「書評」 評者 鈴木淑夫
              菊地英博著『増税が日本を破壊する』
                   ―『週刊東洋経済』200663日号―
     財政危機は経済政策の結果
      増税で本当の危機が来る

 日本の「粗」政府債務残高対GDP比率は、橋本内閣が1997年度の超緊縮予算を組んで日本経済をデフレのドロ沼に突き落とすまでは、ユーロ地域とあまり変わらない並の水準であった。政府は、社会保障基金、内外投融資、外貨準備などの金融資産を沢山持っているので、「純」政府債務残高対GDP比率という、より適切な尺度で見ると、橋本内閣のころは先進国中最低であった。それが長引くデフレの中で上昇し、小泉改革の結果、先進国中最高となった。
 橋本氏も小泉氏も、日本は待ったなしの財政危機だから緊縮予算を組むと言ったが、実は両内閣の発足時に日本の財政はそれほど悪くはなかった。それなのに危機感をあおり、性急な緊縮財政と不良債権処理、国際的活動をしている大企業・銀行に限定すべき時価会計、減損会計、BIS規制の国内中小企業・銀行への無用の適用などで名目GDPが低下するほどの大不況を招き、それを長期化させた。このため税収は落ち込んで政府の赤字と債務は膨張し、縮小するGDPに対する比率は急上昇した。これは「財政危機」ではなくて、「政策危機」である。
 その延長線上に、サラリーマン大増税計画(所得税諸控除の廃止、消費税率引上げ、社会保障負担の一層の引き上げなど)が出ている。これを実行すれば「政策危機」は極まり、本物の「財政危機」で日本は壊れる。
 以上の本書の主張は、97年度緊縮予算を審議した際、衆議院予算委員会で橋本総理を批判した私が、以後一貫して指摘して来た論点とほぼ同じラインに立っている。似た視点に立つ植草秀一氏がマスコミから姿を消した今日、著者のこの議論は貴重である。
 日本は貯蓄超過国であるから、その資産を対外資産にではなく国内資産に投資すれば、もっと成長率と税収が高まり、政府債務残高対GDP比率は下がり、大増税の必要はなくなるという著者の政策判断は正しい。
 その手段として、先端技術と新エネルギーの開発投資減税を大規模に実施すべきだという提案にも賛成である。しかし、それらの国内投資を推進するため、100兆円の「日本再興投資資金枠」を設け、毎年10兆円の新規国債を市場で発行し、同額の既発国債を日本銀行が市場から買上げる、という事実上の日銀の国債引き受け構想には反対である。 もっと有効で健全な国内投資促進策がある。たとえば民間の投資機会を増やす規制撤廃や民間でできる官業の廃止は、規制部門の人員と組織の廃止、官業への補助金廃止によって、財政赤字に食われていた貯蓄資金を民間投資に向かわせることになる。


目次
1章 日本は財政危機ではない(純債務でみれば日本の財政は健全:借金795兆円の嘘)
2章 なぜ増税論にでてくるのか(デフレを起こした財政改革、国民に謝罪した橋本首相:財政再建で税収増加)
3章 税収減少を招いた金融改革(銀行と企業を破壊した金融再生プログラム:デフレのもとでDCFと減損会計はやってはいけない)
4章 増税が国を滅ぼす(大増税はどうしてでてくるのか:再び経済失速への道)
5章 今、必要なのは減税対策(どうすれば債務は減るのか:アメリカの良さに学べ)