減税と公共投資の改革 〜「政策不況」脱却への道〜
『改革者』 (1998年1月号)
政府のデフレ予算と不良債権対策の無策から発生した日本経済の不況の中で、金融が最も深刻な事態に直面している。景気を回復し、経済を健全化して、金融ビッグバン時代に生き残るためには、減税と公共投資の改革から着手を。
日本経済の現状
日本経済は、今過剰在庫減らしの生産調整の局面にある。97年度の鉱工業生産の前期比は4〜6月でゼロ%の横ばい、7〜9月で−0.4%になった。さらに10〜12月の予測では−2.0%、前年同期とくらべても−0.2%となり、非常に速いテンポで生産が落ち込んでいる。その原因は、昨年1〜3月に消費税引上げ前の「駆け込み需要」があったが、4月以降、需要が落ちてきたことにある。当初、政府は、4月以降の需要の落ち込みを1〜3月の需要の反動による一時的な落ち込みで、夏ごろには回復すると見ていた。この見通しを信用して増産を続けた業種で、過剰在庫が発生した。具体的には、自動車、パソコン、家電などの加工組立産業である。しかし、夏になっても需要は回復しなかった。そこで、これらの加工組立産業は、夏の初めごろから生産調整をはじめた。そのために7〜9月に生産がマイナスになったのである。この分野で生産調整をすると、当然、原材料の仕入れを抑えるため、「玉突き現象」として、素材産業にも在庫過剰が生じ、ここでも秋口から、過剰在庫減らしの生産調整がはじまった。したがって、10〜12月の生産の落ち込みは、先行した加工組立産業とその後からはじめた素材産業の両者の在庫調整が原因となっている。この素材産業の在庫調整は、今年の1〜3月まで続くであろう。そのため、政府が繰り返し主張してきた、「97年度下半期になれば景気回復がしっかりしてくる」という見通しは、その根拠を完全に失うことになった。景気の回復は見られず、在庫調整は依然として続いているし、その深度は深くなり、輪が広がっているのというのが現状である。
設備投資と純輸出の頭打ち
この需要の落ち込みと過剰在庫の発生は、@昨年4月以降の個人消費の落ち込み、A昨年初めからの住宅投資の減少、B一昨年下半期から続いている公共投資の削減、の三つが原因である。その間にあって、設備投資と純輸出だけが伸びつづけ、なんとか景気を支えてきたが、この二つも、本年は減退することが予想されている。97年度の設備投資が前年度よりも伸びているのは、輸出によって潤っている主要企業の製造業だけである。主要企業の非製造業と中小企業の製造業とは、ともに伸び率が落ちている。中小企業の非製造業にいたっては、早くもマイナスに転じている。これらの中小企業非製造業は、次の三つの要因から、経営がきびしい状況におかれている。@いま落ち込んでいる個人消費、住宅投資、公共投資などと関連が深いこと、A本年4月から、金融三法に則って早期是正措置がとられるが、これは自己資本が3%以下の銀行や信用金庫などが、自己資本を引き上げるために貸出を抑制するもので、これを見越して早くも貸出抑制が始まっているため、金融の面から締めつけられていること、B中小企業非製造業は、土地依存型の経営をしているが、バブル崩壊後も地価が下がり続けているために、土地を担保にした融資が受けにくい。GDP(国内総生産)ベースの設備投資の40%を中小企業非製造業が占めているが、ここですでに設備投資がマイナスになっている。そのため、設備投資は、96年度は6.4%増であったが、97年度は3%程度になることが見込まれ、98年度は頭打ちになるだろう。これは先行指標を見ればわかる。先行指標とは機械受注の船舶、電力を除く民需である。これの受注のピークは96年度の10〜12月で、前年比プラス17.3%であったが、それ以降は前年比のプラス幅はどんどん縮小して、97年の10〜12月の予想はプラス1.3%で、ほとんど伸びていない。これは6〜9ヵ月の先行指標であるから、本年の4月以降は設備投資は伸びないことは明らかである。
景気後退の可能性大
