他律的回復から自律的回復の経済へ (『月刊政経人』2003年10月号)

‐経済の効率を高め活性化する真の構造改革を‐


【景気回復の特色を見誤れば再び失速】

─ 日本経済の景気の動向はいかがでしょうか

鈴木   年初来低迷しておりましたが、この夏頃から輸出関連の大企業・製造業を中心に回復が始まりつつあると言えます。
    数字で言えば4〜6月の成長率が、上方修正されて年率3.9%となった。このGDPの水準は前年度(平成14年度)のGDP平均を早くも1.9%上回っています。従って政府見通しの0.6%という数字は異常に低いのであって、今年度は2%台の成長は確実になったのではないかと思っております。
    鉱工業生産を見ても、今年の1月をピークに弱含みの状態でしたが、7月から9月にかけて、連続上昇の気配が濃厚ですね。7月の実績ははプラスでしたし、8〜9月はかなり上昇するという予測が出ております。そうしますと7〜9月期のプラスは間違いない。停滞していた鉱工業生産も7月以降上昇傾向に転じたとみられる。
    では、なぜここにきて景気の動向が上向いてきたかと言うと、その原因は輸出の伸びと設備投資が増えているからです。輸出はアメリカの経済が好転したことによって、現在も強含みですが、下期に向かって加速するであろうと思われます。
    アメリカ経済は1〜3月がイラク戦争不安で、低迷していましたが、なんと4〜6月は3.1%成長をしたわけです。その中身というのは、イラク戦争が一応決着して、個人消費、住宅投資、設備投資が揃って立直り、思っていたよりも強い動きです。
    従って、日本の輸出の展望も良くなってきた。それとIT不況が終わったことも挙げられます。電子部品、わけるデバイス、それ以外の電気機械、一般機械の輸出が伸びるであろう。自動車も好調であるということで、輸出が引っ張ってくれるであろうということが一つです。そして、もう一つは輸出関連の大企業・製造業の収益見通しが予想以上に好調であり、2桁の増益持続間違いなしということで、そのキャッシュフローを使って設備投資を拡大する動きがハッキリしてきた。
    「日銀短観」の調査でも、本年度の設備投資計画はプラスです。先行指標の機械受注、それから、建設工事受注を見てもプラスが続くと予測されている。
    このような傾向から、輸出関連の大企業・製造業は輸出も伸びる、収益も上方修正する。そして、設備投資に積極的になるという展開になっています。先に申し上げたようにこれがゆるやかな景気回復をリードしていくであろうという構図です。
    しかし、これは逆に言えば、国内の中小企業や非製造業、そして地方経済、個人などを置き去りにした回復でしかない、とも言えます。
    高度成長時代とそれに続く80年代頃までの状況というのは、輸出リード型の回復に伴って、輸出関連企業の設備投資が始まる、雇用も増える。個人消費・住宅投資等国内にも需要が広がっていく──という形で国内の自律的な回復へと波及していくものでした。
    ところが今回の回復では、このチェーン(鎖)がプツッと切れてしまっています。なぜかというと、今回の大企業・製造業の輸出増加に伴う収益好転というのは、同時にリストラの成果でもあるわけです。
    大企業ではここ数年、40、50代の働きざかりの男子常用雇用をリストラし、必要な場合は、賃金が割安で社会保障費の負担もない若手や女性を中心とした臨時雇用に切り換えてきています。
    雇用全体としてはジリジリと増えていますが、常用雇用は減り続けているため人件費の総額も減っています。つまり消費の元になる個人所得のパイは縮んだままですので、個人消費や住宅投資には火がつかない。そうなると、それらに依存している非製造業にもやはり火がつかない。地方経済も同じです。個人の実感としても相変わらずで、なぜ景気回復なのだろう、という状況だと思います。これが現在始まりつつある景気回復の大きな特色だと考えています。
    ですから、この回復をみて政府が安心し、自律回復が始まった、と思い込んで手を打たずにいたら、来年はまた失速することになるでしょう。アメリカ経済に引っ張って貰っている他律回復であって自律回復はまだこれからですから…。今こそ他律回復から自律回復へとつながる本格的な回復に向けて手を打つべき時なのです。
    そのためには何をすればいいのか、と言うと、やはり一つには、国内のビジネスチャンスを広げるような規制の撤廃、それから民業を圧迫している官業を思い切って民間開放する。そして、私なら思い切って法人税、所得税等の減税をやりますね。そういった諸政策をすべきです。そうすれば間違いなく経済は回復しますよ。今年度は2%台後半、来年度は3%台の成長が可能です。
    現在の政府にはそういう姿勢がみられません。他律回復を自律回復だと自画自賛している。小泉政策は現在回復しつつある経済に何の寄与もしていない。ラッキーなだけで、他律回復で引っ張ってもらっているだけです。それとリストラなどの企業努力によるものです。

