対個人サービス中心の好循環に(『RR - Risk&Return Global Investment News 2005年Vol.28』2005年7月18日)
─ 景気の見方が非常に難しい局面に来ている…
鈴木:確かに難しい局面に入ってきている。私の見通し通りの局面が続いている一方で、私があまり考えていなかった動きも出てきている。輸出や輸出関連の製造業の設備投資によってわが国の景気は02年〜04年にかけて回復してきたが、私の予想通り失速して04年の第2四半期と第3四半期のGDPはマイナスとなり、第4四半期はほぼゼロ成長となっている。これは、第3四半期と第4四半期は純輸出がマイナスとなってしまったためだ。しかし、その一方で、05年1〜3月期は年率4.9%成長となり、エコノミストを驚かせたが、これは純輸出は引続き減少していたものの、個人消費と設備投資が回復し、成長を押し上げた結果だ。
─いわゆる内需に火がついてきたと…
鈴木:05年1〜3月期の回復要因には在庫投資という「くせ者」もあるが、それを除いても、外需が失速したままでの状態でも個人消費と設備投資によってGDPをプラスにしたことは十分に注目すべきだろう。また、個人消費が回復してきた背景には、雇用の回復がある。雇用の回復は、従来の輸出リード型の回復の場合、輸出関連の製造業の業績向上→雇用の増加・賃金上昇→消費の回復のパターンとなるが、今回の回復局面では企業が高収益を内部留保の充実や借金の返済に充てているため、私自身は難しいと見ていた。実際にこの動きは今も続いているが、しかし、今回の雇用の回復、消費の回復はなんと輸出関連以外のところから起こってきている。
─ 外需に代わる、景気のけん引役が出てきている。
鈴木:総務省の就業者統計と厚労省の常用雇用統計で雇用回復の中身を分析すると、どちらを見ても製造業はまだ減少ないし微増だが、非製造業の雇用がかなり回復してきている。また、その中身は医療・福祉、個人向けの情報通信、複合サービス、一般サービス、教育学習支援の常用雇用が前年に対し増加している。そしてその規模も、大した業績ではないと思いがちだが、実は製造業の倍近い雇用者数だ。つまり、製造業は増加していないが、その倍近い対個人サービスの非製造業で雇用が増えているということが起こっている。
─ サービス産業が景気回復をけん引していると…
鈴木:さらに、製造業では引き続き正社員を減らしパートを増やしているが、非製造業では逆に正規の社員を増やしている。少子高齢化に伴って需要が伸びてきている。教育や介護、あるいは若い人を対象とした通信などが伸びてきている。これらは、実は私自身、これから21世紀に伸びてくる産業であることを昨年出版した本の中でも紹介していたが、まさかこんなに早く、そうした産業が伸びて景気を支えるとは思っていなかった(笑)
─ 成長産業が前倒しに伸びてきている…
鈴木:このため、今後の景気の見通しは、輸出関連、製造業は引き続き停滞するだろう。しかも、それらの産業は下期の輸出回復にかなりの期待を寄せているが、原油価格の高騰や中国の成長が鈍化してきていることを勘案すると、下期も停滞する可能性が強い。このため、GDPは下期マイナス成長というシナリオも描けるものの、しかしながら、予想外の対個人サービスの雇用・賃金の回復による個人消費の回復や、非製造業の設備投資の伸びで、4〜6月期以降もプラス成長を維持していく可能性がある。
─ 非製造業が前倒し的に伸びてきている資金循環的な背景は…
鈴木:貯蓄率を年代別に分析すると、60歳以上の層が急速に低下している。つまり、高齢者が増えてきており、彼らがお金を使っているということだ。それに、少子化が進んでいるため、子供にはお金を惜しまないというようなこともある。加えて、今の若い人、とりわけ、結婚をしないで働いている女性は情報通信などにかなりお金を使っている。こうした三つの世代のお金が対個人サービス産業を支え、伸ばしているとみていいだろう。
─ なるほど。となると、金融政策のカギを握る消費者物価の動向は…
鈴木:日銀が政策のターゲットとしている全国消費者物価の除く生鮮食品の対前年比は、5月にマイナスからゼロ%に転じたが、これは原油価格の高騰による、ガソリン価格などの値上げが大きかった。ガソリン価格は昨年6月も上昇しているため、6月の消費者物価は再びマイナスとなる可能性が高い。しかし、もう少し先を展望し、10月から来年1月までをみると消費者物価の対前年比は0.4%ポイント上昇する要素がある。それは、昨年の10月から今年の1月までの間に、米価の値下がりで0.2%ポイントそれぞれ低下し、消費者物価は合計0.4%ポイント前年比で低下したためだ。今年は逆にこの要素がプラス要素になる。
─ 日銀待望の消費者物価が安定的にプラスとなる素地が生まれてきている…
鈴木:しかし、仮にそれでも景気自体が弱ければ、0.4%ポイントの消費者物価の上昇要素は消し飛んでしまうが、先ほどから述べているように国内の個人サービス中心の好循環が始まっているため、簡単にはマイナスにならない。高い成長率にはならないだろうが、マイナス成長が回避できれば需給ギャップから消費者物価がマイナスになることは避けることができる。そこに、10月からの0.4%ポイントの上昇要因が加われば、消費者物価が安定的にゼロ%を超えてくるのではないか。
─ これはニュースだ(笑)日銀はそうしたことに気付いているのか…
鈴木:日銀は気付いているのではないか。そこで、こうした状況を踏まえて、日銀の金融政策に注文を付けるとともに、援護射撃をすれば、日銀は直ちに当座預金の目標残高の引き下げを始めるべきだろう。というのは、今度の量的緩和の二つのポイント、操作目標をコールレートから当預残に切り替えたことと、いわゆる時間軸効果だが、このうち、当預残については既に役割を終えている。9回にわたる当預残の大幅な引き上げは金融不安を沈静化させるには大いに役に立ったが、その役割もペイオフの全面解禁とともに終了し、最近では弊害ばかり目立ってきている。
─ 弊害とは…
鈴木:当預残の大幅な引き上げは、ベースマネーの大幅な増加には寄与したが、マネーサプライの伸びは量的緩和政策の導入以前より低く、何の役にも立っていない。反面、当預残を引き上げるために、大量の長期国債を買い続けた結果、金融機関の経営に自主性がなくなった。不確実なマーケットを相手にせず、確実な日銀オペでポートフォリオを調整している。そして、それと同時に市場機能がマヒしてしまっている。この二つの副作用が量的緩和の継続とともにますます大きくなってきている。
─ 量的緩和政策に限界がきている…
鈴木:しかし、もうひとつの時間軸効果は、消費者物価の前年比が安定的にゼロ%以上になるまではきちんと市場との約束通り継続していく必要がある。このため、当預残はゼロ%金利でなくなる手前まで、つまり6兆円近くまで引き下げる一方で、時間軸効果の約束を守ることを繰り返しアピールすべきだろう。今から当預残を引き下げていき、来年の1〜3月期に消費者物価の継続的なゼロ%以上が確認されれば、いつでも政策変更が可能な体制を整えておいた方がよい。
(了)