日本の新経済成長戦略:アジア経済連携をテコに(H22.4.21)
―「平和と安全を考えるエコノミストの会」の提言要旨



 鈴木淑夫がメンバーとして参加している「平和と安全を考えるエコノミストの会(Economists for Peace and Security:EPS)は、4月21日(水)に上記標題の政策提言を発表した。この提言は、菅直人副総理兼財務大臣兼経済財務政策大臣に提出される。
 以下は提言の要旨である。


 世界金融危機が終息の兆しを示す中で、新興アジアのダイナミズムが再び世界の注目を浴びつつある。米国、欧州を中心にした先進国経済は、世界的な金融・経済危機から脱しつつあるものの、安定的かつ維持可能な成長経済に復帰するにはまだかなりの時間がかかるものとみられる。とくに欧米諸国は、金融システムの再構築に課題を残しており、国内の過剰消費体質の修正が必要なため、持続的なかたちで旺盛な需要を回復できるとは思われない。その一方で、中国、インド、ASEANをはじめとする新興アジア経済が着実な成長経路への回復を始めており、中産階層の台頭も著しい。日本政府はこうした世界経済の構造的な変化をしっかりと受け止め、日本経済を活性化させるための新経済成長戦略を構築する必要がある。
 民間のエコノミストや大学教授、ジャーナリストらでつくる「平和と安全を考えるエコノミストの会」(EPS)は、外部から専門家を招いて討議した1年半の成果に基づいて、「日本の新経済成長戦略:アジア経済連携をテコに」を提言することにした。
 この提言の最大のポイントは、日本は、欧米(とりわけ米国)頼みでない自立的な経済成長戦略をたてる必要があり、その場合、今や世界経済の成長センターとなっている新興アジアとの経済連携を一段と深め、その成長ポテンシャルを積極的に取り込むことを新成長戦略の基軸に置くべきだという点だ。つまり、日本は自らの市場と資源だけで成長を取り戻そうとするのではなく、アジア全体を自らの市場ととらえて、新興アジア経済の成長に積極的に協力し、それをテコに日本経済を立て直していくという発想である。それは、日本経済を、新興アジア経済の成長に寄与することによって自らも成長できるものに転換していかなくてはならないということを意味する。
 日本は、新興アジアと包括的・地域的な経済連携協定を結んで国際分業体制をさらに効率化させていくとともに、アジア広域インフラを構築して日本と新興アジアを繋ぎ、環境に優しい低炭素型の共同市場をつくり出し、成長の成果が多くの人々に行き渡るよう社会包摂的な成長を支援し、域内の通貨・金融市場が安定するよう努めていくべきだ。具体的なアジア経済連携策としては以下の点を挙げたい:
• 東アジア広域的な経済連携協定(EPA)の締結
  -日中韓のEPAを結び、ASEAN+6をめざしたEPA つくり
  -投資・サービスの自由化、基準・ルール・規制の標準化、知的財産権保護
  -日本は農水産品、看護・介護労働の市場開放を
• シームレス・アジアをめざす広域インフラ構築支援
  -日本経済を新興アジアの経済・産業圏とインフラで接続
  -官民一体の「日本連合」でトータルなインフラシステム構築の支援態勢整備
  -アジア・インフラファンドを通じて日本の貯蓄を動員
• アジア版グリーン・ニューディールの推進
  -アジア全域を「緑のアジア」、「環境にやさしい市場」に
  -アジアの「緑の産業」の発展を支援 
  -日本は環境・省エネ・低炭素技術の移転を促進
• アジアの社会保護制度強化の支援
  -公正かつ安定した社会実現のための社会保護制度(医療・保健・教育等)の構築支援
  -将来の高齢化対応型の先進モデルを日本自身が制度設計
  -日本は医療技術・サービスを提供(メディカル・ツーリズム)
• 金融・通貨協力の促進
  -東京を国際金融センターに育て、新興アジアへの投資・金融仲介促進
  -アジアの金融安定確保:チェンマイ・イニシャチブのマルチ化をAMFつくりに
  -域内為替レート協調の促進(ACUの導入)
 日本が新興アジア経済の成長に寄与しそこから利益を得ていくためには、以下の5点が重要だ。①日本の企業が新興アジアへの輸出拡大に努めるだけでなく現地市場にさらに進出すること、②環境・省エネなど低炭素技術やインフラ構築技術をトータルシステムとして提供できる「日本連合」の態勢を整えること、③東京金融センターを仲介に日本の家計部門や機関投資家が豊富な貯蓄・資金を新興アジアに積極的に投資できる環境を整えること、④新興アジアの社会面・環境面での持続的発展を支援すること、⑤新興アジアから企業を受け入れ、優秀な人材を日本の経済活動の中に取り込んでいくこと。その際、日本の企業としては、これまで得意としてきた「高付加価値」戦略を追求するとともに、いわゆる「ボリュームゾーン」戦略をとっていくことも必要になり、多面的かつ柔軟な対応が迫られる。新興アジアの需要が今後は高品質のものにシフトしていくことが考えられるものの、早い段階で新興アジア市場に進出し、中・低価格製品でも消費者を取り込んで製品・サービスのブランド名を打ち立てていく必要があるからだ。