もう一つの牽引力である純輸出、つまり経常収支の黒字幅は、たいへんな勢いで拡大し、97年の4〜6月には対GDP比率が2.6%に達した。これに対してアメリカは、「日本は内需拡大によって景気回復をはかるといっておきながら外需に依存しているではないか」と苦情をいっている。それに対して日本政府は、一時的なものだと弁解しているが、もう少し黒字幅は拡大するだろう。しかし、景気を回復させるために、純輸出をこれ以上伸ばすわけにはいかない理由がある。それは、@純輸出、つまり経常収支の黒字が、対GDP比率の3%を越えるようなことがあると、日米貿易摩擦が起こるだけでなく、外需依存型の景気回復に対する他の諸国からの批判も高まる。Aまた、これ以上黒字を増やしていくと、アメリカ政府の高官が円高誘導発言をする可能性がある。そうすると投機に火が付いて本当に円高になり、日本の輸出は大打撃を受けることになる。Bさらに輸出環境が悪化することである。まずアメリカ経済であるが、24年来の最低失業率になっている。このまま3%台成長を続けていくと、さらに失業率が低下して賃金インフレが起こることは確実である。そこで、本年インフレ抑制策に転ずるだろう。あるいは自律的に成長は鈍化してくる。いずれにしても、昨年3%台成長から2%成長に落ちてくる。もう一つは、タイのバーツの通貨危機がはじまって、東南アジアの通貨危機と株の暴落などによって、この地域に異変が生じている。おそらく成長率は、最近数年間の8%程度から本年は3〜4%ぐらいになるだろう。こうしたことから、日本の純輸出の伸びは、本年は頭打ちになってくることが予想される。この結果、日本の景気を支えてきた設備投資と純輸出の二本柱が、両方とも折れることになる。すると、在庫調整はさらに続くであろう。そして、本年は景気が後退する局面に突入する可能性が大きい。
「政策不況」からの脱却
この不況の本質は何か。一言でいえば政策がもたらした「政策不況」である。これには二つの意味がある。一つは、97年度のデフレ予算が引き起こした景気循環的な景気後退であり、もう一つは、バブル崩壊後に生じた資産デフレに対して、政府が無策であったことによって生じたものである。まず、景気循環的な政策不況についてであるが、97年度の予算には、9兆円の国民負担増が含まれている。その内訳は、消費税の3%から5%への引き上げで5兆円の増税、所得税の特別減税打ち切りで2兆円の増税、健康保険その他の社会保障の自己負担増が2兆円である。この9兆円は、国民所得の2.3%にあたるが、国民所得の伸びはせいぜい2%程度であるから、目下、国民の実質可処分所得の伸びは止まっている。こうした状況下で消費を伸ばすためには、消費性向を上げなければならない。ところが、先に成立した「財政構造改革法」によれば、本年度以降6年間、さらに歳出を削減してデフレ政策を続けるという。これでは先の見通しは非常に暗い。そうすると、国民所得が増えないのに、貯蓄を減らしてまで消費に回すということをしないから、消費は増えない。さらに、公共投資が96年度の下期から落ち込んでおり、「財政構造改革法」により、2000年度まで落ち続けることである。そういう意味で、現在の在庫調整をもたらした需要減退は、デフレ予算が引き起こした政策的景気後退である。9兆円もの国民の負担増を課した上で、さらに公共投資を削減するという政策は、「負のケインズ政策」がてきめんに効いたものといえよう。
資産デフレに対する無策
バブル崩壊後、資産が減価して負債が残った。いわゆるバランスシート・リセッションが起こり、企業も金融機関も、負債を抱えて経営が悪化した。ところが、政府はこれに抜本的な対策をとらなかった。その無策の最大のあらわれは、一昨年の「住専」処理の失敗であった。あの時に、6850億円という公的資金を農協経営救済のために使った。それに対して、きびしい批判が起こり、以後、公的資金の投入はとてもできない状況になった。そこで政府は、「金融三法」を制定し、信用組合の倒産によって貯金の支払資金が不足したとき以外は公的資金は投入しないと言明した。つまり、信用金庫や銀行には公的資金は使わないというものであるが、他方において、2001年3月までペイオフはしないことを約束した。