与野党エコノミスト議員新春対談 (『夕刊フジ』H15.1.7〜9)

 日本経済が危機的状況を迎えている。完全失業率は過去最悪に近い五・三%(男性五・六%)に達し、上場企業倒産数も戦後最悪を記録。小泉政権発足時に三百八十二兆円あった東証一部の時価総額は、一年九カ月で百三十兆円以上も吹っ飛んだ。国民はいつまで耐え続けなければならないのか。夕刊フジでは平成十五年の幕開けにあたり、伊藤忠常務や政治経済研究所長を務めた自民党の近藤剛参院議員(61)と、日銀理事や野村総合研究所理事長を務めた自由党の鈴木淑夫衆院議員(71)という、永田町屈指のエコノミスト議員二人の対談を敢行。経済や政治の現状や展望について語ってもらった。

−−おめでとうございます。まず、小泉政権の評価についてお聞きしたい。

 【鈴木】 小泉純一郎首相は昨年、経済運営を決定的に間違えた。五月に「景気底入れ宣言」を発表して、外形標準課税導入、消費税免税点引き下げ、公共投資一〇%カットといった緊縮政策を並べた。それを見て、株価は急落した。あの底入れは輸出増加と在庫調整の結果で、国内経済で設備投資が底入れしたり、消費マインドが改善したものではない。果たせるかな、秋ごろから米国経済の減速で輸出と生産が頭打ちになり、景気も横ばいになった。日本経済は今年、暗いムードで始まった。

 【近藤】 経済数値が悪いのは必ずしも小泉政権だけの責任ではない。政権発足時点から、相当ひどい経済を引き継いでいる。過去十年ぐらいの無作為が影響している。小泉政権は構造改革や需要対策などの合理的政策を実行している。(二十日からの)通常国会でも補正を含めて十五カ月予算を組む。今年度で最低〇・六%の実質成長を達成できるはず。ただ、「財政規律は緩めない」というメッセージを強調するあまり、市場との対話などに不器用さが確かにあった。

−−日本経済のヒドイ状況は構造改革の結果なのか?

 【鈴木】 そうは思わない。市場経済では、政権が明確かつ合理的な経済戦略を発表すれば、その戦略を分析して経済の先行きを予想・期待しながら株価は変動するはず。ここまで株価が下落したのは、小泉政権の経済戦略に対する不信任。首相は「構造改革」というが中身や戦略がハッキリしない。本来の構造改革とは、機能不全に陥った日本のシステムを「官主導から民自立へ」「中央支配から地方分権へ」「閉鎖的から開放的へ」と変えて、ビジネスチャンスを増やさないと。

 【近藤】 構造改革が完成すればバラ色の社会がくるというのは大きな誤解。構造改革は日本経済を破滅から救うオペレーションであり、一年や二年では完成しない。これに加えて、現実の経済にも対応しなければならない。具体的には、@金融健全化A構造改革(規制撤廃など)B需要対策C財政健全化 という四分野での複雑な作業を微妙なバランスを取りながら進めている。その上で、民間活力を引き出すのが構造改革の役割だ。

 【鈴木】 近藤さんは「構造改革は日本経済を破滅から救うもので、華々しいものではない」と言われたが、僕の考え方は違う。構造改革は日本の潜在的成長力を引き出し、国民生活を向上させるのが最終目標で、バラ色のもの。また、「四分野で複雑な作業に取り組んでいる」ともおっしゃったが、金融健全化、財政健全化といいながら不況を悪化させて不良債権や財政赤字を増やし、規制撤廃も需要喚起もできていない。四つとも落第だ。

−−現在の日本について、一九二九年からの米国大恐慌や、三〇年からの昭和恐慌に酷似しているとの指摘があるが?

 【鈴木】 政策を間違えたため不況を深刻化させている点や、バブル崩壊の後遺症を整理し切れていない面などは似ている。

 【近藤】 必ずしもそうは思わない。冷戦終結後、社会主義圏にいた良質で安価な労働力が自由主義圏でも活用可能となり、世界的なデフレ現象が起きつつある。恐慌時代とは違う。

−−今年、日経平均株価はどのくらいまで下がり、完全失業率はどのくらいまで上がるか?