【株価が上昇しても銀行業界はなお不安定】

─ デフレ傾向が収まるとの見方もありますが、その点についてはいかがですか

鈴木   デフレがなぜ起きるのかというと、主因は国内の供給超過、需要不足で起きているわけです。国内では、非製造業、中小企業、地方経済、個人が置きざりにされていますからデフレ要因は変ってない。輸出がよいと言っても国内のデフレとは直接関係ありませんからデフレは続くでしょう。
    デフレを止めるには国内の自律回復を図らないと、そう簡単には収まらないと思います。むしろ、輸出が増えて円高になればデフレがさらに進む懸念がある。

─ 株価も上昇し経済も好転しつつある中、金融危機は去ったと考えられますか。

鈴木   全然そうは考えられません。まだまだ安定したと言える状態ではありません。
    銀行は三つの大きな課題を抱えています。一つは不良債権の処理。二つめに自己資本比率の維持。そして、資本に対する収益性の向上という三つの相互に矛盾する課題を与えられて、あっぷあっぷしている。株価の上昇は収益と自己資本の面で少しは救いになる程度で、経営の安定と言える状態ではありません。
    株価の評価益が出てもそれで不良債権が減るということはありません。もともと不良債権は国内の非製造業向けのものが大半で、初めから輸出企業にはあまり不良債権はないですからね。
    株価上昇の反面、今後国債の評価損が出てきますから、この悪影響は無視できないと思います。
    そういう面から銀行業界が安定したとは言える状態ではありません。むしろ、銀行業界とは関係ないところから景気回復が始まっている。多少関係しているのは今述べた株価の上昇くらいですね。
    もう一つの視点として、株価は上場企業、日経平均でもTOPIXでもいいですが、半分は製造業なんですよ。しかし、日本経済に占める製造業のシェアは4分の1です。銀行貸出に占めるシェアに至っては5分の1です。従って、株価は製造業リード型の回復の時は敏感に反応するんですね。株価が上昇したからといって、このことで日本経済全体や銀行業界を推し計ってはいけませんよ。
    輸出企業、製造業を中心とした回復だから株価に強く反映される。今の株価上昇がインチキだとは言いません。理由は前に話したように、景気回復のリード役である輸出関連大企業・製造業の株価が上昇している。
    しかし、回復したと言っても1万1千円に届くかどうかという水準です。小泉内閣がスタートした2年前は1万4千円台ですから、本格回復とは言えないと思います。
    ただ、時価会計の関係で評価損をいっぱい出した後の株価上昇ですから、多少のプラス効果はあるでしょう。

【中期的な課題調整が終わっていないアメリカ経済】

─ アメリカ経済の見通しはいかがですか。

鈴木   短期楽観、中期警戒だと思っています。短期楽観という理由は本年下期がよくなる。今年の1〜3月はイラク戦争の先行きに対する懸念から、景気は相当冷え込みました。それが、イラクは治安は回復していませんが、戦争が終わって先が読める状況になった。ガソリンも安く安定し、不安が遠のいた。そして、7月から大型減税が実施されたので、今年の下期(7〜12月)については安定した経済成長を達成するでしょう。
    しかし、来年以降も長期的に高成長が続くかと言うと疑問を持たざるを得ませんね。なぜなら、アメリカ経済は93年頃から回復したわけですが、2000年頃まで長期繁栄をした。この長期繁栄の期間には設備が過剰になったし、家計は借金し債務が過剰になった。そして、01年から調整の段階に入った。
    ところが大型の減税はする、金利は下げるなどの景気テコ入れ策をとるので、調整局面が終わらないうちに現在のような経済情勢になっている。個人の家計の債務過多とか、企業の過剰設備といった中期的な問題は調整が終わっていません。
    運動選手に例えるなら、93年から2000年まで、一生懸命、全力で走ってへばっている状態ですよ。休ませてくれと言っているのに、来年の大統領選挙もありますから、無理矢理、スタミナドリンクや筋肉増強剤を飲ませて、ガンバレ、ガンバレと言ってる状態ですよ。
    従って、中期的な課題の調整は終わってませんから、来年再び景気が失速するのではないかと見ています。

─ 最近、円高傾向が続いていますがどう考えますか。

鈴木   円高傾向が出てくることは当たり前なんですね。一般的に名目為替相場を見ていますが、国際競争力に影響するのは、物価で調整された実質為替相場なんですね。それでは物価はどうなのかと言うと、日本はデフレで物価が下がっている。外国は下がっていない。だから名目為替相場が横這いということは、実質の円相場は円安に動いている。名目為替相場が横這いなら、競争力上、日本は有利になってくるということなんですね。
    だから、当然、名目為替相場に円高圧力が掛かってくるわけです。放置しておけば円高傾向になってくる。景気回復のためには円安のほうがいいわけですが、しかし、先に述べたような理由で円高傾向は続くのではないでしょうか。
    極端に円高になるのは困りますが、今程度の水準と傾向なら、景気対策上恐るるに足らず、ですよ。

