「政策不況」克服で持続的成長を (『先見経済』2000年11月第1週号)

     清話会「講演要旨」

―自自公連立政権が目指すものは橋本政権が行なった政策を一八〇度転換するもの―

●統計からみると一条の光が射してきたが……

  「失われた九〇年代」といわれるほど、長くて暗いトンネルの中を通ってきたが、どうやら今年に入り一条の光が先のほうにみえてきた。ひょっとすると、これは長くて暗いトンネルの最後の出口かもしれない。
しかし、本当にその一条の光が出口なのか、トンネルの上が開いていて光が射してきただけなのかよくわからないというのが現状だろう。
その一条の光はいくつかの指標でみられる。最も基本的なのは、いうまでもなく経済成長率である。
実質GDPの成長率は九七年度の一〇―一二月期から九八年の一〇―一二月期まで5四半期連続してマイナス成長。戦後一度も経験のないことだ。
その大不況の後、九九年一―三月に年率八・一%の成長をした。四―六月期も年率でわずか〇・九%ではあるが、プラス成長と出た。5四半期マイナス成長の後に2四半期プラス成長である。
もう一つのマクロの指標である鉱工業生産指数は九八年中に下げ止まり、底をはっていた。それが今年に入って上がってきた。
曜日構成を調整できるX12ARIMAで生産指数を季節調整すると、九七年七―九月期から九八年の一〇―一二月期まで6四半期連続してマイナスとなった後、九九年の一―三月期プラス〇・七%、四―六月期プラス〇・四%、七―九月期(七月と八月が実績で、九月は予測)は二・三%と3四半期連続で増加している。生産の回復は七―九月期に加速した後、一〇―一二月期も続きそうである。
最近の生産増に最も大きく寄与した業種は電気機械(パソコン、半導体、液晶等)、一般機械、輸送機械(乗用車)である。
在庫率は八月に一〇〇を切っている。これは景気がなんとか回復を始めた九五年、九六年の水準とほとんど同じである。つまり過剰在庫は完全に解消し、在庫調整は完了した。
このGDP統計と生産統計をみれば、誰がチェックしてみても一条の光が射してきたことがわかる。問題は景気底入れ気配なのか、本当に景気底入れなのかである。

●回復が目立つ公共投資、住宅、個人消費、純輸出

  では、いったいどういうところで需要が増えているのか。まず公共投資である。公共投資は九八年一〇―一二月期と九九年一―三月期に飛躍的に高まった。大型景気対策を打って、景気が回復した九六年初めの水準まで戻っている。
この一―三月期と四―六月期の水準は、なんと前年同期比で二〇%増である。小渕内閣、特に自自連立内閣になってから、橋本政権の政策を一八〇度転換して積極的財政政策に転じた、その効果がここに端的に出ている。
公共投資と並んではっきり回復してきているのが住宅投資である。新設住宅着工は、九八年七―九月期、一〇―一二月期は前年比マイナス一二%とかマイナス一三%の二ケタのマイナスだった。これが九九年一―三月期にマイナス六・六%に縮み、四―六月期にはついにプラス二・五%に転じた。七月もプラス、特に八月はプラス八・四%である。
これも自自連立内閣が打った住宅投資の優遇税制、住宅金融公庫への十分な予算の配分、住宅ローンの金利引下げ等の政策によるものである。
三番目として個人消費がここへきて少しプラスになってきた。消費水準(全所帯)は前年同期比で、九九年四―六月期はプラス〇・八%、七月は前年同月比さらにプラス一・一%と回復を続けている。
九九年の一―三月期は前年同期比マイナス〇・九%だったが、この時点から自動車がすごい勢いで売れはじめた。新車登録台数は連続して前年比マイナスだったのが、一―三月期にプラス四・三%、四―六月期も四・四%、七月は切替えの時期でマイナスになったが、八月は再びプラス六・八%。この後、秋にモデルチェンジの新車が投入されてくれば、自動車やパソコンなどを中心とする消費の回復傾向は続くだろう。
四番目として回復が目立つ最終需要項目は純輸出である。純輸出は九八年一〇―一二月期、九九年一―三月期と2四半期連続して減少して実質GDPの足を引っ張ったが、四―六月期になって横ばい、下げ止まり、七―九月期は増加に転じている。これは韓国、台湾、マレーシア、タイなどが九七年以来の経済危機を克服し、急速に経済を拡大しはじめたためである。アジア向けの輸出、アジア諸国からの日本への輸入、両方揃って回復を始めており、それを差し引くと若干輸出のほうが大きく、日本の総需要拡大に寄与している。
以上、公共投資、住宅投資、個人消費、純輸出が増え、過剰在庫が掃けたことと相まって生産が回復してきていると考えられる。
生産が回復してくると、まず所定外労働時間が増えてくる。所定外労働時間は九八年七―九月期、一〇―一二月期は前年比七?八%のマイナスだったのが、九九年一―三月期にマイナス五・七%、四―六月期にマイナス二・七%、七月はマイナス二・〇%とマイナス幅が急激に縮小している。ということは、前期比ではすでにプラスに転じており、時間外手当が増えはじめている。
最近ではパートタイマーの雇用も増えはじめている。徐々に生産が回復してきたために、常用雇用は増やさずに雇っている人の所定外労働時間、パートタイマーを増やすという形で賄っている。
さらに最近、新規求人が増えてきた。有効求人倍率は悪化したまま底ばいだが、毎月、新たに付け加わってくる新規求人倍率がプラスに転じてきた。
それに呼応するかのように、戦後最悪を続けていた完全失業率も、六?七月の四・九%から、八月は四・七%と〇・二ポイント低下した。どうやら雇用情勢もこれ以上は悪化しない気配が出はじめている。

