大規模な投資を引き出す、ということだ。小泉首相は二年経った今、ようやく経済特区という形で規制撤廃に手をつけたが、経済特区というやり方は二重に駄目だ」
    「まず、正しい規制撤廃、やるべき規制撤廃なら、全国規模で断固やらなければいけないのに、特区などと部分的にやっているということだ。さらに、特区についても関係官庁にお伺いをたてるから、背後には族議員もいて、七割くらいはノーと言われる。やれるのは二割か三割ということになる」
    「二番目は、思い切った規制緩和を生かすための法人税減税だ。ビジネスチャンスを増やし、チャンスを生かして努力した者は報われるという形にする必要がある。今の40%という国際的に見ても高い法人税の実効税率を(アジア諸国の状況も考慮に入れて)少なくとも35%、できれば30%くらいまで下げるべきだ。財源はとりあえずは赤字国債になるが、恒久的な財源は規制撤廃に関連した行政改革によって、無駄を排除して小さな政府にしていくことによって調達することが可能だ」

 ──具体的にどのような分野で規制緩和を行うべきか。
    「総合規制改革会議の提言の中には良いものがたくさんある。一番分かりやすいのが株式会社の医療、福祉、教育、農業への参入の全面的許可だ。少子高齢化社会を迎え、これらは成長できる分野だから、全面的に実施すれば設備投資が出てくるのは間違いない。小泉首相のやり方では駄目だ。これは、政治的な指導力でトップダウン方式でやる必要がある」

 ──都市再生など新型の公共投資も必要ではないか。
    「その通りだ。特に大都市は防災、環境、交通という三つの問題を抱えているから、それに取り組めば供給面と需要面の両面で経済効果が出るから重要だ」

 ──国と地方の税財政をめぐるいわゆる「三位一体改革」の在り方は。
    「小泉政権はこれもへっぴり腰。例えば、中央官庁が五カ年計画を作って、地方自治体がそれに合ったプロジェクトを持ってくると、補助金を半分つけてあげるという事業補助金の制度がある。あのような五カ年計画は廃止して、事業補助金に相当するものを地方に渡してしまう。そうすれば、五カ年計画を作っている部署が不要になってそれが減税の財源になるし、地方自治体は本当にニーズのあるところに投資するから、これは経済効率が高まって総需要喚起になる。徹底した規制撤廃と今言ったような形の地方分権、それで浮く金を財源とした減税を組み合わせれば、構造改革と総需要喚起がちゃんと両立する」

 ──政府税調の答申は消費税を二桁に引き上げることを提言しているが。
    「最大の問題点は一番大事なことを国民に問いかけていないことだ。どういうことかと言うと、少子高齢化が進んでいく中で、今の高齢者医療、介護、基礎年金という三つの社会保障制度を維持する方法としては、@保険料を上げていくA給付を下げるB消費税を上げる−の三つの選択肢があるが、その問いかけをしてない」
    「保険料というのは、昔の中世の王様が実施した人頭税と同じだ。その人の所得に関係なく一人いくらと取られるわけだから(逆進性の最たるものだ)。医療保険は所得割りとか言っているが、頭打ちの制度があるから、そこからは人頭税になっている。介護保険料と年金保険料に至っては完全な人頭税。こんなことをいつまでも続けて良いはずがない。それよりも、消費税を高齢者医療、介護、基礎年金の三つにしか使わない福祉目的税に変更して、『社会保障税』とでも改名した方が良い。給付を下げるのと、人頭税である保険料を上げるのと、消費する余裕のある人に拠出してもらうのとで、いずれが良いですかと聞く。そうすれば皆、社会保障税引き上げのほうが良いと言うに決まっている。政府税調の答申は、そこをきちっと説明しないから、国民、特に若い人が将来に対して非常に悲観的な見方を強め、それが景気を冷やしてしまう可能性がある」