2020年オリンピックは日本経済に何をもたらすか(H25.12.27)

―2013.12.26「世田谷フォーラム」の講演要旨

【「期待」を通じてマクロ経済に与える影響】
 オリンピックの経済効果は、競技場や選手村の建設、道路の整備、スポーツ用品の販売、4K・8KTVなど映像機器の開発・販売、海外からの観光客増加などいろいろ考えられるが、7年も先の事で予算も決まっていない現状で、これらの経済効果をいま推計してみるのは、あまり意味がない。
 大切なことは、2020年の東京オリンピック開催が、人々の「期待」を通じて、日本のマクロ経済、ひいては我々の生活に与えるかも知れない影響について、考えてみることであろう。

【1997年度から2012年度までの「失われた15年」】
 「期待」の変化がマクロ経済に与える影響と言えば、真っ先に思い起こされるのが「失われた15年」である。
 日本経済は、高度成長が終焉した1973年以降も、1990年代始めまでは、先進国の中で最も高い経済成長率を維持していた。90〜91年に地価と株価のバブル崩壊した後も、92〜93年の調整を経て、94〜96年度は2%台成長に戻っていた。それが97年度から2012年度に至るまで、平均1%にも満たない成長率に陥り、物価の下落が続いた(デフレ)。
 この15年間に名目GDPは−9.3%縮小し、現金給与総額は−13.0%下落した。失業率は3%台から4%台へ上昇した。国民の生活水準は大きく低下したのである。
 国全体を国際比較で見ても、OECD加盟先進国(34か国)中、1993年には一時2位にまで上昇していた1人当たり名目GDPは、2007〜08年に19位まで低下し、直近の12年も10位である。

【97年度超緊縮予算が引き金となった大規模な金融危機】
 この15年間の経済停滞の基本的原因は、日本国民、とくに企業経営者の「期待成長率」が急激に低下し、それが自己実現的に現実の成長率を低下させたことである。
 バブル崩壊後の財政出動によって日本の財政赤字は著しく拡大したため、94〜96年度の景気回復を見て安心した橋本政権は、97年度に財政赤字を一挙に13兆円縮小する97年度予算を執行した(消費税率2%引き上げで5兆円、所得減税打ち切りで2兆円、社会保険料引き上げで2兆円、公共投資削減で4兆円)。
 しかし、バブルの崩壊に伴って100兆円近い不良債権・債務が潜在していたため、13兆円の財政赤字縮小が引き金となって発生した景気後退は不良債権・債務の処理を不可能にし、都銀の一角の拓銀、4大証券の一角の山一を含む大型金融倒産が発生し大規模な金融危機となった。

【低成長に適応した企業経営に徹したことが結果的に低成長を定着させた】
 この時から企業経営者は、生き残りのため、過剰となった債務、設備、雇用を整理して損益分岐点を引き下げ、たとえゼロ成長でも収益を維持できるような経営体質に生まれ変わろうと努力した。この「三つの過剰」を整理する過程で、不良債権の処理は2003年頃までに終わったが、債務を減らして内部保留を増やし、設備投資の伸びを抑え、非正規雇用の割合を引き上げる形で賃下げを図り、雇用の整理を進める企業行動が定着した。
 つまり日本の企業経営者は、この金融危機を伴う97〜99年の3年間通計−0.9%成長の中で、「期待成長率」を大きく引き下げ、低い成長に耐えられる設備、雇用、財務の実現に集中したため、結果として現実のマクロ経済も以後は低い成長率となり、企業経営者はその低い成長率を見てその後も低い「期待成長率」を持ち続け、慎重な投資、雇用、資金調達を続けることになってしまったのである。

【アベノミクスは期待成長率を引き上げる「ビッグプッシュ」になるか】
 こうして定着した低成長や賃下げに伴うデフレの継続を断ち切るためには、人々の「期待成長率」を引き上げる「ビッグプッシュ」が必要である。
 しかし不幸にして、2008年のリーマン・ショックによる世界同時不況発生や2011年の東日本大震災という形で、逆方向の「ビッグプッシュ」ばかりが続き、「期待成長率」を引き上げる形の「ビッグプッシュ」が無かった。
 そこに登場したのが、2013年の「アベノミクス」である。第1の矢(異次元金融緩和)、第2の矢(財政出動)、第3の矢(成長戦略)のうち、第1と第2の矢は、需要喚起政策である。しかし、これ以上の金融緩和には限度があるし、これ以上の財政出動は財政再建との兼ね合いで難しいので、性格上、第1と第2の矢は短期の政策である。
 とすると、第3の矢(成長戦略)こそが、長期の供給政策として、人々の「期待成長率」を変化させる「ビッグプッシュ」になり得るし、これ以外にアベノミクスによる「ビッグプッシュ」はない。
 しかし、果たしてこれ迄に発表されている「成長戦略」の内容に、それだけの力があるであろうか。

【オリンピックは「ビッグプッシュ」になるか】
 「成長戦略」と並んで、「ビッグプッシュ」となり得るのが、「2020年東京オリンピック」にほかならない。
 オリンピックに備えた首都機能強化のインフラ整備がどの程度になるのかまだ決まっていないが、例えば圏央道、外環道、中央環状線の3環状道路が完成すると、首都圏のみならず、日本全体の輸送の効率化や関連インフラ投資の起爆剤になり得るかも知れない。
 「2020年東京オリンピック」が、人々の「期待成長率」を変える力を持つかどうかは、これから決まる対策の内容とその打ち出し方に懸っているといえよう。