小泉政権の政策を総括する ─ 平成18年第3回昼食勉強会の模様(H18.7.17)


   平成18年7月14日(水)正午から午後2時過ぎ迄、鈴木政経フォーラムの平成18年第3回昼食勉強会が学士会館で開催された。“小泉政権の政策を総括する”をテーマに、藤井裕久元民主党代表代行をゲストに迎え、鈴木淑夫との間で対談が行われた。
   以下は、そこで交わされた議論の要約である。

【小泉首相の政治スタイルはアジテーター政治】
   「小泉首相はヒットラーのようだ」と言われることがある。これはヒットラーのように独裁者であるという意味で言っているのであれば間違いである。ヒットラーのようにアジテーターであるという意味で言うのなら正しい。
   小泉首相の政治スタイルは、一見、従来の与党主導、官僚主導とは異なる首相主導のように見えるが、それは政策を打出す時のワン・フレーズ、アジテーションが小泉首相の独壇場だというだけで、その政策を詰める段階では、与党と官僚に丸投げして来た。「道路民営化」「郵政民営化」「経済改革特区」「三身一体改革」「歳入歳出一体改革」などのフレーズは小泉首相が絶叫し、あたかも首相リード型で行っているような錯覚を国民の間に作り出すのは実に巧い。しかし、族議員と官僚が決定する仕組みはそのままにして丸投げするので、政官業癒着の政策は少しも変っていない。

【国民に考える機会を与えないワンフレーズ・ポリティックス】
   しかし、このワンフレーズ・ポリティックス、アジテーター政治は、その内容がはっきりしないままに国民の人気を博し、国民の思考を停止してしまう。国民に物を考える機会を与えない。将にヒットラーがやった事であり、小泉首相が前回の郵政解散で行ったマジックである。
   これと正反対の政治スタイルが、フランクリン・ルーズベルトの行った「炉辺談話」だ。大統領が炉辺に座り、同じく炉辺に座る国民にラジオを通じて語りかける。これはアジ演説ではなく、静かに語りかけて国民に一緒に考えてもらう政治スタイルである。これが本来の民主主義の姿である。
   小泉首相は、これとは正反対の政治スタイルをとって来た。

【小泉政権下の大不況と金融恐慌の危機】
   小泉政権発足直後の01年から02年初めにかけて、鉱工業生産は急落し、GDPはマイナス成長を続けた。完全失業率は03年1月に5.5%のピークに達し、勤労者の所得(雇用者報酬)は04年1〜3月期まで減り続けた。株価は03年4月に日経平均で7607円まで落込み、金融恐慌前夜の様相を呈した。
   小泉政権の公共投資削減政策と不良債権処理最優先の政策が日本経済をここ迄追い詰めたのである。しかし、ここで竹中金融行政が豹変する。債務超過に陥った「りそな銀行」を潰さず、公的資金を大量に投入して救ったのである。この“too big to fail”政策(大き過ぎて潰せない)を見て、外資は金融システムの破綻はないと判断し、日本市場に戻って来た。株価は急回復し、03年春の金融恐慌は直前で回避された。





【ようやく手にした経済の回復と残された負の遺産】
  幸運にも小泉政権は、米国と中国の急成長に伴い、02/Uから04/T迄の2年間、輸出主導型の緩やかな成長に恵まれる。しかしこの輸出が頭打ちとなった04/U〜Wの3四半期には成長が失速し、再びマイナス成長に陥る。


  その後、05/Tから内需主導の本格的成長が始まり、雇用と賃金は緩やかに回復し始め、企業収益率はバブル期のピークを抜くに至る。
  しかしその陰には、勝ち組企業と負け組企業の間、中央と地方の間、企業部門と家計部門の間、正規雇用と非正規雇用の間、国民の所得分布などに大きな格差が発生し、負の遺産として残された。
  そして、政府の赤字は拡大し、累積した結果、政府債務残高の対GDP比率が異常な水準に迄上昇し、待ったなしの財政再建という最大の負の遺産が残った。
  この負の遺産があるために、企業の売上高経常利益率がバブル期を抜いているにも拘らず、株価が日経平均で15千円程度から上に上がれないのである。



