政治権力がメディアと司法を支配して行う「偽装」を告発
「書評」 評者 鈴木淑夫

              植草一秀著『知られざる真実留地にてー
                             ―『週刊東洋経済』20071013日号―
     


 この本の最大の魅力は、第一章「偽装」である。政治権力が司法とメディアを支配することによって作り出す、「見逃されている偽装」を詳細に告発した貴重な著述といえよう。
 日本経済は96年にバブル崩壊不況から脱出したが、97年度の超緊縮予算によって、「平成金融恐慌」(菊池英博著『金融恐慌の罠』)に陥る。この時「NHKスペシャル」や「クローズアップ現代」が如何に失政の偽装に協力したことか。
 「金融再生プログラム」の失敗で株価が暴落し、再び金融恐慌前夜となった03年春、大銀行と言えども退出すべきは退出させるという前言を翻し、りそな銀行を救済した時の不公平で理不尽な政策偽装。
 これに伴う株価急反発と一連の不良債権処理の中で、如何に外国資本に利益供与が行われたことか。この米国隷属の政策は、郵政民営化の推進力でもあったが、これも見事に偽装された。
 読み進みながら、「メディアが形成した世論という怪物が言論を支配している」(辻井喬著『新祖国論』)、「「検察の捜査の本質は権力体制を守護する国策捜査である」(田中森一著『反転』)という言葉を、私は何回も思い起こしていた。
 第二章「炎」は、今日までの人生体験で、前半は著者の性格形成の背景を成す子供時代、後半は権力に支配されたメディアとの出会いが再び綴られている。第三章「不撓不屈」は著者の人生観、社会観、そして巻末資料「真実」で、著者が巻き込まれた三つの事件の記述がある。
 これらの部分について読者の意見は分かれるかも知れないが、「試されない生は価値のない人生である」(ソクラテス)「不条理と理不尽は絶えないが、他者に注ぐ愛と慈しみが損なわれた人の心を救う」という文章を、私は強い感動をもって読んだ。