日本経済は失速した(『週刊東洋経済』2005年1月8日増大号)

─ 景気好循環の環が切れている ─

   昨年の日本経済は、年初「復活への序曲」「失われた十年からの脱却」などとはやされたが、結局失速して越年した。鉱工業生産と出荷は、04年7〜9月期以降マイナスに転じ、在庫率は上昇傾向にある。景気動向指数の一致系列は、8、9、10と3ヶ月連続して50%を割った。日銀短観の「業況判断DI」は、昨年12月調査から悪化し始めた。実質GDPは04年4〜6月期に年率−0.6%、7〜9月期に同+0.2%と2四半期連続して失速状態にある。
   私は本誌『週刊東洋経済』の04年1月24日号の「論点」や『日本経済 持続的成長の条件』(同年6月東洋経済新報社刊)の中で、今回の回復は持続的成長の条件を欠き、05年には失速すると予測した。不幸にして日本経済は、私の予測した通りの論理で、私の予測よりも早く失速した。

純輸出主導は続かない

   別表は今回の回復を前2回と比較したものである。



   年率平均成長率は今回が2.1%と最も低く、一番弱い回復である。定性的にみると、前2回と比べて5つの特色がある。
   @極端な輸出リード型で、純輸出が成長の3分の1を賄っている。
   A民間投資の成長寄与度は、今回が最も低い。設備投資が輸出関連に偏って弱いからだ。
   B民間消費の成長寄与度は、前回と前々回の中間だ。
   C政府支出の成長寄与度は、今回が最も低い。但し、今回は歳入不足を賄う国債発行増加が01年度補正以来8兆円に達し、ビルトイン・スタビライザー効果が大きい。
   D今回は量的緩和政策という前代未聞の金融超緩和を展開しているが、これが効かず、銀行貸出は98年以来の減少傾向を改めていない。
   この5点の特色を持つ回復は次の理由で持続的成長の条件を欠く。
   第一に、@輸出の牽引力が落ちる。今回は米国と中国の高成長を中心とする世界市場の拡大が引き金となり、デジタル家電に象徴される新しいITの部品や完成品、乗用車などの輸出が伸びた。中国の建設ブームに伴って、鉄鋼などの素材産業の輸出も大きく伸びた。しかし、米国の成長は04/Tの年率4.5%をピークに緩やかに減速している。連銀は、3%成長程度への軟着陸を目指し、FFレートを現在の2.25%から今年中に少なくとも3%台に上げてくるであろう。大きな双子の赤字を抱え、ブッシュ政権が財政刺激を追加する余地はない。中国は投資と融資の行き過ぎが将来の過剰設備と不良債権を生み出すことを警戒し、現在の9%台成長を7〜8%に落とそうと緊縮政策を実施している。
   この結果、本年の世界市場の拡大は減速し、日本の輸出は好転しない。またIT部品・デバイスの世界的在庫調整も本年中頃まで続くであろう。ドル安の行方も目を離せない。
   輸出鈍化の反面、異常に低かった輸入の伸びが高まり、昨年7〜9月期の純輸出は遂にマイナスに転じた。回復のエンジンが止まったのだ。低かった素原材料輸入の伸びが、在庫補充も含めて正常化したためだ。
   成長失速の第2の理由は、輸出が引き金となって国内需要の自律的回復に点火する因果の鎖が切れていることだ。輸出増加が刺激となって始った回復であっても、それが輸出関連企業の雇用・賃金の回復を通じて勤労者の所得を回復させ、個人消費や住宅投資などの国内需要を回復させれば、輸出鈍化後も回復は続く。国内需要関連企業の雇用・賃金が回復し、それが更に勤労者所得を増やして自分自身に対する需要を増やすからだ。輸出関連に偏っていた設備投資も、次第に内需関連に広がっていく。こうなれば、内需主導型の景気好循環であり、輸出が鈍っても自律的な成長が続く。
   しかし今回は、この景気好循環の環が切れている。輸出リード型の今回回復が、輸出が鈍化したとたんに失速したのはそのためである。

企業は増益、家計は減収

   図1の経常利益(全産業)と雇用者報酬のグラフを見ると、前々回と前回の回復期には両者が同じサイクル(正の相関)を描いているが、01/W以降、経常利益は増加傾向に転じ、雇用者報酬は減少傾向を続けている(負の相関)。