─ 中国の人民元に対して、国際間で切り上げの圧力がありますが、今後どう展開しますか。

鈴木   中国の人民元は、実質的にドルペックになっています。対ドルで円高、ユーロ高のもとでは円やユーロに対して割安になっているのは間違いありません。
    為替相場が管理されている人民元を切り上げるという国際的議論が起きているのは当然なことですね。
    ただ、変動為替相場制にしていろというのは金融のことを知らない人がする議論です。変動為替相場制にするには、為替相場は金利裁定と密接に関係する。直先の為替スプレッドとも同様です。
    中国の中に、欧米、日本といった先進国と同じように金利が需給を反映し自由に動く発達した金融市場がないと機能しないわけですが、中国にはそんなマネーマーケットはありません。まして、先物の為替市場もない。だから、フロートできない。仮に、フロートしたら急激に乱高下して収拾がつかなくなってしまいます。
    要するに、通貨が為替相場で乱高下しないのは、金利と直先のスプレッドの関係で、合理的に裁定されているからであって、中国にはまだ、そのような制度がない。
    私は、ドルペックをやめて、バスケット通貨制にすべきと主張しているんですよ。中国の取引先はアメリカだけでなく、日本、EUとも大きな取引をしています。ですから、ドルと円とユーロの三つの通貨のバスケットにすべきです。そうなれば元は徐々に切り上がっていくでしょうね。それと、政策的に対ドルでも少し切り上げたらいいと申し上げているんです。

─ 急激な元高は起こらないということですね。

鈴木   フロートできないんですから、不可能ですよ。
    かつて、日本がスミソニアン会議で360円から308円に対ドルで切り上げましたが、中国も固定相場制でしかたがありませんが、同様のことをやればいいわけです。そして、技術的にバスケット方式を導入すればいいと思いますね。

【民間と地方が自立した新しいシステムを構築】

─ 自由党は民主党と一緒になりますが、どういう経済政策を取りますか。

鈴木   自由党としてこれまで主張してきた基本的方針は、民主党とほとんど一致しています。
    それはどういうことかと言いますと、経済は他律的回復ではだめだということ。そして、日本国内の自律的な回復を促すことが必要です。
    そのためには、第一にビジネスチャンスを増やすために規制を撤廃すること、第二に、民業を圧迫している官業、特殊法人その他をできるだけ早く民間開放していくことです。そして第三は民主党と議論していかなければいけませんが、法人税、所得税の減税を含む税制改革をすることだと考えております。
    この減税に関しては、民主党の政策担当者と議論し、すり合わせをしていかなければならないでしょうね。最初の規制撤廃、官業の民間開放については民主党と方針は一致していると思います。
    とにかく、民間の自律回復を促すように、経済やその他の政策を切り換えていくことです。単なるバラマキ政策や箱物を造るのではなくですね。

─ 小泉内閣の経済政策、構造改革についてはどう考えますか。

鈴木   いったい、小泉さんは、構造改革で何を目的として、どういう内容の改革をしようとしているのかがわかりません。
    目的は何かと言うと、最初は財政赤字の削減で、その手段は国債発行30兆円のキャップをかける。次に不良債権の処理。そして、特殊法人の整理というものです。その中身は、体制内でやれる範囲の財政赤字削減、不良債権処理、行政改革です。しかも成果はあがっていません。
    しかし、私の考えではそんなものは構造改革ではありません。構造改革とは、日本の仕組み、システムそのものを改革することによって、日本経済の効率を高め経済を活性化して、潜在的な成長率を上げ、長期的な成長率を高めて国民の暮らしをよくしていくことだと思います。

─ 小泉政策は旧来型だということですか。

鈴木   そう思います。日本の仕組みは何かというと、一つは、官主導で、民は何をやるにも監督官庁にお伺いを立てる。二つめは、中央の地方に対する支配です。地方が何かをしようと思うと中央にお伺いを立てなければ補助金が出ないという中央集権です。三つめは、閉ざされた仲良しクラブと言っているのですが、系列の範囲内で取引し、メインバンクシステムの中で株を持ち合い、個人は定年退職まで一つの企業で働き、退職後も系列企業に再就職する。
    小泉内閣の構造改革は、この旧来型のシステムの中での動きだと思います。変えようとしないのか、恐らくは変えようとしても族議員と官僚の抵抗でできないのだと思いますが…。
    時代は変わっています。世界も動いている。官が民を指導するといっても、日本が先進国となって、真似する国もありません。そして、少子・高齢化が他国に類例がないスピードで進んでいます。
    先進国に追い付いたとたんに官はお手本を失っているのです。中央官庁は指導力を失っているのですから、規制撤廃と地方分権で旧来型のシステムから脱して、民間と地方が自立した新しいシステムを構築して創造力を発揮していかなければならない。それなのに、小泉改革は口先だけで、実際は小手先だけの旧来型の改良に過ぎないと思います。

─ ありがとうございました。


(9月10日)