これは金融機関が破綻したとき、あらゆる預金の元金は保証するというものである。さらに大銀行20行は絶対に潰さないともいった。この公的資金は信用組合以外は投入しないということと、あらゆる預金は保証し、大銀行は潰さないということとは矛盾している。この矛盾によって、多くの国民が預金支払資金が足りないのではないかと不安を抱いている。大蔵省もそのことは承知しており、大きな金融機関が破綻すると預金が保証できないので、破産しないように彌縫策を講じている。そのため不良債権の処理がまったくすすんでいない。するとバランスシート・リセッションによって景気の足が引っ張られるし、いつ金融機関が破綻するかもしれないということで銀行株を中心に株価が低落している。そのことによって、銀行は「含み損」が拡大するから経営に支障をきたし、それがまた株価が下落させるという悪循環となっている。そして、とうとう潰さないはずの都市銀行の一つである北海道拓殖銀行が破綻し、四大証券の一つである山一證券が廃業に追い込まれた。つまり、預金支払資産などの不足が現実の問題となった。
金融ビッグバンのジレンマ
こうした状況のもとで、政府はさらに大風呂敷をひろげた。それが金融ビッグバンであり、本年4月から為替管理を完全に撤廃するというものである。日本の金融システムは、規制があるために使い勝手がよくない。また税制上の制約があるために、取引のコストが高い。そこで金融取引や資本取引が海外へ流出し、国内証券の取引さえも海外のマーケットでやるようになり、日本の金融は徐々に空洞化がすすんでいる。この空洞化を防止するために、為替管理を完全に撤廃して、国際的な資本移動を自由化し、海外の金融機関と競争をしようとしている。他方、残された規制のうち、海外ではすでにない垣根である銀行、証券、保険などの業務分野を分離している業務規制と金融商品開発の規制も撤廃する。こうして海外の金融機関とイコール・フッティングにして競争し、金融空洞化をなくそうというものである。この規制撤廃にはジレンマがある。こうした規制撤廃を一挙にやると、イコール・フッティングにはなるが、弱肉強食の世界になる。すると、日本の金融機関で不良債権を抱えているところは倒産し、金融危機が起こる。それでは徐々に規制撤廃をしたらどうなるか。本年4月以降は、日本の規制はきつい、海外の規制は緩いという状況になり、海外の金融機関が日本にないような商品を出してきて、高い利回りと安い手数料で提供するようになる。その結果、日本の金融空洞化はさらにすすむことになる。そうだからといって、ビッグバンをやめれば、日本の金融はますます地盤沈下していく。こういうジレンマに陥っている。
減税による景気浮揚策
このジレンマの解決策はあるのかといえば、二つある。一つは、日本経済の景気をよくすることである。かりに弱肉強食の世界で敗退しても、他の分野にその受皿が用意されていればいいわけであるから、そのような受け皿としてのマクロ経済を回復させることである。もう一つは、不良債権を処理する枠組みを確立することである。破綻した金融機関の経営者の刑事上、民事上の責任はもちろんのこと、道徳的責任もきびしく追求する。その代わり預金を保証し、預金支払資金が不足したときは公的資金を投入するという「日本版RTC」をつくればいい。ところが、政府はデフレ政策をとって景気を悪化させ、他方で「日本版RTC」をつくるつもりはない。ここに最大の問題点があり、まさに日本経済は大きな危機に直面している。その危機の中で、金融危機がもっとも深刻である。それではどうするか。「政策不況」には政策で対応するしかない。さきに指摘したように、「政策不況」には、景気循環的なものと、構造的なものとの二つの側面がある。景気循環的な不況は、「負のケインズ政策」によって引き起こされたものであるから、その政策をやめる。しかし「正のケインズ政策」をとる必要もない。その中間の「ニュートラル」に戻すため、抜本的なディス・デフレ対策をとらなくてはだめである。それは具体的には、9兆円増税した分を減税によって元に戻すことである。まず法人課税を4兆円、所得課税を最低2兆円、あわせて最低6兆円をネット減税すれば、景気は勢いづいてくる。