九九年、経済危機突破の戦略 (『政界』原稿 1999年2月号)

【経済危機脱出の兆しはない】

   日本経済は、戦後一度も経験したことのない危機的な状況にある。マイナス成長が二年も続き、失業率や倒産は戦後の最高水準に達してなお上昇し、昭和二年以来絶えて久しく経験したことのなかった金融機関の倒産が、すべての業態で起こっている。現在のところ、この経済危機から脱出する目途は立っていない。多くの民間調査機関は、九九年度も三年目のマイナス成長を予測している。
  そこで先ず、足許の景気動向を見ることから始めよう。九七年四月から始まった国内民間需要の落込みは、図表一の百貨店・スーパーの売上高、新車登録台数、新設住宅着工などに見られるように、ここへ来て一段と深刻になっている。生産の減少→雇用と賃金の減少→個人消費と住宅投資の減少→生産の減少、という悪循環が自律的に進行しているためである。
  図表一に示した高い失業率(四・三%)や所定外労働時間の落込み(十月は前年比マイナス七・七%)などが個人所得を減少させ、家計の消費支出や住宅投資を冷え込ませている。九八年中の特別所得減税四兆円の効果も、この個人所得減少で帳消しとなり、どの指標にもまったく回復の兆しは見られない。むしろ前年比マイナス幅は拡大さえしている。
  更にこの悪循環は、企業の収益と先行き見通しの悪化を通じて、設備投資をも大きく低下させている。図表二に示したように、九八年に入ってからの設備投資急落が、マイナス成長の主因となっている。しかも、設備投資の先行きを示す機械受注(民需、除船舶・電力)は、図表一に示したように、七月、八月と前年比マイナス幅を拡大している。機械受注は六ヵ月から九ヵ月の先行指標であるから、年度内の設備投資下落は加速するということである。
  あえて明るい話題をひろうと、第一次補正予算によって追加した七兆円超の公共投資が、九月頃からようやく動き出したことである。図表一の公共工事請負額をみると、九月の前年比はプラス二三・八%、十月の前年比は二二・六%に高まっており、十一月以降も増加傾向が続いているようである。
  もっとも、公共投資は設備投資の半分の規模しかないので、その拡張効果は設備投資の急落によって相殺されるかも知れない。九二〜九四年の平成不況中、公共投資追加の景気対策が全く効かなかったのも、図表二に明らかなように、設備投資の急落幅が公共投資の増加幅よりも大きかったからだ。
  もう一つのプラス要因は、図表二に見られるように、純輸出の増加傾向である。しかしこれも、米国経済の成長鈍化に伴なう世界同時不況のリスクやこのところの円安修正を考えると、先行き多くを期待できないであろう。
  従って、公共投資と純輸出の増加によって、九七年十〜十二月期から続いているマイナス成長が、九八年十〜十二月期にかろうじてプラス成長に転じるとしても、その幅は小幅であろう。実感としては深刻な不況が続くことに変わりはない。
  在庫調整はこのところ進捗している。十月末の鉱工業在庫水準は、ようやく前年同月を三・一%下回った。もっとも、この一年間のマイナス成長で、出荷の水準が大きく落込んでいるので、在庫を出荷で除した在庫率としては依然として高い。在庫減らしの生産調整はまだまだ続く。
  ただ、生産急落の局面は過ぎたようである。生産は低水準ながら横這い傾向を示している。今後は出荷の動向次第である。出荷が一段と低下すれば生産も再び下落に転じるであろう。しかし公共投資や純輸出に支えられて出荷が横這いで推移すれば、生産も大きく下がることはないであろう。もっとも、仮に生産が下げ止まっても、雇用は遅行指標であるから当分の間厳しい雇用情勢は続く。