 【鈴木】 小泉政権は壊すばかりで、同時に規制緩和や税制改革を駆使して需要喚起させるような創る政策がない。完全な失政。読者を脅かしたくないが、十四年十|十二月、十五年一|三月で日本経済は失速する。平均株価も今が大底と言い切れない。八〇〇〇円を切る可能性があり、失業率は六%前後まで行くだろう。

 【近藤】 いや、昨年末が底でしょう。企業業績も三月期にはアップする見込みだし、思い切った政策減税の効果も出てくる。平均株価は十五年度内には一万円を超える。ただ、新分野の雇用が急増せぬ限り、失業率の回復は遅れるのではないか。現在、潜在失業者が百万人超いるとされ、仮に、その半数が今年前半で出てくると六%を若干超えることもあり得る。

−−不良債権処理の本格化をどうみるか?

 【鈴木淑夫衆院議員(自由党)】 米国や学者は「不良債権処理を加速しろ」と言うが、これは愚の骨頂。海外の事例は、一回限りの事象が原因で不良債権が増え、それを処理した話。日本の場合、最初はバブル崩壊が原因だったが、処理せずに引きずっているうちに慢性的な経済停滞に陥り、銀行の業務純益(本業のもうけ)を上回る不良債権が毎年発生している。一度処理してもまた増えてくるので、銀行は元気が出ない。政府がやろうとしている不況下の処理加速は間違いだ。

 【近藤剛参院議員(自民党)】 十年間の無作為の中で深刻化したという意味では、不良債権問題は極めて重要な政治課題。不良債権を処理しないという選択肢は現実にはあり得ず、処理する場合は早ければ早いほどよい。遅きに失したとはいえ、これから手をつけ始めようとしていることは重要で、方向としては正しい。業務純益以上の不良債権が毎年発生していることについては、金融機関の業務純益がそういう(低い)水準にあることも問題。

−−処理加速とともに解決すべき問題もありそうだ

 【鈴木】 日本の銀行の業務純益は、決して少なくないと思う。銀行もさらに努力しなくてはならないが、業務純益が増えないのは景気が悪いために、いい貸出先がなく、金利が下がっているから。銀行を擁護するわけではないが、景気が悪いのは政策不況によるものであり、政府の責任が大きい。景気回復なくして不良債権処理は不可能だ。

 【近藤】 業務純益を改善するには、適正なリスクに見合った金利設定をできる金融市場を作らなくてはいけない。日本の金融市場(金利)は世界の中でも特異。プライムレート(最優遇貸出金利)に非常に近い金利があり、それを超えると消費者金融の金利になる。中間がない。

−−なるほど

 【近藤】 健全な金融業界は中間の部分でリスクマネジメントにより利潤を確保をしています。この部分での政府の役割は大きいと思います。政府系金融機関が中間部分の金利体系をゆがめているという事実があり、政府系金融機関をどうするのか、小泉改革の一環として議論していかなくてはいけない。 

−−公的資金注入にあたって注文は?

 【鈴木】 不良債権の査定をきちんとして、それに基づいて引当金を積む。その結果、自己資本が不足したら公的資金を注入しましょうというのは結構。しかし、その際に国が経営に口出しをする国有国営にしてはいけない。大株主として存在するだけの国有民営でなければ。

 【近藤】 同感です。国有民営であるべきです。

−−産業再生機構はどう評価する?

 【鈴木】 産業再生機構、あれだけは余分。いらない。企業の立て直しに政府が関与することには大反対だ。再生機構のトップに民間人を連れてくるというのなら、銀行にそのような(企業再生をうまく進められる)人材を入れればいい。政府関与は市場経済に逆行している。うまく機能するとは思えない。

 【近藤】 これからは産業再生のスピードが重要。政府の役割は限られるが、スピード感のある再生のための環境づくりは大切な役割。産業再生機構もその一環。また、今の法制ではスピード感のある再生がやりにくい面もあるため、昨年の臨時国会では会社更生法の改正をした。これからも、再建を目指す企業を税制面などから支援する産業再生法や、民事再生法をより使い勝手をよくする必要がある。また、官民でまとめた私的整理のガイドラインも改善の余地がある。

−−国有銀行は実際に出てくる?

 【鈴木】 今のやり方からすれば、国が大株主になるという意味での国有銀行が出てくる可能性はある。

 【近藤】 それぞれの事情にもよるが、私も可能性は十分あるとみている。

−−どれくらい銀行が国有化される?

 【鈴木】 資産査定とそれに伴う引き当てがどの程度強化されるかにもよるため正確な数は言えないが、複数になる可能性がある。

 【近藤】 やはり複数となるでしょうね。

−−自民党内にも小泉路線に反対して、「逆立ちしても九月の総裁再選はない」(亀井静香前政調会長)という指摘や、痛みに耐えかねた地方議員から「首相退陣」を求める声が出ているが?

