2〜3年で不良債権処理なんて無理。日銀は政府にサービスしすぎ

(『別冊月刊現代−2003年Vol.01』 平成15年4月7日)

―日銀による銀行の保有株買い取りについて、OBとしてどのように思われますか。
 それには反対だというのが僕の意見です。それはちょっといきすぎじゃないか。日銀券の裏付けとなる資産は、やはり健全な資産じゃないといけないでしょう。価格変動リスクの大きい株式を買うというのはどんなものか。しかも個別の株式を買うというのは、日銀に発行済み株式を購入してもらった企業にフェイバー(恩恵)を与えているわけですから、そういう不公平なことをやっちゃいけない。少し政府にサービスしすぎているんじゃないかな。もっと毅然とした態度でいるべきだ、というのが僕の意見ですね。

―不良債権処理についてはどう考えます?
 不良債権処理に関するいまの小泉内閣の姿勢に対しては、僕は批判的です。不良債権の処理を急げと、そうしないと景気が回復しない、という理屈は間違っているからです。
 1回だけの原因で不良債権がポンと増えたというときには、公的資金を入れて整理してしまえば、銀行は元気になって景気が立ち上がるんですね。そういう経験をスウェーデンでもイギリスでもしている。日本では、1回だけの原因で不良債権がポンと増えたというのは、バブル崩壊後の90年代前半の不良債権です。あのときこそ急いで不良債権を処理するべきだったね。そうしていたら、90年代後半の日本の銀行は元気になったと思うんです。だけど、あのとき処理しなかった。
 いま発生している不良債権は、10年間の経済停滞の結果、まともな企業でも経営が行き詰まってきて、期日通り返せないとか、金利が払えないとかで不良債権に組み込まれている、こういう不良債権ですよ。しかもその発生額たるや、年間の銀行の業務純益を上回っているわけです。
 こういう状況で、小泉内閣が言っているように、不良債権の処理を加速して1年や2年で整理しようとしたら何が起きるか。それはもちろん、不良債権を処理すれば、資本が毀損する。力のある銀行は資本を民間の市場で調達する、それができない銀行には公的資金を入れるという話になるでしょう。だけど、業務純益を上回る不良債権が毎年出ているわけだから、1回きれいにしたってまた出てくるに決まっている。いたちごっこですね。それで、市場調達できない銀行は限りなく公的資金を入れていくわけだから、銀行をみんな国有化しちゃって、大株主になるから経営にも口を出して、国営にまでいっちゃうかもしれないね。小泉内閣は郵便局は民営化して、銀行は国営化したなんていう漫画のような話になっちゃうわけですね。
 だから、僕はここまできて不良債権の処理を加速させるとか、2〜3年でカタをつけるとかいう政策は間違いだと言いたい。つけようと思ったってできないし、もしつける気なら、毎年公的資金入れて、漫画のような話になっちゃう。僕は反対です。
 では、銀行の不良債権を処理しない限り景気は回復しないのか? 回復しますよ。金融というのは、間接金融だけじゃなくて直接金融があるんだから、もっと直接金融を優遇する政策を一所懸命打てばいいわけですよ。
 具体的には、株式の配当課税を一時的に10%にして、恒久的には20%にするなんて言っているけど、株式には二重課税の問題がありますから、預貯金が20%なら、株式は恒久的に10%で僕は構わないと思っている。また、長期間個人が株式を持っていたら、その売却益には課税しないということをやるべきだよ。これをやれば金は株式市場に入ってきますよ。
 それと、いわゆるABS(資産担保証券)をもっともっと使い勝手を良くしてやることね。中小企業もABSを使って資金を調達できるように、市場を整備し、いろいろな優遇策を考えてあげることですね。

―こういう異常な状態だからむしろ、特例できわめてドラスティックな政策というものは取れませんか。
 1回限りで始末がつくならいいんです。しかし、いまの日本はそうじゃない。毎年毎年の経済停滞が原因だから、ドラスティックにやったって意味がないんだ。次の年からまた不良債権がニョキニョキ生えてくるだけで、成立しない。だからアメリカが不良債権処理を急げとかドラスティックにやれとか言いますが、他人の国だからと思っていい加減なことを言うな、と怒鳴り返してやりたいですよ。かれらはわかっていないのか、あるいはもっと悪意をもって言えば、わかっていて実験をしてみたい。インフレターゲティング論などは、まさにそうですよ。さらに悪く言えば、やはり日本の資産を安く買いたい、ということだと思います。困ったことですよ。

―景気回復のため円安のほうが望ましいと主張する方がいます。
 為替っていうのは、もちろん基本的には市場に任せておくべきだと思いますよ。それで、市場に任せておいた結果、円安になるのが望ましいか、円高になるのが望ましいか、と言ったら、短期的には円安になるほうが望ましい局面もあるけど、長い目で見ると円高になるほうが望ましいでしょうね。それは、外国との関係でみると、日本経済が円高分だけ成長しているのと同じ話ですからね。
 速水・前総裁が、予算委員会で円安待望論の立場に立って質問した参議院議員に対して、「それは国を安く叩き売ることだ、私はけっしてそんなことは容認できない」と言ったけど、それはまさにそういうことですよ。外国からみて日本の資産価値が下落していくのが円安ですから、それが長い目で見て望ましいことだと言っているやつは、やっぱりどうかしてますよ。
 目先的には、円安になれば輸出が伸びて景気がよくなるだろうとか、デフレが止まるだろうというところから出ているわけです。しかし、僕に言わせれば、景気をよくするには実体経済の需要喚起策をするべきなのに、輸出が伸びるだろうという他力本願にすり替えるのはけしからんし、日本の商品・サービス・資産を安く叩き売って、外国の物を高く買わされることによって、デフレが止まるということですから、日本の利益からいうとひじょうにまずい。そういう浅はかな議論をされては困る。

―閣僚でも金融政策を日銀に期待し発言する人がます。日銀の独立性というものは果たして保てるものなのでしょうか?
 僕は保てると思いますよ、日銀の新法になったことによって。日銀法の旧法では、2つの主な理由でこれは不可能だった。一つは政策指示権があったから。政府は金融政策に対して指示ができたんですね。もう一つは、いつでも総裁・副総裁の首が切れるという、首切り権を持っていましたね。いまは新法でしょう。完全に金融政策は9人の政策委員会で決めると書いてあって、政府は文句があったら、その政策委員会に出て議論しなさいと。それでも日銀が採決しようとしたら、採決の延期を請求しなさいと、明確に書いてあるわけです。日銀は採決の延期を却下したっていいんだからね。日銀の政策委員会は、そこまで充分な独立性を与えていますから。
 もう一つは罷免権です。任命権は政府が持っています。だけど、国会承認の下に任命しますから、一度任命したら、政府は国会の承認を取らないで、勝手に罷免はしにくい。しかも、仮に日銀総裁を罷免しても、金融政策は9人の多数決で決めているわけですから、9人を全部罷免するわけにはいかないでしょう。だからこれは効果がないんです。旧法は、日銀総裁の独裁ですから、独裁的権限を持った人を罷免してしまえば全部変わっちゃうんだけど、いまは日銀総裁の首を切ったって多数決でやってますから、政策が変わるわけではないですね。これだけ担保されているんだから、日銀が独立性を失うはずはない。もし失ったとしたら、よほどの腑抜けですね。