インフレ目標の副作用と総裁の資質 (『週刊エコノミスト』2003年2月18日号)

鈴木 淑夫
衆議院議員・自由党(元日銀理事)

 インフレターゲットの導入に反対である。第一に、今のデフレは、貨幣的(マネタリー)な現象ではなく、実体経済における需要不足とコストの低下が原因で、デフレをとめるなら、リアルな政策、つまり、実態面の需要喚起策が基本となる。
第二に、仮にマネタリーなインフレが起きるとしたら、例えば中東で戦争がおき、これが予想外に長引いたり、油田や出荷基地が破壊され、世界的に投機が起きて原油価格が高騰する場合。これは、コストプッシュによる物価上昇なので、インフレと不況の共存 =スダグフレーションとなり、企業にとっては利益圧迫要因になる。
第三に、そもそもインフレで得をするのは、700兆円近い債務負担が軽くなる政府と、債務過多に陥った企業であり、損をするのは個人。そのような不公平な所得の再分配を許すわけにはいかない。
 第4の理由は国債価格の暴落。金融機関は1%をきる国債を大量に抱えている。もし仮にインフレが起きる、あるいは幸い景気が底を打ち、持続的な成長軌道に乗れば、長期金利0.7%台という異常は解消され、すぐに2〜3%に上がる。金利1%が2%になれば、国債価格は2分の1、3%なら3分の1に暴落する。
 銀行は株式の数倍も国債を抱えている。その評価損たるや、最近の株価下落どころではない。そうなると銀行は、評価損を実現しない為、償還日まで国債を持ちつづけ、今度は景気回復でまともな資金需要が出てきた時、これに対応できなくなり、また貸し渋りが起こる。
 これはロックイン効果といって、大量の国債が金融機関の健全な貸し出し能力にカギを掛けるという、戦後の米国で実際に起きた話しだ。
 仮に中原伸之氏が総裁になれば、インフレ目標を導入するだろう。しかし、約束した期限内に1〜2%のインフレに持っていくのは、マネタリーには不可能だ。ヘリコプターから日銀券をばら撒けば、インフレは起こるかもしれない。
 しかし、それは物価上昇というより日銀券の通貨価値の下落である。そのときは円安になり、円の価値は暴落する。日本政府と日銀は国民と世界の信頼を失うだろう。経済は大混乱に陥る。
 福井俊彦氏が総裁となった場合、これ以上の量的な緩和は将来のロックイン効果など副作用が大きいと考え、株や土地などの資産価格に影響するようなオペレーション上の工夫をするのではないか。
もう一つは、規制撤廃や減税など、リアルな政策をとるよう、政府に進言するのではないか。日銀総裁の資質として重要なのは、このように政府に進言できる器量を持ち、更に政府側が意見を傾聴する人物であること。森永貞一郎氏(23代総裁)と前川春雄氏(24代総裁)がそうであったが、もう一つこの2人に共通していたのは、人の意見をよく聞くと言うこと。日銀は裸の王様になってはならない。自分がよく知っている話でも、最後まで聞くという忍耐強さが必要だ。福井氏にはその度量がある。