 【近藤剛参院議員(自民党)】 党内の危機感が足りない。構造改革をやらないという選択肢があると思っているのなら、現状認識に問題がある。「何とかなるだろう」という楽観論や錯覚から出た言動だろう。小泉批判の大半は自分の支持基盤に対するデモンストレーション。小泉政権が盤石ゆえの気の緩み、または甘えがあるのだろう。

 【鈴木淑夫衆院議員(自由党)】 自民党議員は政官業癒着構造に乗って当選している。その支持基盤を壊すような構造改革に進もうとすると、既得権を守るために反対論が出てくる。近藤さんのいう危機感のなさは、私に言わせれば「問題意識のなさ」「無責任」と映る。

−−やはり支持基盤には弱い?

 【近藤】 民主主義社会の一つのコスト。これは与党野党を問わない。支持基盤へのアピールは与党も野党も関係ない。

 【鈴木】 いや、野党の支持基盤は改革推進派ですよ。

 【近藤】 必ずしも、そうでない部分もあると承知していますが(笑)。

 【鈴木】 一部の労組かな(笑)。ただ、小泉政権が盤石だとは思わない。小泉政権に対する自民党の反対は「改革自体に反対」。これに対し、野党の反対は「改革は必要だが、小泉政権の改革のやり方が悪い」というもの。その結果、国民は「自民党総裁なのに改革に賭けている首相は立派だ」と錯覚している。

−−なるほど

 【鈴木】 問題は、首相の経済政策が間違っているため平成十五年の国民生活がかなり悪くなること。今度一・七兆円の先行減税をやるというが、減税の多くは企業対象で個人には増税。企業が進めるリストラも男子世帯主の常用雇用者を切って臨時雇用者に代えるもの。これは暮らしを直撃する。完全失業率が六%を超えて男子失業率が七%に接近すれぱ、政権支持率は急落するだろう。

 【近藤】 構造改革は経済成長の環境は整えるが、経済成長を確かにするものではない。成長を確実にするには環境を十分に活用した企業活動や経済活動が芽生えなければならない。今回の政策減税は中身があり、これを企業が活用できれば雇用増加も期待できる。

−−改革を進める政治家の意識も重要では。

 【近藤】 与野党共通していえることのは、国民の代表として中長期の視点に立ち、本当に志の高い政治活動ができるかどうか。ここに民主主義が生きるかどうかがかかっている。政治家の志の高さ、意識の改革が求められる時代だ。

 【鈴木】 それも分かるが、政官業癒着構造に乗って四回も五回も当選した政治家はもう変わらない。それよりも、政治家を選ぶ国民が正しい危機意識を持ち、正しい改革を見抜く選択肢を持って行動(‖投票)するのが基本だと思う。

−−自由党と民主党の野党結集はどうなりそうか?

 【鈴木】 小選挙区で与党が候補者を一人に絞っているのに、野党がバラバラに候補者を立てたら勝てない。自由党と民主党は「結束して政権交代を果たす」という認識で一致して交渉してきた。民主党の鳩山由紀夫前代表は根回し不足だったが、後任の菅直人代表も認識は同じ。野党統一候補の話し合いは着実に進んでいくと思う。共通比例名簿を作るため総選挙前にも合流があり得るかも。

 【近藤】 国民の立場からは「おかしい」と思うのではないか。大体、自由党が野党にいることが国民には理解できないはず。やはり、自由党は与党にいるべき。自由党が加わる野党結集ができた場合、自由党支持者が旧社民党系候補に投票できるのか? 有権者が困るはず。変なねじれを解消しなければ。

−−ねじれですか

 【近藤】 安全保障と政府の役割(大きな政府か小さな政府か)に対する考え方のまったく違う人たちが選挙協力するのは有権者にとって非常に迷惑。自民党はかつて社会党と組んで大失敗をした。この過ちを繰り返してはならない。

 【鈴木】 政策中心の政界再々編は同感だが、自民党議員の多くは政策中心ではなく政権執着最優先で行動している。自自連立時代、小渕恵三首相と小沢一郎党首が具体的改革で合意したのに、自民党多数派の反対でできなくなった。一度与党を過半数割れさせなければ、自民党を巻き込んだ本当の政界再々編はできない。

−−平成十五年は政界再々編の年となるか?

 【鈴木】 総選挙の結果、日本再生に向かっての再々編が起こるのでは。

 【近藤】 与野党とも早い段階で有権者に政界再々編を明確な形で示して選択させるような、誠実な姿勢が大切だと思う。

      =終わり