日中経済関係の拡大と今後の課題 (H16.11.8)

─ 日中平和懇談会経済セッションにおける冒頭発言原稿 ─

   李貴鮮氏(中国人民政治協商会議副主席、中国国際交流協会会長)を代表とする中国国際交流協会の訪日団が日本を訪れ、11月5日(金)、6日(土)の2日間、「日中平和懇談会」が開かれた。
   この懇談会は、1986年に故宇都宮徳馬氏(当時、参議院議員)が張香山氏(当時、中国国際交流協会副会長)らと話し合い、民間レベルで日中両国の政治家や知識人が率直に意見を交換する「アジアの平和・日中懇談会」として発足した。今回は通算12回目である。
   懇談会は三つのセッションに分かれ、私は経済のセッションの冒頭に、日本側を代表して問題提起を行った。
   以下は、その際の手元原稿である。


第3セッション<経済:日中両国と世界の経済 ─ Win-Winシステムの形成は>
─ 日本側発題 ─

経済学博士 鈴木淑夫


1.日中貿易の飛躍的拡大
   2000年以降今日まで、日中貿易は世界の他地域の貿易に較べて飛躍的に高い伸びを示している。最近5年間に、日本にとって中国向け輸出のシェアは2倍以上となって10%を超え、中国からの輸入のシェアは米国を上回って20%に達した。輸出入を合計した日中貿易の規模は、2004年には1500億ドルを突破するであろう。
   この貿易急拡大の原因は、日中双方にある。中国側では、第一に国内需要が急成長して日本からの輸入が増えている。先進国の企業は、始めは良質な安い労働力を求めて輸出志向型の工場を中国に建設したが、その動きが中国の所得水準の向上と消費拡大に寄与するに至り、新たに中国の国内需要志向型の直接投資が活発化し、それが更に中国の民間企業や国有企業の投資や政府のインフラ投資を誘発し、経済全体に投資リード型成長の好循環を生み出している。
   第二は2001年12月の中国のWTO正式加盟である。これに伴なう関税引下げ、輸入割当制廃止、内国民待遇が日本からの輸出を伸ばした。
   第三は、2000年以降、中国政府の市場開放政策が強化され、日本からの直接投資が再び促進されたことである。
   日中貿易急拡大の日本側の理由は、中国を安い労働力の基地や日本に脅威をもたらす安い製品の競争相手としてではなく、日本にとっての巨大市場、巨大生産基地、つまり相互補完的なWin-Winシステムのパートナーとして考え始めたことである。
   第二に日本は、そのような戦略の下で、世界をリードするデジタル家電などの新しいIT製品の生産基地を中国に求めている。日本からは電子部品、自動車部品、鉄鋼・化学などの素材、工作機械や建設機械などの輸出が増え、中国から日本へも電子機械などの部品や完成品の輸入が増えている。これは垂直貿易ではなく、重層的な相互依存貿易である。
   その結果、香港経由を含めた日中貿易収支の日本側赤字は、急速に均衡に向かいつつある。

2.挑戦すべき課題は何か
   以上のような日中貿易の拡大を持続し、日中両国経済、アジア経済、更には世界経済の発展に貢献するためには、今後、どのような課題に挑戦すべきであろうか。
   第一は、拡大のエンジンとも言うべき中国の投資リード型成長の中で、行き過ぎた投資競争、貸出競争が起って「重複投資」が発生すると、過剰設備と不良債権の圧力でアジア全体がデフレに陥る危険性がある。80年代後半の日本の失敗を反面教師として、中国には適切な財政、金融政策の運営をして頂きたい。
   第二は、不動産価格のバブルや石油など基礎資材の不足による値上りの危険性である。豊富な労働力の存在や沿岸と内陸の大きな所得格差から考えて、中国に全面的な賃金インフレが発生する危険性は考えにくいが、部分的なボトルネック・インフレは起りうる。上海など大都市の地価上昇と、中国の石油輸入急拡大を一因とする世界的な原油価格高騰が気懸りである。これらは国民の購買力と企業の採算を圧迫し、将来のデフレ要因となる。
   第三に、日中貿易に限らず、Win-Winの関係でアジアの域内貿易を発展させることは、アジア経済の自立性を高め、アジアが世界経済発展のリード役となるために大切である。アジアは、各国の発展段階、産業構造などの面で実に多様な地域であり、それだけに相互補完的な貿易と資本の取引を発展させる余地が大きい。
   アジアの潜在的な力を引出すには、効率的な資源の配分を図ることが大切で、そのために、市場メカニズムを強化すべきである。その意味で中国のWTO加盟は高く評価される。今後は更に、日本を含め、FTA(自由貿易協定)締結の努力が期待される。
   第四に「人民元レートの市場化」も中国とアジア経済の発展にとって大きな課題である。金利の自由化、資本市場の整備、資本勘定の自由化など順を踏んで自由変動相場制に進むことが期待される。当面はバスケット方式のクローリング・バンド制のような管理された変動相場制が考えられるのではないか。