●政策効果による景気回復が懸念材料

  底を打ったのかなというこうした指標を見ると明るい気分になる。しかし、これが本当に長くて暗いトンネルの出口から射してきた光なのか、たまたまトンネルの天井に空気抜けの穴が掘ってあったために光が洩れただけなのか、はまだわからない。
「一時的に天井から光がきただけ」という悲観論の懸念材料もある。
まず第一に、公共投資、住宅投資、個人消費の回復した背景に政策効果がある。
自自連立内閣を組んだ段階で、公共投資は前年比二〇%増やした。減税も、個人所得税・住民税四兆円、法人税二・三兆円、住宅投資促進・パソコン即時償却・子育て支援等政策減税三・一兆円、合計で九・四兆円もやった。
貸し渋りに喘いでいる中小企業を救うために、二〇兆円もの信用保証の枠を設定した。日本銀行は九九年二月以降、いわゆるゼロ金利政策を続けている。いわばなんでもありの景気刺激政策を、自自連立内閣になってからは矢継ぎ早やに打った。
その影響で公共投資、住宅投資、個人消費が増えてきた。株も景気回復の気配をみて上昇してきた。純輸出もアジアが回復してきた。
しかし、いまの回復の気配の中には、日本経済の自律的な回復の動きが一つも見当たらない。全部、政策とか諸外国の影響という他律的な動きである。
したがって、この回復は民間需要が自分の力で回復して景気全般を引っ張る、いわゆる民需主導型の自律回復にはほど遠い姿であるから、「長続きしない」「トンネルの出口ではない、天井から光が洩れた程度の話だ。その天井の下を通り過ぎればまた暗くなる」という議論があり得るわけである。この政策の効果が息切れした途端にどうなるかというのが悲観論の第一で、私自身も懸念している点である。
二番目の懸念材料は公共投資の息切れである。公共工事請負額がマイナスに転じ、頭打ち傾向は明らかである。いますぐ公共投資が減りはじめるわけではないが、予算には公共投資一〇%増しか積んでないのに、一―三月期も四―六月期も前年比二〇%伸びているということは、この先、公共投資がもう伸び切れない。特に赤字で悩む地方公共団体がやる単独事業はもうほとんど伸びない。
伸びないだけならいいのだが、本年度下期は景気の足を引っ張るという懸念がある。
三番目は、消費がそこそこ伸びてきたが、個人所得はまだ前年比減っていることである。リストラ、リストラでまだまだ失業者は増えるという状況にあるからだ。この夏のボーナスはガタ減りである。
個人所得が減っているのに個人消費が増えはじめたのは、所得の中から消費に回す割合(消費性向)が上がってきたからだ。しかし、所得の中から消費に回す割合を無限に上げていけるわけがない。だから個人消費の回復も、個人所得が増えはじめない限り持続性がないという悲観論の根拠になり得る。
四番目の懸念材料は設備投資の減少である。大企業、なかんずく製造業はリストラ、リストラで雇用と設備を整理しているから、失業者はまだまだ増える、設備投資はまだまだ減るという悲観論がある。

