ビック番の進め方・私案 (『週刊東洋経済 臨時増刊号』 1997年8月6日号)
外為法改正案が通常国会で成立し、明年四月から実施される。金制調、証取審、保険審の報告書も出揃った。いよいよ日本版ビッグバンが始まる。掛け声ばかりだった橋本政権の「六つの改革」の一つが、ようやく姿を現わした。
以下ではビッグバンの進め方について、問題の所在とその対策を述べてみよう。
一、起爆剤「外為法改正」は福音か陰謀か
12(一)空洞化を促進する恐れ
現行の「外為法」は、一九八〇年に原則自由、例外規制に改正され、当時としては画期的な為替管理の自由化が実現した。
しかし、その後十七年の間に、世界の金融経済情勢は大きく変化した。もともと米国は為替管理が自由化されていたが、欧州諸国においても、EUの資本市場統合を実現し、将来の通貨統一を目指すため、為替管理が撤廃された。そのため日本の例外規制は、今となっては先進諸国の中で、最も遅れた為替管理として、取り残されてしまった。現行外為法の下では日本市場との国際的取引は不自由であり、規制が多く、税制も不利に働くため、金融空洞化という言葉が示す通り、日本市場のシェアは世界の中でいまや低下の一途を辿っている。
この度の外為法改正は、このような我が国の金融空洞化を阻止し、日本市場を、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ三大国際金融センターの一つとしてよみがえらせるために、欠く事の出来ない対策の一つであり、むしろ遅きに失したというべきである。
しかし問題はこの外為法改正を、金融ビッグバンの「フロント・ランナー」と位置付けていることにある。
12日本には、金融関係の規制が沢山残っている。金利では、政府短期証券の発行レートが均衡水準以下に固定されているために民間には売れず、日本銀行が引受けている。日本銀行が転売しない限り、政府短期証券市場が形成されない。これは諸外国が外貨準備に円を組込む上で、大きな阻害要因である。また株式売買手数料をはじめ多くの手数料が高い水準に規制されている。
金融新商品の開発と金融の業務分野についても、銀行法、証券取引法など多くの「業法」によって規制されている。金融技術革新を駆使した店頭新商品の開発は、証券取引法上の証券限定列挙主義や過度の取引所集中主義によって妨げられている。預金、投資信託、保険掛金などの商品を同じ店舗内で提供することも、夫々の業法で禁じられている。
税制も、有価証券取引税と先物取引所税が取引コストを高め、また非居住者の受取利息等に対する源泉徴収課税も行なわれている。
12このように不便で使い勝手が悪く、コストも高い日本の金融・資本市場や金融システムをそのままにして、来年四月から為替管理を完全に撤廃したら何が起きるだろうか。日本の居住者は決済口座や運用口座を海外に移すようになり、外国の金融機関が千二百兆円の日本の貯蓄を喰い物にして高笑いするのではないか。ちまたで「ビッグバン=米国陰謀」説が流れているのは、そのためである。
12(二)逆戻りの危険性
12金融改革は、「ビッグバン(大爆発)」という言葉が示す通り、一遍に規制撤廃を実施しないと、先行する自由化と撤廃を後回しにした規制が原因となって著しく取引を歪める。その一例が、いま述べた金融空洞化の危険性である。海外にもその例は沢山ある。
そもそもロンドンでユーロ・ダラー市場が発達し始めた切掛けは、米国の利子平衡税導入を契機に、ドル建取引がロンドンに逃げ出したことにある。また米国が利子平衡税を撤廃し、取引がニューヨーク市場に戻ってロンドン市場が寂れると、ロンドン市場は起死回生の策としてビッグバンを打出したのである。このような国際的な市場間競争の厳しさを考えると、為替管理撤廃をフロントランナーとする金融改革は日本の自殺行為に等しい。
