なぜ「春以降の金融危機」か、これだけの悪材料がある
(『経済界』原稿1998年4月21日号)
本文はインタビュー形式になっています。
―― 自民党の山崎拓政調会長が年度末の株価を一万八千円台、つまり一年前の相場まで戻すことを目標にすべきだとして、郵貯、簡保の資金を指定単で一兆円以上を株の買収資金に投入しましたが、株価PKOの是非については。
鈴木 そもそも株価PKOによって、政府が株式市場に買介入して相場を動かそうという考え方自体が間違いです。簡易保険福祉事業団を経由せずに郵政省が直に郵貯、簡保資金を自主運用して株式購入できるよう法律改正する動きも出てますが、もってのほかです。金融ビッグバンは、市場の動きに対して政府が介入せず、市場メカニズムに任せるという思想で行われるわけですから、株価PKOというのは政府が掲げている金融ビッグバンという基本政策に反します。株価操縦といったら完全に証取法違反です。株価操縦まがいの犯罪みたいなことを政府が公然と行うのは、まさに言語道断です。『ロンドン・エコノミスト』という雑誌が「日本政府はまたしても金融自由化のペダルを逆回転させている」と警鐘を鳴らしていました。その指摘の一つが株価PKOで、もう一つが例の十三兆円の公的資本注入です。株価PKOのところでは「日本政府はフリー、フェア、グローバルな日本の金融市場をつくる。これが日本版金融ビッグバンの目的であるはずなのに、株価PKOなどと言い出しているところを見ると、フリー、フェア、グローバルな金融市場が何のことか分かっていない証拠だ」と手厳しく批判しています。
―― 市場関係者も、効果は薄いという見方をしていますが。
鈴木 自民党の一部首脳は、株価がどういうふうに形成されているかという経済知識を持っているのか。PKOが無効であるということが分かっていないのではないか。株価は、将来の企業業績の予想に依存して動き、将来の企業業績は景気に依存している。その景気対策で有効なものを打ち出さないで、目先の需給だけで株価が動くと思っている。これが根本的な間違いです。だから、現に株価は思ったように上がってないわけです。もし、私が株式市場の参加者であるとすれば、PKOで政府の金が入った時はそれに乗っかって買いに出て、PKOが尽きたと思ったらぱっと売り逃げしますから、元の木阿弥となってしまう。その繰り返しをしているわけで、こうした市場メカニズムさえ分かっていない。
―― 現在の不況はバブル崩壊後の資産デフレに加えて、消費税率引き上げなど九兆円の所得減少による消費の低迷という政策ミスで引き起こされたと考えていますが。
鈴木 そもそも今必要なことはこの経済危機を立て直すことで、そのための経済対策を打つことです。ところが、景気対策を小出しにして、取りあえず二兆円の所得税特別減税の復活をしただけです。それで今度の予算が成立したら、十兆円を超える大型補正予算を組むと言っているが、真水部分はそんな大きな規模にはならないでしょう。それは財政構造改革法(財革法)をいじらないからです。同四条には毎年赤字国債発行額を削減していくと書いてある。そうすると平成十年度予算は、補正後の平成九年度予算に対して赤字国債の発行額は一兆三千八百八十億円しか減っていない。逆に言えば、赤字国債の発行限度は一兆三千八百八十億円となる。だから、景気対策に含まれる減税、建設国債対象とならない情報通信関連の公共投資、科学技術の振興策などを全部足しても一兆三千八百八十億円しかできない。だから、今度はその枠内に収まる政策減税を行うと言い出した。他方では、これは財革法の精神に反しているけど、それぞれの歳出項目に対して上限を決めているキャップは当初予算にはかかるが、補正予算にはかからないという乱暴な解釈をしようとしている。それをすると、建設国債を財源として在来型の古いタイプの箱物の公共事業ができると。だが、それは本来削減していかなければならない箱物の公共事業ばかりが増えて、社会保障費とか減税とか、今伸ばさなければいけない情報通信とかに予算が投入されずに、構造改革が逆転して後退するわけです。
―― 政府が真に有効な対策を打ち出さないと景気は浮揚せず、株価も維持できませんが、日本経済の先行きは。
鈴木 だから日本経済はこの後、またすごい危機的な状況が起こると思います。年度末を越える時、一万八千円台は難しいでしょう。しかも、超えた途端に下がりますよ。これからPKOが出ないと分かると、利食いに出るからです。それから実体経済のほうは、二月から本格的な生産調整に入る業種が自動車や素材などの主要企業で増え、夏に向けて在庫減らしの生産調整が強化されて一段と冷えていきます。失業者や企業倒産は増えて、再び金融危機が起こるでしょう。と言うのは、金融システム安定化策に投入した三十兆円のうち、十七兆円は金融機関が破綻したときに預金者を保護するためで、金融機関の破綻を阻止する性質のものではありません。十三兆円は公的資本注入というわけだけど、経営救済をしてはいけないという国民の強い批判にあって、悪い銀行には資金を投入できなくなった。良い銀行は自分で市場調達できるので、本来、公的資金は必要ないのです。だから、十三兆円は使い道がないわけで、それを無理矢理大銀行を中心に二兆円を使ってみたけれど、もう続かない。これも金融機関の救済にはつながらない。とすると、三十兆円用意したけれど金融システムの不安を改善する対策には全くなっていない。だから、これから夏に向かって景気が冷え込んでいく中で、決算ができなくなって大型倒産や、金融機関の破綻が相次いで、金融不安が起こるという展開になるのではないかと心配してます。景気後退が止まる見通しがないので、株価が上がらない。PKOの分だけ少し上がってはいるけど、PKOのない世界では、為替市場では円安でとうとう百三十二円になって、債券市場では国債市場利回りが一・五%台にまで低下した。株式市場もPKOがなければズルズル下がりますよ。
―― 財革法が大型景気対策を打ち出す上でのネックという見方が強いですね。
鈴木 財革法を改正しろと、多くの野党が主張していますが、自由党はもっとはっきり廃止せよと言っています。まずキャップを直す必要があります。歳出の繰り延べだけであって、真の構造改革ではない。構造を変えて歳出を減らす、地方分権を進めるとか、行革を断行するとか、構造を変えることこそが大事なのです。しかし、財革法でやっていることは五カ年計画を七カ年計画でやりましょうとか、歳出を先延ばししているだけでしょう。だからキャップは全部直さなければいけない。それから、年々減らすのは赤字国債であると。赤字国債と建設国債を区別すべきではないし、減らすべきは二〇〇三年の財政赤字全体であって、途中の経過を縛るべきでない。途中は景気を立て直すために一時的に赤字が拡大しても構わない、それで日本経済に活気が出てくれば、逆に税収の増加で赤字を削減できるわけです。(以上、三月二十五日取材)
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自民党は三月二十六日、総額十六兆円の総合経済対策を発表した。これに対して、鈴木議員は三月二十七日付インターネットのホームページで、「今回の自民党の対策は、十六兆円の公共投資による需要喚起が柱だ。これでは公共投資が増加している間の短期間だけは総需要が拡大しても、資産デフレで財務体質が弱った企業、個人、金融機関の活性化にはつながらないので、すぐに先細りになる」と有効性に疑問符を投げ掛けている。 その上で、「十六兆円の公共投資という大風呂敷を広げているが、その内容は必ずしもはっきりしていないことである。年度末の株価に対する『口先介入』を意識した過大な広告、宣伝の匂いがする」と批判している。
(すずき よしお・自由党衆議院議員、前野村総合研究所理事長、元日銀理事)