景気の回復は持続するか (財団法人日本関税協会常務理事会-H16.4.27-講演記録『貿易と関税』2004年6月号収録)H16.6.3


─日本経済復活の条件─




   今日のテーマは「景気の回復は持続するか」ということで、日本経済が持続的な成長軌道に乗り、復活したといえるようになるための条件はいったい何だろうか、ということを考えてお話ししてみたいと思います。
   図1は鉱工業生産・出荷・在庫率の推移です。小泉政権が発足したのは二〇〇一年四月です。その後、生産、出荷ともに急落し、在庫率は急上昇し、不況であったわけです。しかし二〇〇二年になって、突然生産が急上昇しているのが五月です。その時に小泉政権は景気底入れ宣言を出しました。しかしながら、振り返ってみると、景気底入れ宣言を出した二〇〇二年五月から二〇〇三年八月まで、生産はおおむね横這いで、景気は回復してこず、出荷もほとんど横這いです。
   また、この間、株価は急落を続けました。図2は日経平均株価の推移です。小泉政権発足時の株価は、一万四〇〇〇円台だったわけですが、それ以後下落していき、二〇〇二年五月に景気底入れ宣言を発しました。この時いったん一万二〇〇〇円近くまで回復したのですが、景気底入れ宣言をしたにもかかわらず二〇〇三年四月まで株価はどんどん下がり、七六〇七円というバブル崩壊後の最安値を記録しました。また失業率も五・五%まで上昇し、あの景気底入れ宣言は完全に空振りしたといえます。
   図1の通り、あの時は在庫率が急激に下がりました。つまり在庫調整が終わって一時的に生産、出荷が少し増えただけの話で、最終需要の回復を伴わなかったため、実際のところは景気底入れではなく、ようやく下げ止まったという程度だったということです。
   その後、生産が再び急激に上昇したのが昨年九月で、それが今日まで上昇が続いています。出荷を見ても、これは昨年八月に急上昇し、その後上昇傾向が続いています。そういうわけで、今度こそは景気回復が本物だなという情勢になっているわけです。
   図3は実質GDPと、その主な項目の推移です。小泉政権が発足した二〇〇一年四月以降、ずっとマイナス成長が続き、GDPは落ちてきました。そして二〇〇二年四〜六月期からプラス成長になりますが、景気回復宣言、底入れ宣言の空振りを示しているのが二〇〇二年の第4四半期で、ここで再びマイナス成長になってしまい、連続プラス成長はここであっさり途切れてしまいます。
   そして二〇〇三年の初めから今日まで、4四半期連続でプラス成長が続いています。特に昨年の十〜十二月期では年率換算六・四%という高い成長をしました。鉱工業生産も上がり、GDPも六・四%成長しました。ようやく日本中が明るい気分になってきて、中にはこれでいよいよ十年以上続いたバブル崩壊後の長期停滞から日本経済は脱出できるかもしれない、日本経済は復活するかもしれない、といった期待を込めた声が上がっているというのが現状です。この景気回復が本当に持続するのかを以下に述べたいと思います。

▼失われた十年における二回の景気回復との比較
   図3を見れば分かるとおり、実は「失われた十年」と一口にいっても、その間にもプラス成長が続いた時期が二回ありました。一つは一九九五年の一〜三月期から、九六年、九七年の一〜三月期までで、これはなんと9四半期連続のプラス成長をしました。このときは、最初は景気刺激のために公共投資などが支えになっていたのですが、ご覧のように公共投資が一九九六年の中頃をピークに下がってきます。この景気刺激で民間の設備投資がバブル崩壊後、初めて立ち上がってきて、後半のプラス成長を支えるといった非常にいいかたちで景気回復が始まったのです。
   しかしながら、この9四半期連続プラス成長は止まってしまいます。ご記憶にあるかと思いますがあの橋本政権の一九九七年度の予算で、消費税を二%引き上げることで五兆円増税、所得減税の打ち切りで二兆円の増税、医療費の患者の自己負担の増加で二兆円、合わせて九兆円の国民負担増となりました。さらに公共事業費を三兆円削減し、これらを合わせて一二兆円という強烈なデフレ・インパクトが加わって、図3が示す通り、まず民間消費支出が急落し、比較的堅調であった設備投資も、一九九八年に入ると落ちてきて、長いマイナス成長の時期に突入したのです。
   その後、二〇〇〇年を中心として、6四半期連続プラス成長の時期があります。ところが、それが小泉政権発足と時を同じくして、マイナス成長期に入ってしまったのです。
   ですから、今ようやく景気が回復し始めた、プラス成長が続いているといって喜ぶのはいいのですが、そんなことはこの十年の停滞の間にも二回あったということです。今回は何か特別な要素があるのか、前の二回とはどこが違うのかといったことを、しっかりと分析しなければ、この景気回復は持続的成長につながるのだという確信はもてないのではないでしょうか。
   そこで前二回と今回を比較してみたいと思います。



