デフレ解消の妙薬は景気刺激策 (『月刊政経人』2003年3月号)
‐需要喚起のために四つの政策が必要‐
【空振りに終った景気底入れ宣言】
― 現在の日本経済の動向について、どのように認識していますか。
鈴木 : 昨年の6月に、政府は景気底入れ宣言をしましたが、以来株価は1万3000円台であったものが8000円台と30%も下がっています。
生産は少しは回復しましたが、昨年の8月がピークで現在は弱含みになってきてます。ですから、景気底入れ宣言は空振りに終わったと言えます。
その理由は、当時から言っていたのですが、アメリカの景気が一時的に良くなり、日本の輸出が一時的に伸びたためなんです。それと在庫調整が終った。この二つの理由は過渡的なもので、それで生産が伸びたに過ぎない。
昔なら、輸出が増えれば、国内の輸出関連の設備投資や雇用が増え、そして、消費も回復し景気が良くなる。しかし、現在は、輸出が良くなれば、すぐに円高になる。昨年始め130円台であったものが現在は120円を切って、117円台です。円高で輸出が抑制される。また、輸出産業はグローバルに工場を展開していますから、輸出が伸びたからと言って、国内の投資や雇用、消費が増えると言うメカニズムが働かないんです。
設備投資や雇用が自律的にに好転する条件がない限り、“景気底入れ”と言ってはいけないんですが、竹中大臣は、そこを理解していない。特に、輸出の増加は一過性であるということが解っていない。実際に投資、雇用も動いていない。アメリカの経済もそんなに強くないと言うことで、日本の輸出も鈍化しているのが現在の状況です。
設備投資の先行指標である機械受注を見て、一時、下げ止まるかとも思いましたが、最近は、対前年比でマイナス幅が拡大しつつあります。下げ止まる気配はありませんね。先行指標が下げ止まらないという事は、昨年に続いても今年もマイナスでしょう。
消費はどうかというと、常用雇用の減少、ボーナスの削減などで所得が下がっています。昨年は夏が猛暑で一時的に消費が増えましたが、所得が減っていますから、その反動で秋口から今年に入って消費が冷え込んでいます。
ですから、国内には景気を持ち上げるような要因はない。そして、公共投資と住宅投資は下がりっぱなしです。しかし、政府の一部には、そのうちアメリカ経済が上向いて、今年の中頃から輸出も伸び、日本経済も下げ止まると言う楽観論を言う人もいます。
しかし昨日、友人でもあるアメリカのエコノミストと話をしましたが、アメリカでは、イラク情勢や石油価格の高騰、そして、アメリカが国際関係で孤立化しつつあるというさまざまな不安があって、皆が、ホールドバック(様子を見る)している。だから、弱いというんですね。
アメリカの10〜12月期の経済成長率は、良くて1%程度と言うんですね。減速している、特に、今年に入ってその傾向が強いと言ってました。
従って、日本の輸出が伸びると言うアメリカ頼りの他力本願、楽観論は崩れると思います。
私は日本の10〜12月期か1〜3月期は、もう1回マイナス成長が出ると見ています。
【デフレ対策を取り違える小泉内閣】
― 政府のデフレ対策についてどう考えますか。
鈴木 : デフレと言うのは、言うまでもなく物価の継続的下落ですね。その原因は何かと言うことですが、その原因がマネタリー(貨幣的)なものか、実体経済における需給のアンバランスによるものなのか、と言うことが問題です。
ベースマネーは市場にあり余るほど出回っていますが、それを利用して投資をしない、貸し出しもしないと言う状況です。日銀の当座預金には15兆円から20兆円が遊んでいる状態ですから、明らかに、マネーが足りなくて物価が下がりつづけているのではない。マネタリーな現象ではないと言うことですから、金融政策では手の打ちようがない。
原因は実体経済の需要不足と冷戦終了後の安い東側の労働力の流入。日本においては中国の安い労働力で生産された商品が溢れコストが下がっている。この二つが原因です。
従って、デフレ対策と言いますが、正確にはデフレ対策は景気対策以外にあり得ない。需要刺激以外あり得ないわけです。それは財政政策になるわけですから、小泉内閣は、その政策をやりたくないわけです。
