新年の景気と私達のくらし
─荻窪区民センターにおける講演─
1月22日(土)午後2時から4時まで、杉並区の荻窪地域区民センターにおいて、荻窪地域集会施設運営協議会主催の「区民センターカレッジ」が開かれ、「新年の景気と私達のくらし」という演題で講演した。山田杉並区長夫人や杉並区議などを含む区民が多数参加し、会場はほぼ満席となった。
以下は、その際に使った講演のレジュメと図表、および講演の後の質疑応答の要旨である。
新年の景気と私達のくらし
─レジュメ─
元 日本銀行 理事
元 野村総合研究所 理事長
鈴木 淑夫(経済学博士)
1. 昨年の景気 ─ 中頃迄急回復のあと足踏み(図1、2)
(1) 急回復の特色
イ. 米国と中国の景気に引張られて輸出が伸びた(図2)
ロ. 企業は3年連続増益、個人は4年連続減収(図3)
ハ. 輸出企業が設備投資を増やした(図2)
ニ. 個人は貯蓄率を下げて消費を増やした(図2、4)
ホ. 公共投資は減り続けた(図2)
ヘ. 大企業、製造業、大都市経済は好調。中小企業、非製造業、地方経済は不調
(2) 何故景気の足踏みが始まったか
イ. 米国と中国の景気減速で輸出が鈍った(図2)
ロ. 設備投資と住宅投資の先行きに鈍化の兆
ハ. デジタル家電のIT部品の在庫が世界的に過剰で生産調整(図1)
2. 新年の景気 ─ 上期停滞のあと下期再上昇か景気後退かの分かれ目にいる
(1) 不安材料
イ. 米国と中国の成長減速は必至、輸出に悪影響
ロ. 輸出企業の設備投資は峠を越える、住宅投資は優遇税制期限切れで減少へ
ハ. IT部品の在庫減らしの生産調整がしばらく続く
ニ. 定率減税打切り、社会保険料・雇用保険料引上げ、年金給付引下げ
(2) 好材料
イ. 米国と中国は減速しても成長は続く
ロ. 大企業製造業はバブル期を上回る高収益率
ハ. 不良債権の処理が進み金融不安はなくなった
ニ. IT部品の調整は本年後半には終わる
(3) 景気を左右する条件
イ. 企業は高収益を雇用増加、賃金引上げに振り向けるか(図3)
ロ. 個人は貯蓄を減らして消費を増やし続けるのか(図4)
ハ. 増税や社会保障負担はどの程度になるか
3. 私達のくらし
(1) 年金の抜本的改革はまだ先、自主的蓄えの心構えが必要
(2) 消費税引上げの方が、社会保険料引上げ・給付引下げよりも公平
(3) 消費者物価のデフレは続き今年中の金利引上げはない
(4) 本年4月にはペイオフ解禁、1行1千万円以下又は決済預金へ
(5) 米ドル建投資には注意が必要(円高になっても大丈夫か)
(6) 郵便局は民営化しても不便にはならない
質疑応答の要旨
[問]
日本の国債発行が多額になり、今後は海外でも発行しないと消化しきれないが、大きな赤字の日本政府の国債などは海外で売れないだろうという説を新聞で見たが、本当か?
[答]
日本政府の負債は日本国民からの借金であり、海外からの借金はない。日本は逆に世界最大の債権国(金貸し国)である。このため、日本円は米ドルやアジア諸国の通貨に対して値上り傾向にある。海外から見て、日本の国債は金持ち国の債務である上、金利は安くても円高の利益があるので、魅力がないことはない。現に日本の株式に対して、海外投資家の買入超過が続いている。
[問]
国債残高が700兆円もあるのだから、財政再建は待ったなしで、増税は必至ではないのか?
[答]
国の財政と企業・家計の財政は違う。企業・家計であれば、赤字を減らすためには、支出を切りつめ、うんと働いて収入を増やさなければならない。しかし国の財政の場合は、支出を削減し、増税で収入を増やそうとすると景気が悪くなり、税収が減ってかえって赤字が増える。
1997年度予算で、橋本総理は財政赤字を減らすため、7兆円の増税、2兆円の医療費国民負担の増加、4兆円の公共投資削減、合計13兆円の国民負担増加・財政赤字削減を図った。この時も橋本総理は「財政再建は待ったなしだ」と言った。私は当時衆議院予算委員会で「こんな事をしたら逆に財政赤字は拡大する」と批判したが、その通りになった。
図表2のように、日本経済は97〜99年の3年間マイナス成長に陥った。その結果、税収は増えるどころか、この3年間に4.8兆円減少し、財政赤字は15.1兆円増加し、国債発行額は15.8兆円増加して37.5兆円に達した。これが現在まで続く年間36〜37兆円の国債発行の始まりである。
財政再建は大切だが、急ぎ過ぎるとこのように逆効果になる。5〜10年位かけて行政改革を進め、小さな中央政府にする過程で着実に歳出を削減する一方、確り景気を立直して税収を正常化するのが財政再建の王道である。定率減税の廃止などの増税路線を進めて経済が回復しなくなれば、元も子も無い。