●二年連続のマイナス成長は橋本内閣の政策不況

  この悲観論と政策に支えられた回復の気配を両天秤にかけたら、この先どうなるだろうか。それを考えるためには、この景気回復の本質、つまり橋本内閣までの政策の失敗を自自連立内閣はどこをどう直した結果、いまこういう形になっているのかを確認する必要がある。
公明党を加えた自自公内閣がこれから何をしようとしているかを事実の問題としてしっかり把握しないと、この先景気がどうなるかを正しく判断することはできない。
橋本政権がやった政策とその帰結である政策不況。その結果、戦後例をみない5四半期連続マイナス成長、そして九九年度も多くの民間調査機関はマイナス成長を予測している(幸いにして今年はプラス成長に転換すると思う)。
二年連続のマイナス成長は橋本政権の短期、中期、長期の政策の失敗によって引き起こされたものである。まず短期的には、国民負担の九兆円増加(消費税率の二%引上げで五兆円、特別所得減税打切りで二兆円、健康保険料の個人負担増加で二兆円)と公共投資の三兆円削減、合計一二兆円のデフレ・スパイラルを伴う九七年度当初予算を執行したことである。
これで九七年四月から景気後退が始まり、不況が次第に深刻化し、拓銀、山一、三洋などの金融機関の大型倒産が始まった九七年一一月に、こともあろうに財政構造改革法を強行採決で成立させ、二〇〇三年まで公共投資の増加と減税を不可能にした。これで企業経営者や消費者の先行き観は悲観一色となった。マイナス成長が始まったのは、まさにこの時期、九七年一〇―一二月期である。
次に中期的な政策の失敗は、不良債権の先送りである。都市銀行などは、三和銀行がつくった日住金の当初処理計画にみられるように、九二年には不良債権早期処理に取りかかろうとしていた。これを阻止して不良債権処理を先送りしたのは、大蔵省の金融行政である。また、九六年春になってようやく住専処理が終わったとき、橋本首相は「これで不良債権問題の処理は峠を越した」と述べ、住専以外のもっと多額の不良債権処理を怠った。このような政府の不良債権問題先送りこそが、不良債権を手に負えないほど大きくし、銀行の貸し渋り、企業倒産多発、個人の住宅ローン破産などを通じて資産デフレを深刻化したのである。
最後に長期的には、構造改革の遅れという政策の失敗がある。中央が地方を支配し、官が民を指導する「追いつき型日本システム」は、高度成長によって欧米の産業水準に追いついた七〇年代中ごろまでに役割を終えていた。その後は地方分権や規制緩和によって地域や民間の創意工夫を引き出す分権型、民間主導型のシステムに転換し、行政は事前介入型裁量行政から事後チェック型ルールに変えるべきであった。しかし、このようなシステム転換が二〇年間も遅れ、民間市場経済の活性を阻害している。

●自自公連立政権が目指すもの

  以上の三つの政策不況要因に対し、自自公連立政権は三つの政策を一八〇度転換しようとしている。適切な政策を実施するならば、日本は危機を脱し、21世紀の繁栄に向かうことができるのである。
第一の短期要因に対しては、自自公連立内閣は橋本自民党内閣の財政再建戦略を停止し、財政構造改革法を凍結した。
凍結したから減税をやる、公共投資も伸ばす、財政赤字が拡大するのはしばらくしようがないという政策に一八〇度転換した。
第二の中期要因についても手を打った。九八年一〇月一六日に終了した臨時国会で、金融危機に対処するための総額六〇兆円の枠組みが与野党の合意でできあがった。従来からあった預金者保護一七兆円に加え、破綻金融機関の処理一八兆円、不良債権早期処理を進める金融機関への資本注入二五兆円である。
また、中小企業に対する信用保証枠を拡大した。
このようにまだ時間はかかるが解決の枠組みはできた。世界がそれを承認したからジャパン・プレミアムはゼロになった。
第三の長期要因については長期の政策の失敗を今度こそ克服してシステム転換をしようとしている。
まず中央省庁を小さくする。一府二〇省庁を一府一二省庁に減らす。同時に国家公務員の数も今後一〇年間で二五%カットする。
さらに地方分権を進める。しかし、いまの市町村ではそれを受け止める能力のないところが山のようにある。
日本は三三〇〇も市町村があるが、私どもはこれを合併して少なくとも一〇〇〇に減らそうとしている。
同時に、総理大臣を除く閣僚の数を、現行の二〇人から一八人に減らし、二〇〇一年の四月からの省庁再編時にはさらに一四人に減らす。国会議員の数を衆参両院で五〇人ずつ、合計一〇〇人減らす。ただ、とりあえずは衆議院議員を比例区で二〇人削減する。あとの三〇人をどう削減するかは来年の国勢調査の結果が再来年に出たのをみて決める。それは小選挙区で減らすか比例区で減らすかのところは玉虫色にした。
そういうことで、小さな政府、活性化した元気な民間というのを目指して、ようやく本格的に口だけではなくて動き出したのが、この自自公連立政権である。
さらに、明治以来の国会審議のあり方を改革し、政策決定の実権を役人の手から政治家の手に取り戻そうとしている。行政を執行する役人が、国権の最高機関である立法府まで支配している官主導型のシステムをぶっ壊すのである。自自連立内閣になって、われわれ自由党のほうから国会活性化法を出し、ついに成立した。
これは、政府委員制度を廃止して、役人を国会から締め出し、その代わり各省庁のラインに三人以内の副大臣を入れ、さらに数名の政務官を副大臣を補佐するスタッフとして入れるというものである。
このように小さな政府、民間の経済活動に口を差し挟まない、ルールだけを決めて事後的にこのルールを守っているかどうかをチェックするのが官僚の役割である。企業家はルールを守っている限りは自由にやれる。民間市場経済の活性化と小さい効率的な政府を目指した規制緩和、地方分権が動き出したのである。
この効果が出てくるまでには相当時間がかかる。しかし、五年、一〇年たったら本当に日本経済は活性化してくる。目先は直接関係なくとも21世紀の最初の一〇年間にはこの効果が現われると私は思っている。

