切れている景気好循環の鎖(『RR - Risk&Return Global Investment News 2004年Vol.44』2004年11月22日)
――先生は今年下期にかけ、景気が減速すると予想した…
鈴木:今年一月の時点で、今まで二度あった長期停滞下の景気回復と同じく、今回も今年の後半から来年にかけて景気は徐々に減速するものと見ていた。そうした私の予想に対し、春の段階では周囲は半信半疑だったが、実際はその通りになりつつある。これは、今回の景気の回復は、輸出と輸出関連投資リード型の景気回復であるとみたためで、それが減速すれば当然、景気はスローダウンする。
――アメリカと中国に引っ張られた…
鈴木:企業はリストラの努力を続けてきて、低い売り上げでも高収益を上げられるようになってきた。加えて、アメリカと中国の高成長に伴う輸出の増加が引き金になって、新しいIT技術が花開いたというのが今回の回復の特色だ。だが、その中にも問題点が一つある。かつては、輸出が伸びれば輸出関連設備投資が伸び、雇用が増え、賃金が上がり、雇用者報酬が増える。そうすると国内需要の消費や住宅投資が出てくることで、そういう関係の企業も潤い、好循環が生まれる。こうなると輸出が止まっても国内の好循環の中で景気は持続していく。ところが今回は、この好循環につながる因果の鎖が切れている。GDPはプラス成長になっているにもかかわらず、その中の雇用者報酬は一貫して減少している。これは企業努力、すなわちリストラの裏側だ。賃金が高い四十・五十代の正社員を切り、その分の労働を他の社員の時間外労働や非正社員、すなわちパートタイマーや派遣社員で埋めている。こうして人件費総額を減らしながら生産を上げているわけだ。時間外労働は賃金単価が一見高いが、新規に雇用すれば社会保険料の負担が増えるわけで、その分を考えれば安く上がる。また、非正社員は賃金単価が安く、社会保障負担がない。これで雇用者報酬は下がる一方になる。輸出関連設備投資が上がってきたといっても、アメリカや中国の高成長も続かない。また、純輸出が主に景気を引っ張っているが、純輸出というのは輸出増加だけではなく、輸入が停滞しているということも背景にある。つまり、今年前半は在庫調整の段階であり、今年の後半になれば、在庫調整が終わって素原材料の輸入が増え、七〜九月期から純輸出はマイナスになるだろうと予想したが、その通りになっている。
――個人消費に火がつきにくいのは痛い…
鈴木:実にいやなことではあるが、その通りだ。リストラで非正社員を使い、時間外労働を増やすのも限界があるということで、やがて雇用者報酬が増え、国内消費に火がつけば、私の見通しも外れるだろうが、たぶんその前に輸出が鈍って景気も鈍るだろう。実際に、雇用が増えても報酬が増えるような状態には来ていないし、そこに輸出の減速が重なり、景気は減速しつつある。輸出関連設備投資も今年は伸びるだろうが、来年には一巡してしまう。また、非製造業の設備投資も伸びないし、来年の設備投資の伸びは望めない。政府は今年度の経済見通しを三%台に直したいようだが、これは難しくなった。来年度も二%といっているが、私は二%も切るのではないか。マイナスとはいわないが、一・五%くらいに止まるのではないかとみている。
――政府は今、来年度の予算編成や定率減税の見直しなどに取り組んでいるところだ…
鈴木:政府がやってはいけないこと、やるべきことの両方がある。景気のカギを握っているのは雇用者報酬、つまり可処分所得だ。ここが伸びなければ成長につながらない。このため、可処分所得を痛めつけるようなことを今の段階では決してしてはいけない。
――定率減税の見直しなどもってのほかだと…
鈴木:その通りだ。今年十月からの保険料値上げのインパクトもあるし、政府の政策で景気を駄目にしかねない。三%成長に達するかどうかは別にして、これだけの成長率なら税の自然増収が出るはずだから、まずは我慢するべきだ。同時に歳出カットの努力を続ける必要もある。今、低率減税の見直しをやればもとの木阿弥(もくあみ)になる可能性もある。
――逆に、政府がやらなければならないこととは…
鈴木:国内に雇用機会を増やすようなビジネスチャンスを増やす構造改革を最優先でやるべきだ。宮内義彦オリックス会長が議長を務める規制改革・民間開放推進会議で提案されていることを、そのまま実行すればいい。だが、小泉内閣はそれをすべて官僚に丸投げし、実現しないままに、政治的に派手な道路公団・郵政の民営化に取り組んでいる。道路にしろ、郵便にしろ、もともと公共財の供給であり、民営化しても景気にはあまり効果がない。また、郵貯・簡保も民営化しても今の案では民業圧迫につながるだけだ。こんなものは規制緩和でも民間のビジネスチャンス拡大でもない。
――三位一体改革については…
鈴木:今までひも付きで出してきた財源を、ひもなしで、自由に使える財源として地方に渡せば、それは地方経済の活性化につながるだろう。だが、今政府がやっているのはまずは補助金削減で、税源移譲は後回しだ。これでは地方景気へのマイナスの影響は必至だ。さらに、竹中平蔵経済財政担当大臣が今までやってきた金融行政も問題だ。竹中大臣の考えでは、彼のプランで日本の銀行に元気が出て、リスクをとって貸出をするようになって、民間が活性するということだったが、現状は全くの逆。不良債権処理と自己資本比率の保持、収益の改善の、両立しない三つのことを金融機関に要求し、それを両立するために金融機関はいわゆる「貸しはがし」に走った。確かにこれで不良債権比率は八%から四%へと半減するだろうが、これも外需主導の景気回復に助けられたということがある。しかし、四%という不良債権比率は国際的に見てもまだまだ高いし、不良債権処理はまだまだ力を入れなければならない。貸出には今後もブレーキが掛かり続けるだろう。また、不良債権比率を下げた大手銀行が何を考えているか、ということもポイントだ。彼らが考えるであろうことは、リスクをとって貸出を増やすことではなく、外銀に買収されることを防ぐために、もっと規模大きくして時価総額を増やさなければならないということだ。バンカメやシティバンクは二十兆円前後の時価総額があるが、日本の大手は合併してもせいぜい八兆円といったところだ。現に、三菱東京と三井住友でUFJの奪い合いをしている。銀行に元気が出て、内需を刺激して国内にビジネスチャンスが増えるというような状況は、しばらくは起きないだろう。銀行再生なしに経済全体が減速し、来年に入っていくのではないか。
―― 一方で、日銀では景気に対して強気な発言も目立つが…
鈴木:私が言う、「因果の鎖が切れている」ということを、日銀では「切れていない」と判断しているから出てくる強気だろう。だが、これは楽観的に過ぎるのではないか。もちろん私も、すぐにマイナス成長になるとは思っていない。だが、景気の回復につながる根本の部分の循環ができていないということを、日銀はよく観察する必要があると思う。
(了)