法人課税のネット減税の中身は、まず引当金などを整理して課税ベースを拡大する。これは増税になるが、そうしておいて基本税率を現行の37.5%から32.5%に引き下げる。また純粋持株会社制度においては連結決算を考えなければならないから、連結納税制度を創設すれば減税となる。この結果、法人課税の実効税率は現行の49.98%から約40%に下がり、この所要資金が4兆円である。所得課税のネット減税とは、現行の国と地方を合わせた最高限界税率65%を50%に下げることである。この最高限界税率65%は、世界にその例がないほど高い。そのために税金逃れをする者が出てきたりするのである。最高限界税率を下げると、全体の累進税率はフラット化する。下の方まで税率をさげることが必要である。また累進のきざみも4段階ぐらいに整理する。さらに、NPO(非営利公益法人)への寄付は、課税所得の対象から控除するという減税をぜひやるべきである。これは、ある意味において国民が選択の自由をもつことでもある。国に税金を納めて使い道を国に任せるか、NPOに寄付して自分で使い道を選ぶかである。このことによって、自分が寄付したい公益事業を促進することができる。
減税と公共投資の改革
「負のケインズ政策」を「ニュートラル」に戻すもう一つの手段は、公共投資の改革である。その場合、公共事業の予算額を増額しなくてもよい。民間事業にくらべて公共事業の単価は3〜4割高いという数字がある。この単価を少なくとも2割ぐらい削減することによって、事業予算を増額しなくても、実際には公共事業量を2割増やすことができる。それと、無駄の排除と投資の効率化である。いま中央省庁が5か年計画を立て、地方がそれに沿ったプロジェクトをもってくると補助金を出すという仕組みになっている。そこで、地方公共団体はプロジェクトを認めてもらうために、莫大な時間と金をかけて中央へ陳情に押しかけてくるし、「官官接待」も行われるという無駄をしている。これはやめるべきである。中央省庁が計画しなければならない基幹的な交通通信とか、ハブ空港やハブ港などは別で、それ以外のものは地方に任せるべきである。そこで、中央省庁の5か年計画および地方への補助金制度は全廃する。そして、地方自治体へは一括して投資資金を交付する。それをどう支出するかは地方公共団体が自主的に決定する。そのことによって、無駄は排除されるし、投資の効率はよくなり、実質的な公共事業量は増えることになる。このように、公共投資については、事業予算は抑えながら、実質的な事業量を増やしていくことによって、景気にプラス効果が出るようにする。
財政再建も兼ねた経済回復の道
以上の減税と公共投資の改革の二つによって、マクロ経済を実力相応の成長軌道に戻すことである。国・地方を合わせての税収は、91年度がピークで98兆円であったものが、現在は90兆円弱で10兆円ほど減少している。これは92年度以降、経済成長の伸びが落ち込んできたからであって、92年度から97年度までの6年間の平均成長率は1.2%で、昨年はゼロ%であった。日本経済の成長率は、高度経済成長後でも91年度までは4%の成長率であったし、平成景気のときは5%強の成長率だった。日本経済の実力からすれば、いまでもまだ3%は成長する能力はあるから、この6年間で平均成長率が1.2%ということは約11%の能力を無駄にし、需要ギャップを悪化させたことになる。それが企業経営を困難にし、失業率をあげ、税収を落ち込ませたのである。そこで、私の提案した諸方策をとってマクロ経済に元気をつければ、日本経済は3%成長の軌道に戻れる。すると、税収は正常になり、6兆円の財源などはすぐ取り戻せる。したがって、財政再建についても、「経済再建なくして財政再建なし」で、経済再建が最も現実的な財政再建の方法である。政府のように財政構造改革法案をつくって、遮二無二に歳出を削減する方法では、経済は停滞し、税収は減少して、財政赤字は逆に拡大する。したがって、上述した方策こそが、日本の景気を回復させ、金融ビッグバンにともなう金融危機を回避し、そして、中期的に財政再建を達成する唯一の道であると思う