【不良債権処理政策の功罪】
  05/Tからの内需主導型回復に、小泉政権の政策はどれだけ寄与したのであろうか。この回復は、バブル崩壊後に表面化した設備、雇用、債務の「三つの過剰」が、10年以上に及ぶ企業の血の出るような努力によって遂に解消し、設備投資と民間消費(背後に雇用と賃金)が回復し始めたことによって起こった。



  この「三つの過剰」解消に、小泉政策はどう絡んでいたのか。企業の合併・分割を容易にするために、与野党一致して行った商法と法人税法の改正は、小泉政権の固有の政策ではない。
  小泉政策が「三つの過剰」解消に積極的に絡んだのは、不良債権処理の促進政策である。金融庁が隠された不良債権を再検査であぶり出し、厳しい処理を強制し、その結果債務超過に陥った金融機関を整理して行った。当然多くの取引先中小企業も整理回収機構送りとなり、倒れた。
  これは古典派的な「しごき」政策であり、その結果強い企業と金融機関だけが生き残り、日本経済の自律的回復の原動力となった。
  しかし、倒れなくて済んだかも知れない中小企業や中小金融機関を潰し、反面りそな銀行のような大銀行と取引先大企業には甘いという不公平な政策でもあった。これが経済の落込みを大きくし、格差を大きくしたことは否めない。

【掛け声ばかりで本質の変らない構造改革】
  この負の遺産の処理については後にまた触れることとして、次に構造改革に進もう。
  この分野で、小泉首相のワンフレーズ・ポリティックス、アジテーター政治がフルに発揮された。
  道路関係4公団の民営化、郵政民営化、その他特殊法人、公益法人の整理・民営化は、小泉首相が派手に叫んで始まったが、実効はどうであったか。
  道路公団は民営化しても、高速道路は予定通り全部建設される。郵政公社は民営化されても、巨大な銀行・保険・郵便の3会社が民業を圧迫する構図には何の変化もない。総てはこれからだ。特殊法人、公益法人などの改革も、合併や独立行政法人への看板の掛け替えが殆どで、官僚OBの天下り先はしっかり確保されている。廃止してその仕事を民間に開放した例は聞かない。
  規制改革は、全国規模の規制緩和、撤廃には見るべきものはなく、経済改革特区の創設も所管官庁が承諾したものに限られるので、要望の1割にも満たない。
  地方分権は、「三身一体改革」というワンフレーズばかりが踊り、実態は、中央が地方の行政を資金面からコントロールするシステムはそのままで、ただ補助金、地方交付税、税源の削減が行われている。
  国民が最も期待している年金、医療、介護の改革は、システムを改革せず、ただ保険料や患者負担を増やす辻褄合わせに終止して来た。

【歴代総理の中で政府債務を一番増やした男
  構造改革の最大の課題は、小泉政権下で待ったなしの水準まで膨らんだ政府債務の処理である。この「財政再建」については、5年間の政権担当中に組織的には手を着けず、ポスト小泉に「歳入歳出一体改革」というワンフレーズと共に先送りしてしまった。
  小泉首相は、公共投資を毎年削減した、最後の06年度には「公債発行30兆円以内」の公約を遂に実現した、などとアジテーションを行い、あたかも財政再建に寄与したかのような錯覚を国民に植え付けようとしている。
  しかし実態は、小泉政権下で、政府債務残高は538兆円(01年3月末)から827兆円(06年3月末)へ289兆円も増加した。これは日本の歴代総理の中で、一番多く政府債務を増やした記録である。また政府債務残高の対GDP比率は、01年3月末の107.1%から06年3月末の163.7%へ急上昇した。これは、OECD加盟国中抜きん出で高く、加盟国平均(78.1%)の倍以上である。
  日本は、小泉首相が残したこの「ツケ」に、今後当分の間苦しみ続けるであろう。ワンフレーズの言葉ではなく、官から民へ仕事を移す本当のシステム改革で歳出を削減し、「小さな効率的な政府」に変えない限り、この政府債務残高対GDP比率を引下げることは出来ない(このHPの<講演・論文>雑誌・BANNCO“財政再建の「狼と少年」”H18.7.3参照)。

