政策不況は政策で正せ (『エコノミスト』 1997年12月2日号)
(在庫調整のあと景気は後退へ)
日本経済はいま、過剰在庫減らしの生産調整局面に在り、その調整の輪は広がり、深度は深まりつつある。鉱工業生産の季節調整済み前期比は、本年4〜6月に0%と頭を打ったあと、7〜9月は0.6%減、10〜12月は10月と11月の予測指数(12月は11月比横這いと仮定)からみると2.0%減と下落テンポは早まる。前年同期比では0.2%減となってしまう。
過剰在庫は、4〜6月の需要落込みを消費税引上げ後の一時的反動減と見誤って増産を続けた自動車、パソコン、一部家電など加工組立産業で発生し、初夏からこの分野で生産調整が始まった。これが原材料の仕入れ控えを通じてプラスチック、化学、鉄鋼、ガラス等の素材産業の在庫を積み上げ、この分野の生産調整に波及した。10〜12月は加工と素材の両分野で生産調整が行われており、少なくとも素材の生産調整は明年1〜3月も続く。本年度下期に回復の足取りが確りして来るという政府の説明は根拠を失った。
過剰在庫を発生させた需要の落込みは、4月以降の個人消費減少、年初来の住宅投資減退、昨年下期以降の公共投資後退が重なったものである。しかも先を展望すると、現在景気をかろうじて支えている設備投資と純輸出にも陰りが見られる。
設備投資は、輸出好調の大企業製造業が昨年を上回る伸びを見せているが、大企業非製造業と中小企業製造業の伸びは鈍化しており、中小企業非製造業に至っては、早くも本年度にマイナスに転じることは確実である。中小企業非製造業はGDPベースの設備投資の約四割を占める。このため実質GDPベースの設備投資の伸びは、昨年度の6.4%から本年度は3%程度に落ちるだろう。
更に明年度を展望すると、先行指標の機械受注(民需、除船舶・電力)の前年比が、昨年10〜12月の17.3%増をピークに期を追って低下し、最新の本年7〜9月は1.3%増と伸びはほぼ止っている。従って明年度の設備投資は頭を打ち、景気の牽引力を失うだろう。
純輸出もいまの伸びを続ければ経常黒字の対GDP比率は3%を超え、対米摩擦と米国高官の円高誘導発言を誘うことは必至である。また輸出環境をみても、米国は失業率が24年ぶりの低水準に下がっており、来年の成長率が自律的、またはインフレ回避の抑制策によって本年の3%台から2%近くに下がるであろう。
東南アジアも、通貨危機の影響で既に成長率は低下しており、これまでの平均8%成長から4%程度の成長に下がるだろう。
この結果純輸出はこれまでのようには伸びられず、これも景気の牽引力を失って行く。
(自社さ民4党が招いた政策不況)
このように、在庫調整の先には、いま景気を支えている設備投資と純輸出の腰折れによる本格的景気後退のシナリオが見えている。
それでは、この不況の本質は何か。
これは2つの意味で、自社さ民の四党が招いた典型的な政策不況である。
第一に本年度デフレ予算が招いた循環的不況であり、第二に資産デフレに対する無策が招いた構造的不況である。
まず本年度予算は、消費税率の5%への引上げ(5兆円)、特別所得減税打ち切り(2兆円)、健康保険など社会保障負担増加(2兆円)で、合計9兆円の国民負担増加を伴っている。9兆円は国民所得の2.3%に当り、本年度の実質可処分所得はほとんど延びていない。公共投資も補正後の前年度予算に比べて大きく落ちる内容だ。
これは超大型の「負のケインズ政策」である。その結果、個人消費、住宅投資、公共投資が減少し、前述の在庫調整を引き起こした。政府はこのデフレ効果を見誤り、4月以降の需要落込みを消費税引上げ前の駆け込み需要の反動減だと主張し、民間の強気の生産をあおり、在庫調整の規模を大きくしてしまった。
新進党はこの循環的政策不況を予見し、昨年12月の臨時国会には消費税引上げを延期する法案を、また本年1〜3月の通常国会には2兆円特別減税を継続する法案を提出した。しかし、自社さの3与党に加え、民主党までが両法案に反対し、否決されたのである。
ケインズ政策は効かないと宣伝し、大規模な「負のケインズ政策」を強行した自社さ民の4党は、国民に対して何と言い訳する積りか。自社さ民の4党は、日本経済を中期的低迷から循環的に立直せる絶好のチャンスを潰したのである。
日本経済は92〜94年度のゼロ%台成長のあと、95年度は2.4%、96年度は2.9%の成長となり、企業収益は増益に転じ、失業率の上昇は止った。もし97年度に大規模な「負のケインズ政策」を採らなければ、成長率は3%台に乗り、民間支出主導型の自律的成長軌道に戻ったであろう。自社さ民の4党はこのチャンスをぶち壊した。
(直接税減税と不良債権早期処理)
政策不況は政策で対処する以外にない。
まず循環的政策不況に対しては、「負のケインズ政策」をやめるだけでよい。循環的な財政拡張政策は不要である。財政政策を負の政策から中立的な政策に戻すため、新進党は増税の修正と公共投資改革を提案している。増税行過ぎの是正は法人課税と所得課税の減税で行なう。課税ベースを拡大したうえで、法人税の基本税率を37.5%から32.5%へ引下げ、連結納税制度を導入することにより、全体で実効税率を50%から40%へ引下げることが必要だ(4兆円の純減税)。これによる税引後資本収益率の上昇とこれに伴なう株価の上昇は、企業の投資意欲を間違いなく高める。
所得減税は、最高限界税率を65%から50%へ引下げ、累進税率構造のフラット化と簡素化を実現することと、非営利公益法人(NPO)に対する寄付金の所得控除などによる最低2兆円の純減税実施である。これは恒久減税とするので、将来の増税を恐れて減税分が貯蓄に回る心配は少ない。
最低6兆円の減税財源は、歳出構造に潜む無駄の排除で捻出したうえ、足りない部分は赤字国債の発行でつなぐ。経済が潜在成長軌道に戻りデフレ・ギャップが縮小すれば、現在10兆円程落込んでいる税収が正常化するので、つなぎ国債は十分償還できる。
公共投資は、指名入札制度の廃止などの競争促進による単価の2〜3割引下げと、地方自治体に対する投資資金の一括交付(中央の計画とそれに基づく補助金の廃止)による無駄の排除によって、予算額は減らしても実質工事量は拡大させ、デフレ効果を避ける。
最後に構造的政策不況に対しては、6850億円で農協経営を救った不明朗な住専処理を政府が深く反省することが出発点だ。その上で、預貯金支払資金の不足にのみ公的資金を投入し、経営責任を追求する日本版RTCを設立し、不良債権の早期処理を急ぐ。新進党が住専処理の折に提案した「不良債権処理公社」案の復活だ。
これと並んで、土地、株式などの資産取引コストを下げ、資産調整をやり易くすることである。2年前に新進党が提案し否決された有価証券取引税と取引所税の廃止、地価税と譲渡益「重」課税の撤廃、不動産取得税と登録免許税の軽減を今度こそ実施すべきだ。
これらの政策で資産デフレの重圧を軽くすることが、構造不況に対する無策を正す基本である。