●今年度成長率は一・五%を予想、カギを握る設備投資

  最後に、これから先日本経済はどうなるか。
まず需要サイドとしては、放っておけば公共投資が息切れするので、自自政権で五〇〇〇億円の公共事業予備費使用と景気刺激型の来年度概算要求を決定した。自自公政権発足後、第二次補正予算を成立させ、一二月に景気刺激型来年度予算の編成をする。これによって本年度下期の公共投資の息切れを防ぎ、公共投資が落ちて景気の足を引っ張ることはなくなった。
供給サイドの構造改革としては、公共料金、なかんずく通信料金を思い切って下げる。情報通信コストを下げれば、情報化は一段と進展する。それからもベンチャー企業あるいはフランチャイズの活用等、新しい分野で中小企業の発展を支援する政策もやる。
本年度の経済成長見通しだが、多くの民間エコノミストは悲観論でマイナス成長を予測している。
しかし、四―六月月期のGDPは、九八年度の平均の実質GDPに対して、プラス一・二%である。
ということは、この先ゼロ成長でも本年度の成長率は一・二%である。しかし、私はこの先成長ゼロだとは思わない。どこかで小さなマイナス成長は出るかもしれないけど、上がったり下がったりしながら上がっていくと思う。
今年の成長率は一・五%ぐらいいくかもしれない。九四年度に極めて近い数字だ。九四年度は一%成長していない。しかし九九年度は九四年度より成長率は高く出ると予想している。そして九五年度三%、九六年度四・四%と成長したように、二〇〇〇年度は三%成長、二〇〇一年度は四・四%と加速していくよう、私は政策マンとして絶対そうさせなくてはいけない決意である。
そのカギを握っているのが設備投資である。いま、設備投資が底を打って上がってきたから成長が加速している。
その設備投資がどうなるか。本年度の設備投資はもちろんマイナスである。しかし、設備投資を半年先行する指標である機械受注が前年比で九八年七―九月期マイナス二〇%、九九年四―六月期マイナス九・九%、七月マイナス七・五%と、マイナス幅が縮んでいる。前期比では下げ止まったのである。先行指標の悪化は止まってきた。
一般資本財出荷は現時点の設備投資の動きを示している。これまた九八年は一三%、一四%のマイナスだったのが、ぐんぐんマイナス幅が縮んで、なんと最新の八月はついにプラスになった。設備投資はリストラをやっているから、今年も来年もどんどん落ちるというのは大嘘である。絶対そんなことはない。もうすでに下げ止まりつつある。
設備投資は今年の一―三月期にプラスになった。四―六月期にそれ以上にマイナスになった。私は七―九月期にまたちょっとプラスになると思っている。一〇―一二月期にまたそれ以上にマイナスになるかもしれないが、上がったり下がったりする段階に入っている。そうして九九年の年末あるいは年度末までに下げ止まり、来年度から上がってくると考えている。
まだまだ公共投資を伸ばす、まだまだ減税する、まだまだゼロ金利政策を続けるなど、無茶苦茶な政策といわれようが、なんでもありの景気刺激政策で、設備投資が回復するまでなんとか日本経済をもたせたい。それが私ども自自公政権の基本的な戦略である。
(講演要旨)