【短期、中期、長期の三つの経済危機要因】
  以上のような深刻な経済危機は、短期、中期、長期の政策の失敗によって引き起こされた。まず短期的には、国民負担の九兆円増加(消費税率二%引上げで五兆円、特別所得減税打切りで二兆円、健康保険料の個人負担増かで二兆円)と公共投資の三兆円削減、合計十二兆円のデフレ・インパクトを伴なう九七年度当初予算を執行したことである。これで九七年四月から景気後退が始まったが、不況が次第に深刻化し、拓銀、山一、三洋など金融機関の大型倒産が始まった九七年十一月に、こともあろうに財政構造改革法を強行採決で成立させ、二〇〇三年まで公共投資の増加と減税を不可能にした。これで企業経営者や消費者の先行き観は悲観一色となった。マイナス成長が始まったのは将にこの時期、九七年十〜十二月期である。
  次に中期的な政策の失敗は、不良債権処理の先送りである。都市銀行などは、三和銀行が作った日住金の当初処理計画にも見られるように、九二年には不良債権早期処理に取りかかろうとしていた。これを阻止して不良債権処理を先送りしたのは、大蔵省の金融行政である。また九六年春になってようやく住専処理が終わった時、政府はこれで不良債権問題の処理は峠を越したと述べ、住専以外のもっと多額の不良債権処理を怠った。このような政府の不良債権問題先送りこそが、不良債権を手に負えない程大きくし、銀行の貸し渋り、企業倒産多発、個人の住宅ローン破産などを通じて資産デフレを深刻化したのである。
  最後に長期的には、構造改革の遅れという政策の失敗がある。中央が地方を支配し、官が民を指導する「追い付き型日本システム」は、高度成長によって欧米の産業水準に追い付いた七〇年代中頃までに役割を了えていた。その後は地方分権や規制緩和によって地域や民間の創意工夫を引出す分権型、民間主導型のシステムに転換し、行政は事前介入型裁量行政から事後チェック型ルール行政に変えるべきであった。しかしこのようなシステム転換が二十年間も遅れ、民間市場経済の活性を阻害している。
  以上の三つの政策不況要因のうち、最も影響が大きいのは短期的要因である。日本経済は中期と長期の政策不況要因を引きずりながらも、図表二に見られるように、九五年と九六年には回復に転じた。とくに九六歴年には三・九%という高い成長を達成した。それを九七年度以降のマイナス成長に引き摺り下ろしたのは、何といっても短期政策の失敗である。また短期的な回復が続いていれば、痛みを伴なう中期の不良債権処理も長期の構造改革もやり易かった筈であり、短期政策失敗の影響は大きい。
  このような短期政策の失敗は、九五、九六年の回復が中期、長期の不況要因を抱えたままの弱々しいものであり、中期、長期の問題を解決しないうちに、財政再建のための増税路線に入るのは危険極まりないという認識を欠いたために起こった。九七年度に最優先すべきは財政再建ではなく、不良債権の早期処理と規制緩和・地方分権などの構造改革であり、またそれをやり易くする景気の持続政策であったのだ。
  また九七年夏以降のアジア諸国の通貨危機の背景も、秋以降の国内の金融危機の原因も、日本の経済危機である。アジアの通貨危機や日本の金融危機が、日本の経済危機と相互に影響し合い、増幅していることは確かであるが、元はと言えば日本の経済危機から発している。アジアの通貨危機や国内の金融危機が、日本経済に予想外の不況をもたらしたという橋本政権の理解は間違っている。もともと日本の不況が原因なのである。

【これ迄の対策では不十分】
  九八年十月十六日に終了した臨時国会で、金融危機に対処するための総額六十兆円の枠組みが与野党の合意で出来上がった。従来からあった預金者保護十七兆円に加え、破綻金融機関の処理十八兆円、不良債権早期処理を進める金融機関への資本注入二十五兆円である。日本長期信用銀行の処理も、この枠組みの中にある公的管理の下で、十八兆円の一部を使って行われる。長銀破綻による金融パニックは回避された。
  この金融危機克服の枠組みは、問題点がないわけではないが、金融パニックの発生を避けながら、不良債権の早期処理を進め、資本増強を図って日本の銀行システムを再活性化する道が一応開けたと言ってよい。株式相場も、六十兆円の金融再生の枠組みを好感して、十月前半頃までの一三千円割れの最安値からは脱出した。
  しかしこれは前述した短期、中期、長期の経済危機要因のうち、中期の不良債権問題に対する対応であり、危機突破の必要条件の一つが整ったにすぎない。これで経済が回復するというような十分条件が出来たわけではない。残された対策は、長期的な構造改革とそれにつながって行くような短期的な内需刺激策である。
  小渕政権は、橋本政権の財政改革最優先の経済戦略を放棄し、財政構造改革法の凍結と二十四兆円弱の緊急経済対策を実施した。しかしこれによって、九九年中の日本経済が確実に立直るかどうかは、まだ予断を許さない。第一に、六兆円超の所得課税・法人課税の減税実施は、既に九八年中に四兆円の特別減税を実施しているので、ネット減税としては二兆円超にすぎない。九八年中の四兆円ネット減税が効かなかったのに、どうして九九年中の二兆円ネット減税が効くといえるのか。雇用悪化と賃金下落で個人所得が減少し、マイナス成長に伴なうデフレ・ギャップ拡大で企業収益が悪化している時に、この程度の直接税減税で経済が立直るとは、とても思えない。
  第二に公共事業を七・五兆円追加するというが、既に事業規模十六兆円の景気対策(うち公共事業八兆円)を九八年度に実施したので、第一次補正後の九八年度公共事業に比べて、九九年一月から二〇〇〇年三月までのいわゆる十五ヵ月の公共事業費は、月割計算で殆ど増加しないのではないか。
  公共事業には冗費が多いので、情報や環境関係の公共投資など新しいニーズを除くと、これ以上予算を積み増すべきではない。高水準を維持しながら内容を大胆に切換え、また補助金や入札の在り方を変えて無駄を排除し、実質工事量の拡大に努めるべきだ。