【ブッシュ大統領一辺倒の外交、防衛は危険】
  最後に小泉政権の外交、防衛政策を考えよう。小泉首相は、「アメリカとうまくやりさえすれば日中も対アジアもうまく行く」と広言し、ブッシュ大統領一辺倒の外交、防衛政策を展開し、中韓とこじれ、北鮮と事を構えている。しかしこの外交、防衛戦略は、二つの点で間違っている。
  第1、かつて松方正義は「日中友好なくしてアジアの平和なし、アジアの平和なくして日本の安全なし」と言ったが、至言である。アメリカとさえ仲良くしていれば、アジア諸国は皆追いて来るという考えは、あまりにも中国無視で、バランスを欠いた考え方である。
  第2、アメリカと仲良くするのは大切だとしても、今の大統領だけがアメリカではない。アメリカにはいろいろな考え方の人が居る。今の大統領とだけ仲良くするのは、かえって長い目で見た日米関係を悪くする恐れもないとは言えない。

【小泉首相の靖国参拝は日本人の歴史観に照らして許せない】
  靖国問題は、政治家特に小泉首相が、正しい歴史観を持っていれば起り得なかった。
  日本が中国その他のアジア諸国を侵略し、太平洋戦争に突入したのは、誰が悪かったのか、誰の責任か、煽ったのは誰か。「一億総ざんげ」と言った人が居るが、国民の多くは犠牲者である。
  国民を煽った一つの勢力が、国家神道の総本山、靖国神社である。戦後一宗教法人に変ったとは言え、遊就館ではあの戦争は正しかったと主張し続けている。だからA級戦犯も、靖国神社の意志で合祀したのである。そのような神社に、現職の総理大臣が行くことは、第2次世界大戦を間違いだと考えている国民の歴史観に照らして、到底容認出来ない。
  中国や韓国が批判するからではなく、日本国民の歴史観に基づき、小泉首相の靖国参拝は批判するべきである。

【北朝鮮に対する単独制裁は効果がないうえ危険】
  北朝鮮問題は、いま危険な方向へ動いている。小泉政権は単独制裁に踏み出したが、あくまでも国連の場で、協調して北鮮に圧力をかけるべきである。
  単独制裁では、効果が極めて限定的である。日朝の貿易経済関係は、中朝、韓朝に比べれば極めて少ない。その上、国際協調が出来ていなければ、日朝がストップしている間に中国と韓国が漁夫の利を得るだけである。
  第二に、単独制裁では北鮮の無謀な武力行使を誘発し兼ねない。
  国際協調の場で、もっと中国を活用しなければ、北鮮に対する有効な圧力とはなり得ない。ここでも小泉首相は、アメリカとさえ仲良くしていれば他国は追いて来るという危険な考え方を取っている。
  現実には、アメリカは中東情勢に追われ、北鮮問題は二の次である。危険極まりない日本の外交防衛政策と言わざるを得ない。

【ポスト小泉に残された三つの重荷と政権交替の予感】
  以上を総括すると、ポスト小泉には少なくとも三つの大きな重荷が残されたと言える。@日本の経済社会に発生した格差、A待ったなしの財政再建、B外交、防衛政策の立直し。
  @弱者切り捨ての「しごき政策」によって強者だけを残し、効率を追求してきた基本戦略を転換してセイフティー・ネットの強化に重点を移せば、高目の成長は難しくなる。A成長が持続しなければ税収が伸びず、財政再建のためにはより大きな歳出削減と増税が必要になる。それが成長を一層抑制して税収を落とし、悪循環に陥る。B今年の中間選挙後ブッシュ大統領がレイムダックとなれば、ブッシュ頼りの日米同盟最優先の外交、防衛政策は危うくなる。
  これらは野党の格好の攻撃目標になる。そうだからと言って、ポスト小泉が@格差を放置し、A財政再建を先送りすれば、これもまた攻撃される。消費税引上げは2008年以降避けられないとすれば、参院選後の総選挙の争点になることは間違いない。
  誰がポスト小泉になっても、これだけの重荷を背負って小沢民主党と戦えるのか。民主党がポカをしない限り政権交替は現実のシナリオになって来るのではないか。