梶山私案は政府案より筋がいい これに不動産時価評価を加味すれば・・・

(『エコノミスト』原稿1998年3月24日号)

鈴木 淑銀行への公的資金投入の前提条件として強制的な引き当てと完全情報開を求めた梶山私案は、その政治的な思惑は別として筋が通った内容だ。』
【土地の評価益で不良債権償却を】

自民党の梶山静六前官房長官は、昨年11月末と今年3月2日の2回にわたって「梶山構想」とも呼べる金融経済対策を発表した。昨秋の10兆円の新型国債発行案は、多分、通産省のブレーンが書いたものだろう。率直に言って金融を知らないなという感想を持った。しかし、今回発表された金融機関への公的資金投入についての私案は、金融市場に精通した人が書いたものだろう。筋がいい。

いまの日本経済の混乱は、不良債権の抜本的な処理をしないままズルズルきた結果であり、資産デフレ状態に陥っている。本来はまず不良債権の早期処理を済ませたうえで、早期是正措置を導入し、体力のある銀行と整理すべき銀行の峻別をすべきなのに、政府は、不良債権を処理せぬまま金融ビッグバンや金融機関の早期是正措置を打ち出した。このことが混乱に輪をかけている。

その点、梶山私案は、対策の順序を間違えていない。まず不良債権について強制的な引き当てと完全な情報開示を求めている。そのうえで債務超過になった銀行は破綻処理すべきだし、自己資本不足に陥る銀行はリストラや整理の対象にする、健全な銀行は伸びるという考え方だ。これは非常にまともな考え方で、自民党よりわが自由党の政策に近いものだ。

ただし、梶山私案が万全かといえばそうではない。いま、銀行に不良債権全額処理の引当金を積めと言っても、その体力は乏しく悲鳴を上げるだろう。梶山私案どおりのことをすれば、倒れる金融機関が多すぎて、とても日本の金融システムはもたない。

そこで私の案だが、銀行は、各地の一等地に店舗などの土地を所有している。それらは昭和20年代、30年代に安い値段で購入したものが多く、簿価は非常に低い。その不動産を時価評価すれば、その評価益が出る。特別立法をつくり、その評価益を不良債権の償却にかぎって無税で使ってよいとすれば不良債権は一気に処理できる。

なぜならバランスシートの資産の部の土地資産が増えて、その分、不良債権(不良貸し出し)は減る。かつ自己資本は痛まない。梶山私案をはじめとする不良債権処理方式は、自己資本を使って償却をしろと言っているので、資本不足になって早期是正措置がクリアできない。このため銀行は不良債権の早期処理に手を付けられないというジレンマに陥っている。もともと早期是正措置と不良債権の早期処理は矛盾するものなのだ。私が主張する土地評価益の活用は、資本勘定を痛めずに一挙償却をしようというものだ。これだと力のある銀行は体力を温存したまま、ビッグバンに対応できる。

ところで、なぜ自民党は梶山構想をすんなり取り込めないのか。それは、自民党の執行部が不良債権問題の早期処理を怠ってきた責任者たちばかりだからだ。これまでぐずぐず処理を遅らせておいて、いまさら一気に処理せよとは言えないだろう。

結局、自民党執行部は4月以降も不況の責任を認めず、徐々に積極財政へと政策転換していくのだろう。ただし財政構造改革法は改正せず、財革法の解釈をルーズにしていこうとしているのではないか。つまり財革法の歳出の上限は当初予算にだけあてはめ、補正予算には全く無関係とする。毎年削減するべきものは赤字国債発行額であって、財政赤字全体ではないと。財政赤字全体は2003年に対GDP比で3%内に抑えるという方針を変えないことによって、財政再建路線は崩していないと言い続けるつもりだろう。

とすると、補正後の97年度予算に対して98年度当初予算案では赤字国債は1.3兆円しか減っていないので、赤字国債の発行可能額はネットで1.3兆円程度しかない。最近、建設国債対象外の情報通信分野などに重点配分するという議論があるが、減税とあわせてこの程度の額しかできない。後はもっぱら建設国債などを使った在来型の公共投資になるのだろう。これは選挙目当てのバラマキ政治以外の何物でもなく、景気浮揚効果があるか疑問だ。

株価との関係では、PKO(株価維持操作)や口先介入で何とか年度末の日経平均株価を1万8000円にもっていこうとしている。市場関係者も景気対策が五月雨的に打ち出されているので、とりあえず1万7000円近くまで戻しているが、逆に1万8000円になると、達成感から利食い売りが出て下がり出す展開も考えられる。

【銀行は公的資金導入を望んでいない】
 政府は金融機関の不良債権対策で2つの勘違いをしている。それは自由党が全銀行147行を対象に実施したアンケート調査でも明らかになった。この調査は2月末締め切りで実施し、98行から回答を得た。回収率は66.6%。回答行のすべてが97年9月末現在では、それぞれ自己資本比率規制を達成していた。

 政府の間違いの1つ目は、政府は、年度末の株価1万8000円にこだわっているが、調査では、自己資本比率4%行の90.9%、8%行の58.1%が年度末の株価に関係なく、自己資本比率規制をクリアできると答えている。 間違いの2つ目は、公的資金の導入についてで、公的資金の導入を期待すると答えたのは回答行の約20%にとどまっている。一方で不動産の再評価について期待するのは回答行の約50%に達しているのだ。

この調査結果については、未回答行のなかにこそ経営が不安視されている銀行がたくさんあり、それらの銀行の意見は反映されていないという批判が成り立つかもしれない。確かに未回答行のなかには問題行が含まれるかもしれないが、私が見たところ、回答行のなかにもいわゆる問題行が含まれ、未回答行の中に都銀が3行も含まれていた。未回答行は経営が悪いから回答を控えたのではなく、調査主体が野党の自由党だったからだろう。

株価は96年6月の2万2000円から落ち込み始めた。その年は暦年で3.9%成長している。成長率が3%台になると考えれば、株価もその水準に戻していくだろうが、いまの景気の状況ではとても無理だろう。景気後退が止まるのは早くても本年秋以降だろう。(談)

(すずき よしお・自由党衆議院議員、前野村総合研究所理事長、元日銀理事)