長期デフレ不況克服策 (『世界日報』H15.6.20)

−「創る」改革が日本を救う!! −衆議院議員 鈴木淑夫先生に聞く

政経時事は、この程、自由党・衆議院議員、鈴木淑夫先生にお会いし、小泉政権の構造改革、景気の動向などについて親しく話を聞く機会を得た。鈴木淑夫代議士は「小泉さんは改革、改革と言い乍ら日本経済の仕組みを変え、民間活力を引き出し、地方分権をやらないから景気はよくならない」と述べ、新しいシステムを創れば改革と景気回復は両立すると語った。 鈴木先生は昭和6年東京生まれ、東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行、同行理事、平成元年野村総研副理事長に迎えられ、のち同総研理事長。同8年衆院選に新進党から出馬し当選。新進党解党後自由党となり、自自連立内閣で与党政策責任者会議に党政調副会長として終始参加、不況回復に貢献した。与野党切っての経済政策通、現在、衆議院・懲罰常任委員長。



小泉改革は構造改革でない

 小泉政権が01年4月に発足して間もなく2年になりますが、景気は一貫して悪化しました。鉱工業生産は01年中に四半期連続して、15%も急落したあと02年1〜3月期から緩やかに増え始めましたが、それも在庫減らしが進んだことと、米国景気の一時的回復で日本の輸出が伸びたのが原因。そこには持続的成長につながってゆくような日本経済の自立回復の芽はみられません。国内では設備投資も個人消費も弱いままです。
 また経済成長率も、戦後日本では経験したことのない四半期連続マイナスで、01年度はマイナス1.9%の成長となっています。
 一方、株価も小泉政権発足以来、東証株価指数で800、日経平均で8千円を切る低水準に落ち込み、失業率も戦後最悪の5%台を続けています。小泉政権としては「米国景気が後退に入ったため日本の輸出がマイナスになり景気が後退したのであって、われわれのせいじゃない」と言い訳していますが、まだ小泉改革は実現していないのですから、景気後退に責任がないとは言わせません。株価が下がり、景気停滞が続くのは、小泉改革の中身が悪いと思われているか、実行できないと市場が考えている証拠だと思います。
 小泉さんは小泉構造改革で何を目的に、どんな改革をめざしているのでしょうか。
 まず目的ですが、最初に言ったのが財政赤字の削減です。その手段は国債発行に30兆円のキャップ(上限)をかける。次に不良債権を整理回収機構でどんどん買い上げる。三つめは特殊法人の整理です。いずれも体制内でやれる範囲の対策ばかりです。
 しかし、そんなものは構造改革ではありません。構造改革とは、日本の仕組み、システムそのものを改革することによって、日本経済の効率を高め、活性化して潜在的な成長率を上げ、長期的な成長率を高めて行くことによって、国民の暮らしをよくしていくことです。その結果として経済が活気づき、税収も増え、赤字も減ってゆくのです。

タネ本がなくなった官主導

 構造改革とは日本の仕組み、システムを変えることです。日本のシステムの特色は、一つは、官僚が民間を指導する「官主導」です。民間の経済活動にさまざまな官の介入があり、何をするにもお伺いを立てないと動かないのです。
 二つめは中央の地方支配、地方自治体では中央官庁に自分のプロジェクトを見せ、中央官庁の長期計画に合っていれば費用の半分を補助してもらうことができます。
 三つめ「閉ざされた仲良しクラブ」、系列の範囲内で取引きし、メインバンクと取引きする。系列やメインバンクシステムは、同時に株の持ち合いをすることによってクラブをしっかり守っています。
 この三つは「追いつき型システム」と呼ばれ、先進国に途上国が追いついてゆくには最も適したシステムでした。このシステムは、高度成長時には機能しましたが、それが今、機能不全に陥ったのです。
 官が民を指導するといっても欧米の先進国のことを勉強してくるからある意味でタネ本がありました。しかし先進国になれば新しい技術や制度は自分で考えていかねばなりません。
 また、少子、高齢化が急ピッチで進み、この社会保障制度をどうやって壊れないようにしたらよいのか、お手本がありません。官がお手本を失えば民間を指導したり、地方を支配する能力がなくなってきます。このためバブルの発生と崩壊、ムダな箱型公費投資の地方バラまき、高速道路の赤字累積、年金、医療など社会保障制度の破綻など次々に失政が表面化しています。
 ですから官が民に口を出すのをもうやめて、最低限必要なルールを守るようにすれば、民間はのびのびと事業をやれます。創意工夫も生まれます。地方自治体にも自立してのびのびと投資計画や制度を作らせる自主性を与えるべきだったのです。しかし、そうした発想がないまま80年代〜90年代ときて政策の失敗を繰り返し、とうとう「失われた10年」という停滞を招いたのです。先進国で一番高い成長率から、一番低い成長率になって10年以上たつという体たらくになったわけです。

