小泉内閣以来の「構造改革」と日本経済の不振
―本年第3回「昼食勉強会」における鈴木淑夫のプレゼンテーション
(H20.7.15)

【小泉内閣発足以降日本の1人当たり名目GDPの国際的順位は急落】
 日本の1人当たり名目GDPは、2000年にはOECD加盟国中第3位であったが、小泉内閣が発足した01年以降順位は急落し、直近の06年には第18位まで落ちてしまった(図表1、2)。
 このような日本経済の不振と、小泉内閣以来の「構造改革」はどのような関係にあるのであろうか。




【05年以来の日本経済は需要超過傾向なので低成長の原因は供給サイドにある】
 1人当たり名目GDPの順位低下の第一の原因は、日本の実質成長率の低さである。94年以来、日本は米国はもとより、OECD加盟国の平均成長率をも下回り続けている(図表3)。
 これは需要の伸びが低かったからであろうか。小泉内閣が発足した01年以降の日本経済を見ると、05年頃からは設備はフル稼動となり、雇用人員は不足気味となり、マクロの需給ギャップも需要超過に変っている(図表4)。実質成長率は需要が不足したために低くなったのではない。供給サイドの潜在成長率が低かったのである。





【小泉内閣の「構造改革」とは】
 供給サイドを改善するために、小泉内閣はどのような「構造改革」を実施したのであろうか。@歳出を効率化するために公共投資を削減し、A04年度年金改革などの社会保障制度改革で国民の安心、安全を目指し、B不良債権の早期処理で金融システムを安定化させ、C道路公団と郵政の民営化を進めた。
 これらの「構造改革」の結果、「官」の非効率な経済活動分野が縮小して、その分「民」の効率的な経済活動分野が拡大したのであれば(いわゆるcrowding in)、国内民間部門の供給サイドが改善され、経済全体の潜在成長率は高まった筈である。

【「構造改革」は国内民間部門の供給サイドを改善しなかった】
 しかし結果を見ると、03〜06年度の2%台成長はもっぱら輸出と輸出関連設備投資の伸びによるものであり、家計消費は停滞し、住宅投資は減少している(図表5)。
 また輸出に潤う企業部門の利益拡大と、家計部門の所得伸び悩みという形で、両者の格差が拡大している(図表6)。
 「構造改革」が、国内民間部門の供給サイドを改善した跡は、どこにも見当たらない。





【デフレは04年度までに終わっている】
 小泉・安倍・福田内閣は、今年の初め頃までデフレを警戒していたが、05年から日本経済は需要超過に転じており、(前掲図表4)、企業部門の総産出価格である総需要デフレーターは05年から上昇している(図表7)。
 ただ、グローバル化に伴う内外価格差の縮小で(図表8)、消費デフレーターの下落と投資デフレーター・輸出デフレーターの上昇という価格体系の変化が進んでいた(図表7)。また、世界のエネルギー・資源・食料価格の上昇に伴い、輸入デフレーターの上昇と国内需要デフレーターの安定という交易条件の悪化が進行し、それがGDPデフレーターの持続的下落を招いていた(図表7)。







【長過ぎる超低金利と円安の行き過ぎ】
 政府は、このような価格体系の変化に伴う消費デフレーターとGDPデフレーターの下落をデフレの持続と見誤り、日本銀行に対して、量的緩和政策・ゼロ金利政策の継続を働きかけてきた。
 日本銀行が量的緩和政策を中止し、政策誘導金利をゼロから0.25%に引き上げたのは、06年7月になってからであり、デフレ収束から1年半を経過していた。その後07年2月には更に0.5%に引き上げたが、同年7月のサブプライムローン問題の発生により、これ以上の金利水準正常化の機会を失し、今日に至っている。
 この長過ぎる超低金利が大きな原因となって、日本円の実質実効レートは大幅な円安となっている(図表9)。



【家計部門は低金利、円安、物価上昇の三重苦】
 超低金利と円安は、更に分配上、家計部門に不利、企業部門・政府部門に有利である。その上、今年に入って、資源・エネルギー・食料価格の急騰に伴う輸入デフレーターの上昇が、投資デフレーターと輸出デフレーターの上昇にとどまらず、消費デフレーターの上昇にまで波及してきた。直近の5月の全国消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率は1.5%に達した。短期金利はかなりマイナスとなり、預貯金の目減りが始まっている。
 超低金利、円安、物価上昇は、分配上、いずれも家計部門に不利、企業部門・政府部門に有利に働き、両者の所得格差は更に拡大している。これが国内需要の停滞を招き、本年度の成長率低下は必至となっている(図表10)。


【異常に低い金利は日本経済の供給サイドを劣化させる】
 03〜06年度と4年間続いた2%台成長は07年度に止まったが、08年度は更に成長率が低下するであろう。国内民間部門の供給サイドを活性化する真の「構造改革」を実施せず、もっぱら超低金利と円安で輸出に依存する成長を続けて来た小泉内閣以来の日本経済は、サブプライムローン問題の発生に伴う世界経済の動揺に直面して輸出の展望が悪化し、行き場を失った感がある。
 現在、日本の金利水準は、成長率や企業のROAなど実体経済に比べて異常に低いが(図表11)、これが効率の悪い投資や交易条件の悪化を招き、日本経済の供給サイドをますます劣化させるリスクが高まっている。

(注)詳細は鈴木淑夫『円と日本経済の実力』(岩波ブックレット)を参照されたい。