そして、その責任を日銀に押し付け、原因はマネタリーな原因であるから、更に金融緩和を進めろとか、インフレターゲットを導入すべきと言うようなことを自民党、あるいは自・公・保の与党三党が言ってるわけです。
これは、大間違いです。先程も言ったように、マネタリーな原因ではなく実態経済面の原因によるものです。実体経済の需要を喚起しないで、マネーを増やせ増やせと言っているのですから、デフレ対策としての効果は期待できません。効果どころか、ついに副作用が出てきたと思います。効き目のない金融緩和をやれ、やれと言っているうちに、国債の価格にバブルが発生して来た。とにかくお金は行き場を失っています。景気が悪いので優良貸出先がありませんし、株を買うのが怖いということで、行き場を失って国債にきているわけです。
その結果、昨年末から国債の市場の利回りが恒常的に1%を切っています。最近はとうとう0.8%を切ってきた。これは、国債価格におけるバブルの発生以外の何物でもありません。
【銀行の抱える国債が足かせに】
― 国債にもバブル発生ですか。
鈴木 : この副作用は怖いんですよ。なぜかと言いますと、幸いにして1、2年のうちに景気が底を打ったと言うことになった場合、デフレが止まり、成長率がプラスになり企業収益率も上がってくる。これらは全部長期金利が上がる原因です。長期金利ですから2、3%ぐらいにはすぐ上がります。経済が順調になればもっと上がると思います。とりあえず金利が1%から2%になったら、国債価格は15%暴落します。3%になったら20%です。確定利付きの債券だからです。
今、銀行は株の数倍の国債を持っています。これが15〜20%も暴落したら、最近の株の下落に伴う評価損の比ではない。もっと大きな評価損が出ます。金融機関の決算は一斉に赤字になる。不良債権処理で毎年赤字を出していますが、この累計損失に匹敵するくらいの評価損になると思います。そうなると、銀行は不良債権で悩み、最近の株価下落で悩み、ようやく景気が底を打ったと思ったら、三番目に国債の評価損に悩むことになる。銀行は動きがとれなくなってしまいます。
ただ、国債の評価損は、不良債権の損失や株価の評価損と違って、償還期までじっと持っていれば消えます。ですから銀行は評価損で赤字決算をしながらも、それが消えることを償還期まで持つでしょう。
そうして何が起きるかと言うと、経済学でいうロックイン効果、鍵をかけられてしまう。つまり銀行は大量の売れない国債を抱えたままになる。景気が底を打って上がり始めて、優良貸出先が出てきても、国債を売ってそちらに乗り換えられない。それでクレジット・クランチ、貸し渋り、これが再び違う原因で起きてくる。そうすると景気の回復の足かせになるわけです。そういう副作用が、今もう見えてきています。
ですから、これ以上デフレの原因を取り違えて金融政策、金融政策というな、と言うのが私の主張です。
ところが、小泉首相も塩川財務大臣もやっぱり金融政策がデフレ対策だと言っている。あの二人はインフレターゲット導入とは言わないけれども・・・・・・・・。というのはその場合、いついつまでにインフレにしろということになってしまうので、いついつまでにと期限を切る自信はないということがさすがに解っている。けれども、期限は切らないがインフレが起きたらよい、それは金融政策だ、と言う点はあの2人も同じです。ですからあの2人には、三番目のバブル崩壊の悲劇を準備しつつあると言う自覚が、残念ながらありません。
ですから日銀総裁の人事も、デフレ克服に熱心な人と言いますが、今、デフレ克服と言うのは実体経済を巡る需要喚起策しかないんです。金融政策でデフレ克服はできない。そのときに、金融政策の総元締めの日銀総裁の条件にデフレ克服を持ち出すのは大間違いですよ。
それよりも、ひとたび景気が底を打って上がってきた時にクレジット・クランチが起きる、と言うようなところまで見通せる、金融の専門家を置いておかなくてはいけません。目先のデフレ克服ばかりで今後5年間の日銀総裁を決めるのは、まさに近視眼的人事です。絶対にそういうことをしてはいけません。
【景気回復には需要喚起こそ先決】
