経済学の教科書にあるように、その行き着く先は、家計と地方経済への圧迫、資金の海外流出、そして円安です。輸出がメインの企業は円安の恩恵を受けるので、長年にわたる円安は、企業と家計の間に大きな格差を生みました。すなわち、企業収益が2000年以降も伸びる一方で、勤労者所得は2004年まで下がり続けたのです。また、超低金利も家計にとってはマイナスです。事業拡大のために借金を負っている企業と違い、一般家庭では借金より金融資産の方が1,150兆円も多いので、企業と家庭の格差は超低金利政策によってますます広がりました。
 こうして、内需関連は全く元気がない一方で輸出だけは絶好調という片肺飛行をずっと続けてきた日本は、外から「国内には何の楽しみもない」という目で見られています。サブプライムローンは証券化されてさまざまな金融商品に姿を変えているため、どこにどのくらい被害が出るのか簡単には分かりませんが、幸いなことに、日本の金融機関はこの手の商品にあまり手を出していません。それにもかかわらず、本家のアメリカより日本の株価が下落しているのは、日本経済が極端に輸出に偏って「海外に弱い経済」だからです。世界の人々はそんな日本経済の先行きに明るさを見出すことができず、その結果、日本の株価は他のどの市場より激しく下がり続けているわけです。
 では、日本が一人負け状態から脱するにはどうすればよいのでしょうか。これまでの政策を一変して、財政を緩和することで内需を拡大しようという意見もありますが、そのために赤字国債を発行して財政赤字を拡大するということは将来に問題を残します。私はこれ以上国民負担を増やすのはやめて、まずは財政を中立に戻すべきであると考えています。
 中央でやっていることを地方に任せ、官が行っていることを民間に任せれば、無駄が排除されて、十分財源を確保することができるはずです。そして、これによって家計と地方に元気が出てくれば、金利を通常の水準に戻すのです。サブプライムローン問題がある程度落ち着いて、最悪期を過ぎれば、恐らく白川新総裁は今の低すぎる金利の正常化に着手すると考えられます。これによって日本経済は内需と輸出のバランスがとれた正常な姿になり、円の相場も経済の実力相応に戻るでしょう。
 円安で得をするのは輸出企業だけで、内需企業と家計は損をするだけです。円高になったところで、日本の輸出企業は世界中に工場を展開しているので心配ありませんし、日本企業が作る機械類はレベルが高いので、いざとなれば価格に転嫁できるはずです。円高は交易条件を好転させて日本の潜在成長率を上昇させますから、日本経済の地位も上がると私は思っています。
 実は、白川新総裁は私にとっては孫弟子のような存在なのですが、非常に優秀であるばかりではなく、信頼に足る人物ですから、必ず立派な総裁になるだろうと期待しています。今回、日銀総裁の決定に際してはいろいろありましたが、とてもいい形で決着を迎えましたので、皆様もどうかご安心ください。
 さて、今回皆様に買っていただいた拙著『円と日本経済の実力』は、私の予想に反して1刷の1万部を売り切るところです。この岩波ブックレットというシリーズは、70ページ500円という手軽さが受けて、結構愛好家もいるようです。この本には今日お話し申し上げたことが詳しく書いてありますので、ご一読いただければ幸いです。

 今年に入ってもサブプライム問題の余波は止まることを知りませんが、そんな世界経済の中で、「日本売り」と言われる現象が目立っています。サブプライム問題の本家本元のアメリカの市場以上に日本の株が下落しているのはなぜなのでしょうか。
 この背景には、日本経済が抱える大きな問題があります。2000年には1人当たりの名目GDPがOECD加盟国の中で3位だった日本は、2006年には18位まで後退しました。80年代後半から2000年までは2〜3位を保っていましたが、その後は、日本だけが急落しています。その間、日本がとった政策は、緊縮財政と金融緩和でした。すなわち公共投資を13兆円減らして国民負担を8.2兆円増やすことで財政をぐっと引き締めながら、ゼロ金利政策によって経済を支えようとしたのです。
4月10日神田ロータリークラブでの卓話要旨

何故「日本売り」が起きるのか?(KANDA WEEKLY 神田週報 Vol.44 2008年4月24日号)