   つまり、今回回復期には企業利益は著しく上昇しているが、勤労者所得は減り続けており、両者は劇的に乖離している。輸出リード型で企業収益が回復しても、それが雇用・賃金の増加を通じて勤労者所得、ひいては国内需要の回復にスピルオーバーして来ないのだ。
   輸出関連大企業を中心とする生産回復の過程で、企業は40代50代の正規雇用を優先的にリストラし、残った正規社員の時間外労働と非正規雇用(パート、派遣社員、契約社員など)の増加で生産増加を賄っている。04/Vの労働力調査では、非正規雇用の比率は10年前より10%ポイント以上上昇して31.5%に達し、女性だけ見れば51.6%に達している。
   正規雇用、とくに40代50代の男性に比べて、女性や若年を中心とする非正規雇用の賃金単価は低いし、非正規雇用には企業の社会保険料負担が無い。時間外労働はサービス残業でない限り賃金単価は高いが、新規正規雇用のように社会保険料負担が発生しないことを考慮すると、やはり人件費は安い。
   このようにして企業は、図1に示したように、人件費総額(雇用者報酬)を減らしながら生産回復を賄い、企業収益を増やしているのである。
   企業経営の立場に立てば、このような人件費総額の抑制は損益分岐点操業度を引下げて収益力を高める。その収益によって非効率な設備の廃棄、不動産の損切り売り、借入金返済などを進めてバブル崩壊で悪化したバランスシートを健全化してきた。04年度の大企業の売上高経常利益率(日銀短観)は、バブル期のピークを上回ろうとしている。
   しかし企業は、このようにして溜まる内部資金を、全額投資に使いきっていない。表で確認したように、A今回の民間投資(中心は設備投資)の成長寄与度は、輸出関連投資に偏り、前2回よりも低いのが特色である。日本の企業部門が使わないで内部に溜めている資金余剰(貯蓄マイナス投資)は、03年中の民間非金融法人で41兆円を超え(金融機関を含め54兆円)、それが公的部門の資金不足36兆円、海外部門の資金不足(日本の経常収支黒字)15兆円を賄っている。
   今回回復のもう1つの特色として、B民間消費がある程度成長に寄与していることを指摘した。雇用者報酬が減少している下での消費増加は、当然貯蓄率の低下を伴なっている。
   図2は年齢階層別の貯蓄率の推移である。


   99年以降の貯蓄率低下は、特に60歳以上において著しい。これに対して、30〜39歳と40〜49歳はこの15年間上昇傾向を示しており、99年以降もほぼ横這いである。60歳以上の高齢者は収入と資産の格差が大きいので、介護や医療など生きるためのギリギリの支出から高額パック旅行の支出までさまざまであるが、核家族化の下、「美田を残さず」、蓄積を食潰して自力で生きて行こうとしている。これに対し、30〜49歳は、将来の社会保障不安から出来ればもっと貯蓄率を引上げたいが、最近は収入減で貯蓄増加も限界に突き当っている姿が浮かび上ってくる。
   このため家計部門を全体としてみると、03年中に2.4兆円の資金不足(貯蓄を上回る投資)に陥り、金融資産が減っている。この家計部門に更に追い打ちをかけているのが、国民負担の増加である。04年10月以降17年まで毎年続く年金保険料引上げ、04年度以降数年間の年金給付の物価スライド引下げ、05年度以降に検討されている介護保険料の引上げ、所得課税では04年度の配偶者控除上乗せ部分の廃止など諸控除の整理、05年度以降の定率減税の段階的廃止などが並んでいる。05年度の国民負担増加は2兆円を超えるであろう。
   企業収益の回復に伴なう法人税の増加で、03年度と04年度の政府決算では毎年2兆円前後の自然増収が出ている。その上、前述の国民負担の引上げがある。今回回復の1つの特色であるCビルトイン・スタビライザー効果は消えて行く。
   最後の特色であるD量的緩和政策は、成長失速の下でデフレが続き、05年も継続するであろうが、それによって銀行貸出が積極化することはない。大手行の不良債権比率が4%に下ったと言ってもまだ国際水準の倍もある。更に引下げながら自己資本比率を維持するために、貸出は増やせない。海外の大手行に買収されないために、合併して時価総額を増やすことで、首脳陣の頭は一杯だ。
   他方、地域銀行の不良債権処理はまだ峠を越えていない。自己資本比率の維持と不良債権処理を両立させるには、貸出拡張どころではない。

「改革なくして成長なし」

   以上のような@〜Dの現状から判断すると、05年経済は@純輸出の牽引力は弱まったままA輸出関連設備投資は峠を越え、内需関連の設備投資は勢を欠き、Bそれに代る個人消費の立直りは期待できない。C財政のビルトイン・スタビライザー効果は消え、D量的緩和政策によって貸出が増えることもない。
   結局、米国、中国を中心とする世界経済に大きく依存したまま、力を欠いた純輸出に支えられ、1%台の低成長を続けるのではないか。ダウンサイド・リスクは、現在の経済失速が雇用に響き始め、図1で下げ止まるかに見えている雇用者報酬が再び下げ足を早める場合であろう。
   最後に日本経済を持続的成長軌道に乗せるための改革を、4点に絞って簡潔に述べてみたい。
   第一に、企業部門に溜まっている余剰資金を内需関連投資に向けるため、投資機会を増やす規制撤廃をもっと徹底することである。規制改革・民間開放推進会議が昨年末に答申した医療、介護、教育、育児、職業紹介、農業などの参入規制撤廃を、官僚に対する政治的指導性を発揮して直ちに実施することだ。
   第二に、30〜49歳の層を中心とする将来不安を解消し、この年齢層の消費意欲を回復するため、社会保障制度を抜本的に改革することだ。少子高齢化の下では、基礎年金、介護、高齢者医療は消費税方式、報酬比例年金、非高齢者医療は保険方式で行う以外に道はない。
   第三に、前述の基礎的社会保障の消費税方式を除いて、国民負担を増やすべきではない。定率減税の廃止、際限のない保険料引上げ、給付引下げは中止すべきだ。規制撤廃、事業補助金と権限の地方移譲などによって、中央省庁を小さくして歳出を削減することが財政再建の王道である。
   第四に、第一で述べた企業投資を援けるため、銀行がリスクを取って貸し出し拡張が出来るようにすべきだ。それには、不良債権比率、自己資本比率、収益比率という相互に矛盾する三つの指標を量的に規制し、貸出縮小に追込む過剰介入の金融行政を改めることだ。特にBISの自己資本比率規制は、理論的にも実際的にも問題が多く、国内銀行に適用するのは止めた方がよい。