80年代に仕組みを変えた米英

 もう一つ、海外のメガトレンドはIT革命、情報革命です。情報伝達のコストがインターネットを通じて飛躍的に下がり、スピードが飛躍的に高まる。そういう情報化の時代に入ったことによって経済面では市場が世界中に広がってきます。知っている相手との取引きより、市場で不特定多数と取引きした方が効率がいいという経済が広がってきました。つまり情報化、市場化、グローバル化というのが世界のメガトレンドとして出てきました。そうした流れの中で社会主義計画経済のソ連が崩壊したのです。
 実はその流れの中で1980年代に米国ではレーガン革命、英国ではサッチャー革命により情報化、市場化、グローバル化に適した思い切った構造改革をやっていたのです。日本は「日本的経営システムが世界一だ」と威張っていました。しかし1990年代に入って相手が改革を終って立ち上がってきたとき、そうではないことがはっきりしました。情報化時代では一番優れた情報を企業が安く手に入れようとしたら仲良しクラブではダメにきまっています。そういう状況の変化にも拘らず、閉ざされた仲良しクラブ、系列取引き、メインバンク取引き、間接金融、株の持ち合い、終身雇用、年功序列賃金という効率の悪い日本のビジネスモデルに固執していた。だから遅れをとってしまったのです。
 逆に言えば先に述べた三つの日本システムの特色、官主導、中央支配、閉ざされた仲良しクラブから、規制撤廃で民自立、地方分権で地方が自立、もう少し開かれたグローバルクラブというビジネスモデルで企業が自立していくことが、私が言い続けている機構改革です。しかし少なくとも小泉政権にはそういう戦略に基づき日本を改革していこうというビジョンがありません。

なくせない政官業癒着

 官が民を指導するというシステムの中で、自民党の万年与党という状況ができ、政権交替がなくなりました。その中で何が起こったかといいますと、官が民を指導するというところに、自民党の族議員が癒着してきたのです。その結果、00年に米国のマッキンゼーが出した報告によると、日本の輸出企業は、今でも米国の生産性を二割上回っている。しかし、これらの企業は日本全体の就労人口の一割しか雇っていない、残りの九割は輸出に関係ない国内向けの製造業と非製造業で働いている。しかもその中で流通、建設、不動産の生産性たるや、米国の63%しかない。これが日本の経済の姿なのです。この九割の製造業あるいは流通、建設、不動産などの業種こそ政官癒着の構造の温床なのです。そこには官僚のOBの巣くつである特殊法人や公益法人がはびこって、民間の利益をピンハネして喰っています。こういう官僚の民間に対する指導、中央の地方支配というところに、自民党の族議員が巣くって、官僚OBと民間の既得権益を守ってやることによって、票と政治資金をとるのです。だから生産性は欧米に比べて立ち遅れたまま。これこそ10年間日本経済が先進国の中で最低の成長率に喘いでいる 原因です。
 不良債権の問題もこれと関係があります。本来不良債権の処理とはバブルの時代に本業以外の不動産投機に手を染め、そして政官業癒着の中で今日まで10年以上守られてきた大企業の話です。それを利益誘導型で守ろうとするから不良債権処理がこれだけ遅れたのです。

