また、企業は人件費の高い高年層の正社員を早期退職させて、代わりに若い非正規雇用の請負社員、派遣社員、パートタイマー、契約社員を増やしています。これらの人々は賃金単価が低いうえに、会社として社会保険料の負担がなくなるので、人件費の総額はずっと減り続けています。だからといって、大企業に対してもっと日本経済のことを考えろと説教しても始まりません。格差問題として国会で取り上げられるようになってからは、非正規雇用の社員と正規社員の格差をなくすための議論が行われていますが、それが有効な法律として成立するかどうかは微妙なところです。
今後については、エコノミストの間でも二つの見方があります。すなわち、「いくら何でもダムに水がたくさんたまれば流してくるだろう」という楽観的なダム論と、「企業が簡単に正規雇用を増やすことはなく、ベースアップもしないだろうから、消費が経済を引っ張っていくことにはならないだろう」という悲観論ですが、大企業の経営者と話すと、あんな思いは二度とごめんだと思っておられるのがよく分かります。
また、配当増加や株価上昇の資産効果によって個人消費が拡大するルートもあり、実は2月まではこれに期待していた部分があったのですが、上海市場の株価が崩れたのをきっかけに、株式相場は大きく下がってしまいました。上海は国際投資家が入ることができない非常に閉鎖的でいい加減な市場ですから、問題にする必要はないのですが、その前にインドで2度めの株価暴落が起こっていたために、何かあるのではないかと思ってしまったのでしょう、まず欧州の市場が下がり、次に米国の市場が下がって、東京市場も5日間に日経平均で1600円ほど下がってしまいました。
今回の暴落をアジア発の初めての世界同時株安と言う人がいますが、私はこれは主因ではなく、きっかけにすぎないと思っています。恐らく背景には直前の日欧米の市場が歴史的な高水準にまで上がっていることによる高所恐怖症のような不安があったのでしょう。
しかし、日本に限って言えば、これによってもっと深刻なことが起こる可能性が出てきました。円キャリートレードによる影響です。ゼロ金利政策によって、日本では昨年までほとんどゼロ金利で短期資金が調達できましたので、日本で調達した資金をよそで運用すれば楽に儲けることができました。その結果、円安がどんどん進んだのですが、今回、株が下がると損が出るので、慌てて株を売って外貨に替え、それで円を買って借金を返すという円キャリートレードの逆転現象が一時的に起こったのです。そうなると、円安バブルの破裂と世界同時株安が同時に起きることになりますので、もしこのまま進んでしまうと、日本経済は新しい不安材料を抱えることになると思われます。
現在の景気回復は、ついに戦後最長のいざなぎ景気を抜いたと言われています。政府の定義では2002年2月から回復が始まったそうですから、62か月続いていることになるのですが、多くの皆さんはあまり景気回復を実感しておられないのではないでしょうか。その最大の原因として、スピードが遅いことと並んで、格差の問題があります。大企業と消費者としての個人の間に大きな格差が生じているのです。
日銀の短観によれば、大企業の売上高経常利益率はバブル期のピークを抜いているというのですから、驚いてしまいます。しかし、中堅・中小企業はそうではありませんし、ましてや勤労者の所得はここ2年わずかに上向いてきたものの、2000年ごろからずっと下がった状態です。通常、大企業は収益が増えると雇用を増やして賃金を上げますから、1〜2年のタイムラグで勤労者にも恩恵が及び、消費支出が増えるのですが、今回はその動きが止まっています。バブル崩壊後、大企業は過剰設備、過剰雇用、過剰債務の三つを解決するために四苦八苦してきましたから、少しぐらいもうかってもベースアップはしたくないのです。
3月8日神田ロータリークラブでの卓話要旨
2007年日本経済の展望(KANDA WEEKLY 神田週報 Vol.43 2007年3月28日号)