12逆に言えば外為法改正は、それに先立つ金融改革を迫る自由化の「福音」だとも言える。しかし、来年四月の外為法改正に間に合うように規制緩和を急いだら、業態を超えた激しい競争が起こり、金融機関の優勝劣敗が強まって不良債権処理の遅れている金融機関の倒産が相次ぐかもしれない。
ここにジレンマがあり、金融危機を理由にビッグバンが逆戻りする危険性が潜んでいる。
しかも今回の外為法改正の中に、その仕掛けが入っているのである。
12改正法によれば、統計作成や市場動向把握のため、自由化後も内外資本取引等の事後報告制度を整備することとなっているが、その具体的な内容は、政・省令で定めることとされている。
12しかし、もしこの事後報告制度が詳細を極め、煩瑣なものになると、せっかく自由化された国際的な金融・資本取引のコストが高まり、取引が忌避されるので自由化の実が挙がらない。同様の問題が税制にもある。法改正に伴い、日本の企業や個人は外国に円建、外貨建の預金等を自由に持つことが出来るが、米国やドイツなどでは、非居住者の受取利息等には源泉徴収課税を実施していない。日本の税務当局は、日本の居住者の海外での受取利息等を、どのような形で捕捉して課税するのか。これもあまり煩瑣な報告を求めると、取引コストを高め、自由化の効果を台無しにしてしまう。
このように法律の実効性を左右するような事後報告制度が政・省令という行政の手に握られていることこそ、ビッグバン逆戻りの危険性を示すものである。
二、ビッグバン計画の問題点 ――金制調・証取審・保険審報告の評価
12(一) 金利・手数料の自由化
12金融空洞化を防ぐ目的で実施される外為法改正が、逆に金融空洞化を促進し、ビッグバンを後戻りさせるような規制強化が事後報告制度の形で導入されるようなことは、何としても防がなければならない。そのためには、日本の市場を便利で使い勝手のよいものにする規制緩和を急ぎ、反面金融危機対策の安全ネットを強化する必要がある。
12そこで金制調、証取審、保険審の報告書に見られるビッグバンの進め方を調べ、金融空洞化と金融危機の双方を防ぐ準備があるかチェックしてみよう。
第一は金利と手数料の自由化である。政府短期証券の金利規制が円の国際化を阻害していることは前述したが、この金利自由化がスケジュールの中にないのはどうした訳か。円を国際基準でみて使い勝手のよい通貨にするためには、政府短期証券の対市中入札発行か短期国債の発行拡大により、三十〜五十兆円規模の政府短期債市場を創ることが不可欠である。しかし短期金融市場の整備について明確に方向性が示されているのは、取引慣行の見直しや日銀当座預金の即時グロス決済(RTGS)の導入のみである。
株式売買手数料については、明年四月に五千万円超を自由化し、五千万円以下は九九年末に自由化するという。しかし明年四月から外為法が改正されると、外国の証券会社が五千万円以下の日本株売買を狙って、有価証券取引税のかからないニューヨークやロンドンの市場での売買を、もっと安い実効手数料でオファーしてくるだろう。これに伴なう日本の株式市場空洞化を防ぐため、明年四月の手数料自由化は一〜二千万円超程度まで下げた方がよい。また残りの自由化も、明年四月以降の推移を見た上で、繰り上げた方がよい。
金利と手数料の自由化は、各種金融機関と市場の効率化にとって決定的に重要であり、出来るだけ急ぐべきである。
12(二) 商品開発規制の撤廃
12新商品の開発、提供に関する規制では、エクイティ・スワップ、個別株オプションなど証券デリバティブズの全面解禁法案が、次期通常国会に提出される。これも明年四月に確実に間に合わすため、秋の臨時国会に提出した方がよいだろう。
12新商品の出現に対応して有価証券の定義を拡大する証取法改正案も、次期通常国会に提出される予定となった。しかし、ここでは相変わらず証券の限定列挙主義がとられ、広く新商品を許容する包括規定になっていない。当局が金融技術革新の将来を予見するのは不可能である以上、包括規定でイノベーションの余地を残し、投資家保護や公正取引の視点で新商品を事後的に審査する方がよい。