【景気回復の秘策は異時点間代替】
  緊急経済対策は、実施しないよりはした方が増しであろうが、もっと抜本的な対策、それも短期の景気刺激策であると同時に長期の構造改革につながる方策を考えるべきではないだろうか。一例を挙げよう。基礎年金は、高齢に達した日本人に対し、日本の社会全体で保障するナショナルミニマムの所得水準である。従って日本国民全員が広く負担すべきであり、生産年齢人口の人々のみが所得税や賦課方式の年金保険料で負担すべきではない。九九年は年金制度を見直す財政再計算の年なので、当面の景気刺激策と一体化した形で、次のような政策プログラムを実施できないであろうか。
  @九九年から二〇〇〇年三月まで、消費税を〇%に凍結して据置く(十二・五兆円減税)。A二〇〇〇年四月以降、基礎年金、高齢者医療、介護の三つに使途を限定した消費税(高齢者社会保障税)を二%の水準で導入し、以後二年間は毎年度二%づつ引上げて六%とする(三年間は毎年五兆円増税)。B同時に二〇〇〇年四月以降、所得課税と年金保険料(基礎年金部分)の合計を、毎年五兆円づつ制度減税として減額する。この結果、九九年以降の消費税率五%引下げに伴なう十二・五兆円減税は、恒久減税となり、二〇〇〇年四月以降の三年間に十五兆円規模の直接税・社会保険料引下げと間接税引上げが進む。C基礎年金と高齢者医療を消費税で賄うことにより、個人の保険料負担(一種の所得税)は低下するが、企業の保険料負担十数兆円については、新たな法人事業税を設けて吸収し、地方財源とする。
  以上の政策プログラムを実施すると、若い人々は社会保険料が累増する一方、それに見合った社会保障給付が受けられないのではないかという不安から解放され、高齢者は社会保障給付の水準切下げの不安から解放され、共に明るい生活設計が立てられる。
  また短期的には、九九年以降、大規模な買急ぎが起こり、高齢者社会保障税が六%に達する直前の二〇〇二年三月まで続く。所得課税と年金保険料の引下げで十二・五兆円減税は恒久化するので、この買急ぎの所得は保障される。従って個人消費と住宅投資が三年間回復するだろう。
  そうなれば現在の需給ギャップは縮み、設備投資も回復するので、日本経済は実力相応の三%程度の成長軌道に軟着陸する。その頃には、国内民需増加→生産増加→利潤・賃金・雇用増加→国内民需増加、という好循環に基づく自律的成長メカニズムが働くので、買急ぎを誘う高齢者社会保障税の引上げが終っても、成長は持続する。
  以上は従来の発想を超えた抜本的対策の一つの例であるが、ここに含まれている政策思想は経済学で言う「異時点間代替(インターテンポラル・サブスティテューション)」である。現在の日本経済のようにマイナス成長が続き、個人も企業も将来に不安を抱き、悲観的見通しを持っている時は、直接税減税によって所得減少幅を小幅にしてみたり、公共投資追加で総需要の減少を小幅にしてみても、経済は立直らない。そうではなくて、悲観的見通しの下でも、将来支出することに決っている支出を、現在に繰上げさせることである。易しく言えば「買急ぎを誘う」ことである。
  これは消費税の一時的凍結と段階的引上げに限らない。レーガン政権の下で実施された建物、機械設備、自動車・トラック等の時限的加速度償却制度(ACRS)、投資額の一〇%の時限的課税所得控除なども、まったく同じ「異時点間代替」を狙った政策である。ヨーロッパでも、乗用車や耐久消費財等について時限的課税所得控除を実施した例がある。
  買急ぎを誘えばその反動が出るが、その時、需要増→生産増→雇用・賃金・収益増→需要増、という自律的な好循環が進行していれば、反動は十分に吸収されるであろう。
  いま政治に求められているのは、このような抜本的な発想転換に基づく創造的な政策形成である。それも、十分な経済学的裏付けのあるものがよい。専門知識に裏付けられた創造性、指導性の発揮が、九九年の政治に求められている。