― 現内閣は、不良債権の処理を公約いたしまして、金融庁を始めとして、果敢に取り組んでいると思いますが、いかがでしょうか。
鈴木 : 不良債権を処理できれば、銀行は元気になるので景気回復にプラスになります。でも今の日本を見ると、不良債権が発生している原因はバブル崩壊ではありません。これについてはだいぶ整理がついています。
今どんどん増えている不良債権は、十年間の経済停滞で、まともにやっている企業でも、だんだんと期日に借金が返せない、利息が払えないと言うことになって発生したものです。しかも一般企業での不良債権の発生額は、この2、3年、1年間の銀行の業務純益を上回っているんです。ですから、仮に公的資金を入れて一掃したとしても、次の年からまた、銀行収益で処理し切れない額の不良債権が出て来るということです。
だから、毎年公的資金を投入しない限り、不良債権処理はまずできません。日本中の銀行を国有化してしまう、と言ったバカげたことでもしない限りできません。
順番が間違っているわけです。まずやるべきことは景気の回復であり、そのための、実体経済における需要喚起策です。そうして不良債権の発生額を抑えながら、処理を急ぐと言うことでなければいけません。需要喚起、景気回復もしないで、不良債権の処理だけ急ぐと言うのは、まさに愚策です。
― 最近メガバンクが、増資に盛んに走っていますが、
鈴木 : これは、竹中大臣の方針でワイワイ不良債権の処理をしろといわれると、当然資本が毀損します。自己資本比率が下がってしまう。そこへ公的資本が入ってくれば国有化される。最大の株主が国になるので、当然大株主として経営に干渉してきます。事実上国営化されるようなことになってはたまらないので、自己防衛上、市場で資本を調達して不良債権処理はおっしゃるように急ぐが、それに伴う資本の毀損は自己責任で埋めます、ということをやっているわけです。
それが出来るメガバンクは、当然そうすべきです、企業防衛上。それが出来ないところに公的資本が入って、国有化が進むと言うことになってしまうんでしょうね。
― そうしますと、何よりも今、日本が急がなければいけないのは、実体経済の回復ということでしょうか。
鈴木 : 実体経済の需要喚起ですね。
― これについては、どういう政策が必要だとお考えですか。
【効率を高める大都市再開発を】
鈴木 : まず第一に、徹底した規制の撤廃と、政府がやっている特殊法人、独立行政法人、公益法人の三つの政府事業を民間に開放して整理する。こういうことによってビジネスチャンスを増やすことです。
規制撤廃について言えば、医療と介護、それから教育、農業、この四つに株式会社の参入を認めることについて、改革特区を作って部分的に認めるか認めないか、部分的にも全然認めない、といったバカげた議論をしています。私は、特区などではダメで、全国的に一斉に規制を撤廃して、株式会社参入を許すべきだと思います。そうしたら設備投資が出てきますよ。
二番目は、そのビジネスチャンスを生かした人、努力した人が報われるように、法人税の基本税率を下げるということです。
三番目は、その減税の財源は、今申し上げた徹底した規制撤廃で役人がいらなくなる、それから民間開放で特殊法人や公益法人のOBたちがいらなくなる、そういう風にして節約した資金を使う。だから法人税の基本税率を下げるというのは、先行減税ではなく、制度減税、恒久減税です。
そして最後の四番目に、公共事業についてですが、地方ばら撒きは絶対にやってはいけないが、大都市再開発として、東京のいろいろな地域の防災、環境維持、交通渋滞解消の三つの観点から取り組むべきプロジェクトは山のようにあります。しかもこれをやると需要を喚起するだけでなく、企業活動も暮らしもすごく便利で安全になりますから、効率がよくなる。
たとえば私の住んでいる選挙区の世田谷で言えば、小田急線と京王線と井の頭線と世田谷線の4本が走っているから、いまだに開かずの踏み切りが沢山ありますよ。これの立体化事業を電鉄会社と都に任せています。だから遅々として進まない。これは国の事業として急ぐべきです。しかも最近は大深度の掘削技術が発達して、コストが下がっているから、立体交差化といっても、上に上げる高架ではなく、下にもぐらせた方がいいんですね。