 デノミネーションの実施を

【21世紀初頭のデノミを協議することで自自公が合意】

  九月三〇日(木)の自自公連立協議において、自由党は21世紀初頭(できれば二〇〇一年一月一日)から、現行の一〇〇円を新しい一円、現行の一円を新しい一銭とする「デノミネーション(通貨の呼称単位の変更)」を提案した。
公明党は賛成したが、自民党は内部で賛否が分かれているため、「21世紀初頭から、円のドル、ユーロと並ぶ国際通貨としての役割を高める方途を、デノミネーションも含めて協議を開始する」という文章で合意した。

【諸外国のデノミ実施の中で日本の円が取り残された】

  第二次大戦後のインフレーションで名目額が膨張し、通貨呼称の桁数が増え、「億」はもちろん、「兆」の単位がやたらに出てくるようになった国々では、デノミが行なわれた。
中南米の途上国のように、インフレが収まらずに何回もデノミを繰り返している国々もある。ブラジルがその典型である。
先進国では、フランス、フィンランド、日本の周辺ではソ連(ロシア)、韓国がデノミを実施した。先進国の中で、デノミを実施しないため桁数が著しく増えているのは、イタリア・リラのみである。
このイタリアを例外とすれば、現在、先進国の通貨呼称単位は、英ポンドも、独マルクも、仏フランも、スイス・フランも、さらには新しくできたユーロも、一単位は一米ドル強、二米ドル以下で並んでいる。
その中で日本円だけはデノミを実施しなかったので、先進国(イタリアを除く)の一通貨単位は日本円の三ケタ(たとえば一米ドルは一〇六円)という"みっともない"形になっている。

【狙いは円の国際化推進と国民心理のリフレッシュ】

  このたびの自由党のデノミ提案には、二つの狙いがある。第一は、日本円を米ドルやユーロと並ぶ三大国際通貨として育て上げるうえで、通貨呼称単位を先進国通貨と一ケタで揃え(たとえば一米ドルは一円〇六銭)、世界の人々が日本円を使いやすくすることである。日本円だけが桁数の多い特別な通貨だという状態を改め、「普通の通貨」にしようというのである。
第二は、21世紀を迎えるに当たり、円の呼称単位を変更することにより、日本国民の新時代を迎える気持ちの象徴にしようというものである。新しい世紀に入ったという気持ちを国民全員が持つリフレッシュ効果を狙っているのだ。
これは心理的な効果であるが、理屈をつければ、新しい世紀を迎えるに当たり、第二次大戦後のインフレーションという旧世紀の遺産に整理をつけるといってもよい。
歴代の総理大臣の中では、福田総理と中曽根総理がデノミ論者であったが、志を果たせなかった。なんとなく唐突で、きっかけがなかったからである。
その点、今後は21世紀に入るという絶好のきっかけがある。百年に一度のチャンスといえよう。合わせて、国際通貨としての円に対するアジアの期待も高まっている。小渕総理は真にラッキーといえよう。

【マクロ的な経済効果はほぼ中立的】

  かつてのデノミ論の中には、景気を刺激するためとか、株価を上昇させるためといったような誤った主張があった。
しかし、デノミを実施した場合のマクロ的経済効果は、ほぼ中立的である。なぜなら、コンピュータのソフト変更、正札や自動販売機の値段の書き換え、帳簿類の更新などは、一方でソフト供給業者や製紙業者などに対する新しい需要を生み出すが、他方で企業一般にその費用負担がかかるので、需要増とコスト増が相殺し合う。業種別の影響は異なるが、マクロ経済全体としては、影響はほぼ中立化されるのではないか。
また、かつてはデノミがインフレを促進するともいわれたが、現在のようなデフレ的状況の下では、値段を書き換えるときに切り上げるような企業は、価格競争で脱落するであろうから、便乗値上げはできないであろう。インフレ促進の懸念はない。

【混乱を防ぐデノミのやり方】

  特に今回は、たとえば現在の一万二三四五円は一二三円四五銭になるので、数字はそのままでよい。「円」の位置を変え、「銭」を加えるだけでよい。
また国民が慣れるまでは、現在の様式の一万円札と全く同じ様式に新一〇〇円と印刷し、千円札に新一〇円、百円硬貨に新一円、十円硬貨に新一〇銭、一円硬貨に新一銭とそれぞれ印刷ないし印刻し、現在の札や硬貨と同時に併行流通させればよい。そうすれば、国民は同じ様式の札や硬貨を使うことにより、通貨呼称単位が変わるだけで、国民生活の実態は全く変わらないことを日常生活の中で自然と自覚するであろう。
また現在の札や硬貨は、いつまでも有効に流通させるのがよい。そうすれば、しまい忘れた古いお金が出てきても大丈夫だ。
これは一九六〇年のフランスのデノミのときに、実際に行なって成功したやり方である。このときは、混乱が全く起きなかった。