所得税は5%、15%、25%の3段階に

 利益誘導構造に小泉さんは手をつけられるでしょうか。
 構造改革が進まない理由は自民党の一党支配にあります。自民党の一党支配が政官業癒着の利益誘導構造という形で日本の経済システムに巣くって、既得権益を守ることばかり考えてきた、そして九割の産業を欧米の三割以上低い水準に抑えてきた。これをどう直すか、私は小泉さんには直せないと思います。小泉さんが自民党総裁だからです。政官業癒着の構造を壊すような徹底した規制の撤廃、地方分権は、自分で自分の基盤を壊す自殺行為だからです。小泉さんに本当の改革はできません。
 小泉さんは01年度予算と02年度予算の国債発行に30兆円のキャップ(上限)をかけました。ところが景気がどんどん悪くなり、税収が2〜3兆円減った。それでもキャップをはずさないから歳出も2〜3兆円切らなくてはならない。その結果、景気が悪くなり税収が減る。これは完全な悪循環です。キャップを設けるなら歳出の総額に設けるべきです。財政赤字は景気の状況によって変わります。こんなところにキャップを設ければ、ひとたび景気後退が始まれば悪循環に陥り、景気後退をさらに加速させる財政政策になってゆきます。
 財政赤字を縮めたり、歳出を抑えれば経済全体で何が起きるか。日本経済のマクロ的な貯蓄は一定だから、国が国債発行で吸い上げて歳出に使う額を抑えれば貯蓄は余ります。貯蓄が余ることは需要が足りなくなって供給が余ることです。だから歳出を抑え、財政赤字を減らすというなら、余った貯蓄や足りなくなった需要を他で補わなくてはなりません。
 それは何か、それは官僚による民間主導を規制撤廃して民間を自立させることです。将来の行政改革による歳出削減を財源として、今大型減税をして頑張った人が報われるようにしなければなりません。特殊法人や公益法人がやっている政府の事業を思い切って民間に開放しなければなりません。しかし今のままでは思い切った規制撤廃、思い切った減税はやろうとしてもできません。税制のところは自民党の税調の族議員が巣くって変えさせないからです。ここがいじれないため、いじりやすい財政赤字削減をやるから景気がどんどん悪くなります。
 小泉政権の中には財務省主税局と堂々と渡り合えるだけの政策マンがいないのか、税制改革は完全に財務省ペースにのせられています。その中身は投資減税を中心とした3年間の時限的な減税を行う一方、5年間の恒久的減税行って5年間で増減税を同額にする。そして6年後から恒久的減税だけが残るという計画のようです。しかし恒久増税を前に控えて誰が時限的減税で得た金を使うだろうか。そのカネは貯蓄に回り、経済を拡大する効果は極めて限られてしまいます。
 私自身は課税ペースを拡大すると同時に基本税率を下げて恒久的な減税をしなければならないと主張しています。そうしなければ恒久的減税だけになり、働く者のヤル気が失われます。所得税ならば、人的控除を取り除けば課税最低限は下がります。それで増税にならないようにいまの税率を思い切り下げる。所得税と住民税を合計して5%、15%、25%の3段階にするというのが私の主張です。人的控除を廃止した場合には子育て手当、介護手当も出すように変えていかなければなりません。
 小泉さんは一般患者の自己負担を03年4月から2割を3割に上げることを決めました。健康保険料は02年10月から上がっており国民の負担額は1.5兆円増えます。医療費の自己負担を2割から3割に引上げたら病院への支払いは5割増しになるから病院に行かなくなる人が増えるかもしれません。それでは厚生族議員は困ります。厚生族にとっての資金源は製薬会社と医師会であり、両者とも値上げに大反対です。薬代と医者の収入が減るからです。
 少子高齢化が進む中で仕組を変えなくては構造改革になりません。私はまず医療総額のムダを排除するために重複診療、重複投薬をなくすことだと考えます。それにはIT革命を使って受診票もカルテルもリセプト(診療報酬明細書)も全部電子化して、カード化することです。そうすれば重複診療、重複投薬が防げます。それをやると専門家の話では2、3割医療総額が減ります。
 社会保障制度の下で少子・高齢化が進んでいけば、基礎年金、介護、高齢者医療は社会保障制度として成立しなくなります。この三つは日本人が高齢者になった時の三つのセイフティネットです。これを支えるには保険料で賄うか、税金を入れるしかありません。私はその場合、保険料でなく、消費税を考えています。この消費税は基礎年金、高齢者医療、介護以外には絶対使わない、社会保障税としてもいいと思います。
 小泉さんは改革、改革と口では言っていますが、仕組みを考えようという気持が全然ありません。与えられた仕組みの中で辻褄を合わせているだけ。だから景気が悪くなる。仕組みを変えようとすると、族議員とぶつかるからです。そういう小泉政権では日本の経済は立ち直らないと思います。本当に仕組みを変える構造改革をするためには、自民党の万年与党化を断たなければなりません。政権交替を起こさなければなりません。