それから、エイトライナー構想と言って、環八の地下にトンネルを掘ろう、という構想があるんです。世田谷にいると羽田空港まで1時間半かかります、中央に出て回って行くから。南北に走ると20分で着くはずなんですが、その環八、環七は大混雑だから、やはり1時間以上かかる。しかもこれも都のレベルです。国がやらなければだめです。
そういう効率を高めるような大都市再開発に傾斜して、公共事業をやるということです。
この四つをやれば、必ず景気が上がってきて、デフレが止まります。
─ そうですね、株も上がりますね。
鈴木 : 私の主張を実現する政権ができれば、その瞬間に株は上がりますよ。
【日銀は毅然と需要不足の主張を】
─ 株は今は低迷していますが、日銀が2兆円銀行保有株を購入枠としていて、これがそろそろ目一杯になりつつありますが……。
鈴木 : やらないよりはやった方がいいかもしれないが、私は反対ですね。
どうしてかと言うと、まず、株価対策としてはナンセンスです。ぜんぜん効きません。そうなると、多少銀行の負担を軽くするかもしれない、という程度のものです。しかも副作用がものすごくあります。日本銀行券のバックに株を買ったりすれば、通貨価値は下落するかもしれない。危険資産を日銀券のバックに入れてはいけない。これは、中央銀行論のイロハのイです。日銀はここまで無理してやっているんだから、もう少し真剣に考えて下さい、と政府に催促したいのかもしれないけど、私は反対です。
毅然とした態度で、政府に、今の経済は回復基調にあらず、実態経済は需要不足だ、と主張し続ければいいのであって、将来に不安を残すことはしない方がいい。
─ 日銀の総裁が今注目の的になっていますが、改めて、どういう人物が望ましいかお聞きしたいんですが……。
鈴木 : やはり金融、あるいはまた中央銀行の役割というものについて、しっかりした認識がある人。次に、金融だけではだめで、日本経済、特に経営の実態をよく解っている人。従って、官僚出身、日銀出身だとしても、民間に5年以上いて、民間の経営を見ている人でなくてはだめです。
三番目に、国際的な視野を持って、英語で仕事ができないと困ります。日銀総裁は毎月BISの総裁会議に行くんです。私はお供したことがあるのですが、ディナーを食べて、デザートコースに入ったところで、チンチンとコップを鳴らして議論を始めます。ちょっとお酒が入る。ですから、時差でボケているところにお酒が入っても、英語で議論できるくらいの人でなくては務まらない。しかも中央銀行総裁同士だから、数字が出ます。厳密な議論をしなくてはいけません。
第一の条件、金融のことがよくわかっている人ということに関連して、先程申し上げたように今、国債バブルが発生している。小泉さんや与党の中で、目先のデフレ克服に熱心な人がよいと、近視眼的なことを言っているけれども、今後5年間の任期中には、目先のデフレ克服だけではなく、克服の瞬間にやってくる、国債暴落によるクレジット・クランチといったことまで見通せるような、本当の金融の専門家でないといけません。
─ 最後に、今国会で、生保の予定利率を下げるということを審議していますが、これは民間の金融機関の問題かもしれませんが、やむをえないことでしょうか。
鈴木 : 基本的には民間としての生保会社が契約者と交渉して決めることですが、下げてはいけないという規制は、撤廃しておいた方がいいでしょう。自由だという方がいいと思います。
やはり、そこをいじれば信用を失います。そうするとその会社は商売をしにくくなります。それが市場というものです。規制すると、それに伴う赤字のツケを政府が始末する、ということになりますから。
ただ、利率を引き下げられるようにしたからといって、それを行政が命令しているわけではないということを、はっきりさせておかなくてはいけません。自己責任だということです。
─ 日本も将来ますます高齢化になります。消費税の値上げの問題もポツポツと出てきましたが、政府の抜本的な税制改革というのは、いつもなされないままです。
鈴木 : 残念ですね。やはり、日本経済・日本社会の在り方という大きなビジョンを持って税制改革をしないといけません。
(1月29日)