12取引所集中義務の撤廃法案も次期通常国会に提出されるが、やや不徹底なところがある。取引所価格を使って取引所外の価格に値幅制限を付けたり、取引所のルールを取引所外の取引システム(PTS)に強制したりしているからである。
取引所で形成されるオーダー・ドリブンの価格が、店頭で形成されるクォート・ドリブンの価格よりも公正だという古い考え方は、コンピューターの発達した現代には早く捨てた方がよい。
12なお、資産担保証券(ABS)を発行する特別目的会社(SPC)の法案も次期通常国会に提出されるが、債権等を流動化する新商品の促進として評価できる。
12(三)業務分野規制の緩和
12業務分野規制の緩和については、大きな前進が見られる。本年度中には、銀行の店舗で投資信託が売られ、他方証券会社のMMF、中期国債ファンドなどが総合口座化されて決済機能を持つという形で、銀行と証券の相互乗入れが実現する。
12また、純粋持株会社を認めた独禁法改正が施行される本年十二月までに、金融(純粋)持株会社を可能とする法整備が行なわれる方向にある。これによって、従来の事業持株会社形式の業態別子会社のみならず、純粋持株会社形式の業態別子会社によって、銀行、証券などの業務分野の兼営が可能となる。
12問題はその規制緩和のスピードの遅さにある。証券子会社に株式の引受と流通を認め、信託銀行子会社に年金信託と合同信託を認め、現在残っている業務制限を完全に無くするのが九九年度下期というのはいかにも遅い。更に問題なのは、保険会社と銀行・証券など他業態との子会社方式による相互乗入れは、二〇〇一年とされていることである。これでは明年四月の外為法改正以降、日本の金融サービス業と海外のそれとの間に、業務多様化の利益に由来する経営効率の差が残り、日本は競争上不利な立場に足つ。業務分野規制の緩和はもっと急ぐべきである。
12ノンバンクが社債やCPの発行で貸出資金を調達できるように、出資法等の改正案を次期通常国会へ提出するのはよい。しかし、普通銀行に普通社債等の発行を認めるのが九九年度下期というのは遅すぎる。長短金融の分離は完全に撤廃すべきであり、金融債という制度そのものも廃止して、社債発行を広く金融サービス業に認めるべきである。金融債は、売出し発行という点で預金的性格を持ち、社債のような管理会社も不要で、証取法上のディスクロージャーも免除されている極めて特殊な商品である。長期預金が可能となり、銀行法でディスクロージャーが強制されていることを考えると、金融債は廃止し、その機能は長期預金か普通社債が果たした方がよい。
12(四)金融監督行政の改革
12以上のような諸規制の廃止や緩和に伴って、金融監督行政も当然変わらなければならないが、その点の検討が不十分である。
例えば、持株会社の形で業務の多様化が図られた場合、連結ベースで規制・監督を行ない、銀行経営の健全性を確保しなければならないが、その内容が明らかになっていない。
12具体的には、連結自己資本比率規制を満たせないグループが出た場合、どのような処分をするのか。持株会社と銀行子会社の立入検査は、どのように異なるのか。証券子会社や保険子会社の監督当局も、銀行監督当局とダブって持株会社を監督する気か。
銀行子会社やグループ全体の健全性が損なわれた場合の持株会社に対する責任追及や破綻処理についても、明確なルールが示されていない。例えば、銀行子会社の自己資本比率が基準を満たさなくなった場合、持株会社に対し追加出資を求めるのか。また銀行子会社が破綻した場合、持株会社はどのような責を負うのか。
12以上の諸点をあいまいにしたまま、ケース・バイ・ケースで行政が恣意的に決めるのでは旧態然たる不透明な行政指導のままだ。早急にルールを明確化し、透明な監督行政にしなければならない。