 日本がアジア経済連携の「実」を上げていくためには、日本経済をさらに開放的なものにする一方で、国内で産業活性化と革新的な技術開発を促進させて、新興アジアの成長を支援できるビジネスモデルと国内態勢をつくり、経済連携の利益(輸出と海外投資収益)が内需や雇用に結びつくようにしていく必要がある。国内で行うべき政策としては大きく以下の四点が挙げられる。
 第一に、深刻化しつつある少子高齢化に対応する新たな制度設計が必要であり、国内で持続可能な社会保障制度を構築して「安心・安全社会」を確立していくことが重要な課題だ。とくに、政府が「基礎所得」制度を導入して最低所得を保証することですべての国民が最低限の生活を送れるようにすること、「家族政策」を強化して女性が働きながら子供を生み育て、老人の介護も行える環境を整えていくことが欠かせない。そのことが、個人消費などの内需を刺激することにもつながり、今回のような突発的な経済危機がおきても各個人は柔軟に対応していけよう。日本は、高齢化対応型かつ深刻な景気後退にも対応できる社会保障制度を強化して、アジアの範としていくべきだ。
 第二は、日本が国内経済活動全体の生産性を高めるとともに、社会の新たなニーズに応えるために新成長分野を開拓していく「供給サイド」の政策が必要だ。前者については、企業の国際競争力強化のために、研究開発投資の後押しをすると同時に、世界的にみて高水準の法人税を引き下げるなど日本での立地の魅力を強化することが重要だ。そうすることによって、企業が海外進出しても、技術開発の中核を日本に残し、そこで雇用と投資を増やしていくことができるからだ。
 後者については、①医療・看護、介護、幼保育などの社会保護関連部門でのサービスについて規制緩和を促し、それを産業化させることによって質の高いサービスを市場に提供していくことができ、雇用の拡大を図ることができる。同時に、新興アジアからの看護・介護労働を積極的に活用していくことが望ましい。②日本が低炭素型の社会に移行するための枠組みつくり(キャップ・アンド・トレード制や環境税・グリーン税制の導入)が欠かせず、こうした制度整備を行うことによって、先端的な環境・省エネ技術の開発を促すことができ、新興アジアと一体になって「緑の産業」を育てていくことができる。③農業部門で本格的な構造改革を進め農業の足腰を強化することにより、農産品市場の対外開放を可能にし、アジア広域的な経済連携協定の締結に進むことができる。懸案の戸別所得補償制度を農業自由化と結びつけ、かつやる気のある農家には積極的に経営拡大や効率化を促せるような仕組みが必要だ。
 第三に、国内経済活動を支えるために、マクロ経済の枠組みを健全なものにしていく必要がある。①政府債務問題から脱却するために中長期的な財政健全化の道筋をつくっていくべきだ。国民の政府財政に対する信頼を維持し、「安心・安全社会」をつくるには、財政健全化が欠かせず、政府の無駄を省くだけでなく、社会保障費負担の財源を確保する必要がある。日本の国民負担率はまだ低いことから、消費税を社会福祉目的税化してそれを引き上げていくこと、個人所得税の課税ベースを拡大させて広くうすく課税していくことが必要になる。所得の捕捉と社会保障制度を結びつけるために、納税と社会保障制度に共通番号制を導入していくことも必要だ。②現行の物価デフレから脱却することが重要で、政府と日銀による政策協調が欠かせない。とりわけ日銀は、物価指数の上振れバイアスを考慮し、1-3%のインフレ実現を意識した政策運営を行い、市場とのコミュニケーションを改善していくべきだ。③財政健全化の具体策の実行は、日本経済の本格回復を待って行うべきであり、財政面での「出口政策」のタイミングを間違えないよう注意深い政策選択を行うことが重要になる。
 最後に、以上の成長戦略を具体化させて実行に移すために、首相を議長とし、主要閣僚(国家戦略局、財務、経済財政、経済産業、金融等)、日銀総裁、学識経験者等をメンバーとする「経済成長戦略会議」を設置して経済司令塔とし、総合的な視点から、成長戦略プログラムを経済政策の一環として策定・実施していくことを提言したい。