金融、財政政策が心配な材料(『RR - Risk&Return Global Investment News 2006年Vol.9』2006年3月6日)
─以前伺った消費者物価指数の予想は見事的中し、十月から横ばいになり、プラスに転じてきている
鈴木:私の予想通りだ。十月に〇%になり、十一月、十二月は〇・一%。この傾向は一月以降も更に拡大していくだろう。
─一月はプラス〇・三%というマーケット予想が出ているが、この先の見通しは?
鈴木:前々回のこのインタビューで、私は『景気好循環の鎖が切れている』と言った。輸出主導型回復が内需主導型回復に転嫁していくメカニズムが切れている。つまり、輸出リード型で元気が出てきて企業収益が増えても、その収益は借金返済や無駄な不動産の損切りや過剰設備の償却、あるいは雇用削減のための退職奨励金等といった後ろ向きなものに使われていた。そのため、海外環境の悪化で輸出の伸びが落ちれば、〇四年の第2四半期から第4四半期はたちまちマイナス成長になった。そして、昨年中ごろのインタビューでは、『相変わらず好循環の鎖は切れたままだが、意外なところから内需が出てきた』と言った。それは第三次産業だ。サービスや福祉、医療から雇用が増え始めたことは私にとって予想外だった。そして、その後の推移をみれば、これは去年の暮れの日銀短観で決定的になったことだが、過剰債務、過剰雇用、過剰設備といった三つの過剰の解消により、切れていた鎖がつながった。
─ 輸出で儲けたお金が国内に使われるようになってきた…
鈴木:そのお金が設備投資に回り、賃金上昇、雇用回復へと流れ、今、内需主導型の回復が始まった。雇用も去年の八月以降、ついに製造業でもプラスになってきた。製造業の生産がITバブルの調整一巡ということも要因となって、八月から持続的に上がり始めた。私の予想外であった国内の対個人サービスでも雇用が回復し続けている。去年十二月の雇用者は合計で五千四百十八万人いるが、これは去年一年間で五十六万人増えている。特にサービス業で三十九万人と一番大きく増加している。さらに後半には製造業も増え始め、十五万人増加している。この結果、いよいよ三つの過剰解消の一環としての雇用回復が本格的になってきた。そしてこの春闘では、もちろん、業種に依るが、十数年ぶりに、ベアが実現するだろう。雇用と賃金の回復はまだまだ続いていくと考えられる。設備投資も、〇五年度と同程度伸びるかどうかはわからないが、〇六年度も伸びるだろう。
─ その理由は?
鈴木:日銀短観で設備の過剰が不足に転換したのはついこの間だ。雇用もごく最近の不足への転換だ。今の景気は、始めの〇二年の第2四半期から〇四年第1四半期ぐらいまでは輸出主導型の景気回復だ。内需の景気好循環の鎖が切れたまま輸出主導で景気が回復してきた。しかし、そこで輸出の伸びが落ちた途端に景気は〇二年第2四半期から第4四半期まで失速し、通期でマイナス成長となってしまった。しかし、そのプロセスの中で、三つの過剰が解消し、ITの在庫調整も終わった。そこで立ち上がってきたのが、今の内需主導の回復であり、これはまだ始まって一年そこらだ。この若い景気は少なくとも〇六年中は持続し、上手くいけば二〜三年くらいもつだろう。
─ 景気腰折れの材料は?
鈴木:唯一私が心配するのは政策であり、その政策が企業の期待成長率にどう響いてくるかだ。企業がみんな一斉に、二〜三%台の成長率はそんなに続かず、〇六年度は下がってしまうと思い始めたら、雇用や賃金引き上げや設備投資に慎重になり、守りの姿勢に入っていくだろう。そういう場合は自己実現的にこの内需主導型の景気回復はエンジンが止まってくる。当面の企業の期待成長率に大きな影響を与えるのが、金融政策と財政政策だ。
─ 金融政策については
鈴木:先ず、〇五年度に三・二〜三・五%の成長をするということは需給ギャップが相当改善するということであり、需給面から見てもデフレに逆戻りということはないだろう。そして、企業物価を見ても、資源エネルギー関係などが上がってきている。また、今までは物は上がってもサービスは下がっていたが、それはサービス料金に賃金の影響が大きいからであり、人件費低下の動きが終わった今、サービス料金も下げ止まり、ものによっては上がるかもしれない。これらにより、デフレ解消はまず間違いないところまで来ている。
─ その時、日銀はどうするのか…
鈴木:世の中は、量的金融緩和の廃止、即、ゼロ金利の廃止と思っているが、今三十兆円〜三十五兆円ある日銀の当座預金を市場を活発にするためにどんどん下げていったとしても、六兆円くらいになるまではゼロ金利が続く。日銀は、六兆円を切ってゼロ金利以上になるところまでは、直ちには下げないことをよく説明し、また、六兆円を切り、金利がゼロから離れる政策をとる時の条件をはっきりと示すべきだ。条件を明示して、時間軸を設定すれば、市場は安心し、早期の短期金利上昇の予想から過度の長期金利上昇が起きるのを防ぐことが出来る。しかし、逆に条件が厳しすぎると、インフレやバブルの予想で長期金利が上がる。ゼロ金利廃止は早すぎても遅すぎてもいけない。これから三月以降、金融政策は非常に難しい局面に入って来るであろう。
─ 一方、財政政策は
鈴木:色々な国の財政再建例によれば、六割以上を行政改革による歳出削減、四割以下を国民負担の増加にした財政再建には成功例があるが、逆に、半分以上国民負担を増やした財政再建にはみんな挫折している。日本でも六〜七割は中央政府の無駄な仕事や人員をカットすることによる財政再建を進めていき、国民負担の引き上げは最後にするという態度をとれば、期待成長率は上がり、この景気も長続きするだろう。歳出削減というのは景気に悪影響のように思われるが、それは民間のビジネスチャンスを拡大すると言うことと表裏の関係であり、決して悪影響ではない。
─ 米国の金利が上昇し、現在発表されている経済指標でも一月の数字は良好だが、世界的に長期金利と短期金利はイールドフラットになってきており、米国は逆イールドとなっている。これは、秋以降、世界的に景気が減速する兆しではないか?
鈴木:大筋はその通りだろう。しかし、問題はその時期であり、一月は良かったが二〜三月から弱くなるというような極端な弱さではないだろう。
─一方で、日本は内需にも火がついているため、海外がスローダウンしてもそれは乗り越えるだろうという声もある…
鈴木:海外がスローダウンすることによって、もちろん成長率は少し下がるだろうが、輸出リード型ではなく内需リード型であるために景気が腰折れすることはない。三%程度の成長が難しくなるというだけであり、内需だけで二%台の成長は可能だろう。
─ 日本の成長率が米国の成長率を上回るということも有り得る
鈴木:成長率で米国が三%を切り、日本が三%を維持するという程度の逆転は十分起こりうる。心配なのは財政だ。官僚達の抵抗やOBの天下り確保で行革も難しい、かといって国民負担の増加は選挙の票に響く、というような理由から、インフレ率や資産価格が上がってきているにもかかわらずゼロ金利を続け、景気を良くして税収を増やそうという金融政策へのしわ寄せは、最悪の結果をもたらす。インフレやバブルで景気は短命に終わり、長期金利は上昇し、両面から財政赤字は膨らむからだ。そういうことをしないで行革中心の財政再建に取り組む小泉後継者を期待する。そうすれば、財政面から景気の持続性が壊れていく可能性は低いだろう。このように、今は非常に難しい曲がり角に来ている。
(了)