12証券行政についてもあいまいさが残る。証券会社の「免許制」を改め、「登録制」にすると言いながら、引受、デリバティブズ、ラップ勘定、など業務の専門性やより高度なリスク管理が求められる特定の分野は「認可制」にするという。これでは、新商品を扱う証券会社は全部「認可制」になるが、「認可制」と「免許制」がどう違うのか、まったく不明確である。新商品を扱う証券会社には、創意工夫と表裏の関係で厳しい自己責任原則を求めるべきであり、「認可制」の名の下に、不透明な形で行政に依存することを許してはならない。
また自主規制機関の役割が重要になるとしているのも、あいまいである。これ迄の日本では自主規制機関が過剰介入の業者行政の代行機関となり、事前介入・予防型の規制を行ってきた。これまで自主規制機関(SRO)による規制に委ねてきた英国において、従来のやり方を廃し、公的機関である証券投資委員会(SIB)による規制に一本化する方針が示されていることは、大きな教訓である。
三、ビッグバン計画に欠落する問題点
12(一) 金融サービス法の制定を急げ
12日本版ビッグバンには、このように金融行政の抜本的転換という意識が薄いように思う。金融サービス法(市場法)の制定をこれから懇談会を作って検討するとして、実施期限を明示していないこともその一つだ。
金融業態ごとに定めた銀行法、証取法などの現行「業法」は、金融革新を背景とする新商品の出現や業務分野規制の緩和に適応できなくなっており、そこに恣意的な行政介入の解釈が入る余地が広がっている。
これを改めるために、預金者や投資家の保護と公正な取引ルールを業務横断的に定めた「市場法」を早急に制定しなければならない。この市場法を守る限り新商品開発や業務兼営は自由であるが、市場法のルール違反には厳しい罰則を加える。早急に結論を出すとしている統一的な消費者信用保護法なども、この包括的な市場法に吸収すべきである。
決済システム安定のための金融行政も、検査・考査による「早期是正措置」と債務超過に陥った預金取扱い金融機関の「早期処理」が基本である。二〇〇一年までペイオフしないという公約を守るとすれば、金融三法(信用組合に対してのみ公的資金投入)と現行料率の預金保険基金のみでは、早期処理は心もとない。公的資金投入を含む処理スキームの強化を、急ぐべきであろう。
12(二) 金融監督庁設置は行革に逆行
12最後に、新しい監督行政を担う行政組織として、金融監督庁が明年誕生するが、行政改革に伴う中央省庁の再編成(自民、新進共に最終的には十省庁に統合する方針)の流れの中では、いずれどこかに吸収合併される運命にある。そのような短い生命の省庁を、なぜいま作るのか。
12市場法成立後は、法に定めるルールを守る限り新商品開発や業務兼営は自由となるので、当局が解釈を示す恣意的な「監督」行政は極小化し、ルール違反を摘発する「検査」が中心となる。金融監督庁の仕事が検査中心となれば、これは市場の中に居る日本銀行に吸収合併させ、検査・考査を一本化した方が行政改革の実が挙がる。
12そもそも中央省庁再編の原則は、利益相反のある政策は担当省庁を分離し、利益相反のない補完的政策の担当省庁は統合することである。財政政策と金融行政の間には深刻な利益相反がある。これに対して、物価安定の金融政策と信用秩序維持の検査・監督には利益相反はなく、安定した信用秩序が金融政策の効果を支える点で補完関係にある。
12日本銀行を唯一の検査・監督機関にするからには、政策委員会を国家行政組織法上の独立行政委員会(三条機関)とし、大蔵省と対等の立場に置いた方がよい。日本銀行は、三条機関としての政策委員会の認可法人となり、委任されて金融政策と検査を執行する形にする。内閣には金融政策の指示権と政策委員の罷免権はないので、これによって金融政策の独立性は改正日銀法以上に強まるであろう。