   表1は前々回の9四半期連続のプラス成長期、前回の6四半期連続のプラス成長期、そして今回の二〇〇二年第2四半期から昨年の第4四半期までの7四半期の三つの局面を比較したものです。
   実質GDP上昇率の年率を比較してみると、三・四%、三・二%、三・二%ということで、あまりスピードは変わらず、今回が特に速いということではありません。昨年十〜十二月が六・四%という急成長だったものですから、なんとなく今回の景気回復が特別だと思っている人がいらっしゃるようですが、そのようなことはなく、あの六・四%を入れてやっと年率三・二%であり、前回、前々回並みの速さなのです。
   三つの成長局面ではっきりと違うのは、この成長の速さではなく、連続プラス成長を支えているのは何かということです。
   寄与率を見てみると、GDPを構成する民間消費、民間投資、財政支出、純輸出の四つのうち、何がこの間の成長に寄与しているかということが分かります。今回の特徴は、かなり明確です。まず財政支出ですが、小泉政権下で毎年、公共事業予算を切り込んできているので、寄与率は、前回、前々回ともにプラスだったのが今回はマイナス一〇%となっています。つまり公共投資が足を引っ張っている中でのプラス成長ということができます。これが第一の特徴です。
   第二の特徴は、今回のプラス成長に対する純輸出の寄与率で、二八%という高い数値を示しています。これは前回、前々回にはなかったことで、今回のプラス成長が輸出に支えられているということが鮮明となっています。
   第三の特徴は、民間投資の寄与率が五六%と高いということです。この中心はもちろん設備投資ですが、前回は六七%、前々回は三七%で、前回と今回は設備投資リード型という特徴が分かります。
   第四の特徴は、GDPの六割を占めている民間消費の寄与率が六割はおろか、二六%という低い数値になっているということです。
   これらのことを総括すると、今回のプラス成長は輸出と設備投資に支えられていて、個人消費はあまり寄与していなくて、公共投資はむしろマイナスということです。

(1)財政政策と金融政策の景気回復への寄与
   これらのことから、大いに期待したいと思う方は「今回は財政支出マイナスの中での回復であり、これは前回、前々回になかったことなので、いよいよ本物ではないか」とおっしゃるわけですが、私はこれについて、少し違った見方をしています。確かに公共投資はマイナスですが、財政の経済に対するインパクトは支出だけを見ていても分かりません。たとえば支出に関係なく減税をすれば、その分だけ財政赤字は拡大します。そういう形で経済にインパクトを与えるわけです。ですから支出側だけ見ていても分からないのです。
   では財政の収支尻を見たらどうかというと、小泉首相は政権をとってすぐに不良債権早期処理と財政再建の二つを打ち出しました。その財政再建のためには国債発行の上限を三〇兆円とし、それ以上は増やさないと言ったわけです。当時、予算は二八兆円で、増やす余地はあと二兆円しかないと言いました。そして財政赤字を減らすために公共事業は最初は一〇%切り、その後は三%、三%と切っているわけです。
   その結果として何が起きたかといえば、ご承知のように、先ほど示したような急激な景気後退が起きたのです。そして税収が大きく落ち込んだのです。公共事業を削減した以上に税収が落ち込んでしまったので、プラスマイナスすると、税収の落込みと公共事業削減の差額の分だけお金が足りなくなってしまいました。
   そこで二つ方法があります。一つは、お金が足りなくなったので、さらに財政支出を切り込もうということです。もう一つは、国債を増発しようということです。小泉首相は後者を選択し、そして二八兆円が三〇兆円を突破してどんどん増えていき、本年度の当初予算は三七兆円弱です。結局二八兆円から九兆円弱ほど国債発行を増やしたわけです。
   また、あまり新聞には書かれていませんが、本年度予算ではいわゆる隠れ借金が増えているのです。この隠れ借金とは特別会計で民間から借りたりして、特別会計から一般会計に金を貸してもらったり、一般会計から特別会計に返さなければならない期限が来ているものを延長したりといった操作をしているわけです。これが約四兆円あると私はみています。つまり、国債発行は、実勢でいえば四一兆円まできてしまっているのです。二八兆円から四一兆円まで一三兆円ほど国債発行を増やしていることになるのです。
   これは経済学ではビルトイン・スタビライザー効果、ビルトインつまり組み込まれたスタビライザー(景気安定化装置)、ビルトイン・スタビライザー効果といいます。つまり不況で税収が落ち込んだときに、その税収の落込み分だけ国債を増発して、いわば事後的な減税に追認するような話です。またビルトイン・スタビライザー効果を発揮しないようにするためには、それだけさらに歳出を切り込むわけですから、減額補正予算を出したら本当に大変な不況になってしまうでしょう。それをしないで、一三兆円のビルトイン・スタビライザーを小泉首相は政権中に、本年度を含めて使ったということです。
   これらのことから、今回の景気回復が、財政にいっさい頼らない本格的な回復だというのは実は誤った認識であり、一三兆円ものビルトイン・スタビライザー効果に支えられて、もっと悪くなるところが悪くならないで済んで、今回の回復が始まっているということを見逃してはならないと思います。
   金融政策についてですが、ご存知のように現在ゼロ金利政策をやっています。しかし、それでも更に緩和が必要だという声が強く、日本銀行は預金に三〇兆円から三五兆円ものお金を積んでいます。それで金利はゼロです。公定歩合であれすれば少しつきますが、コール市場に日本銀行が三〇兆円から三五兆円お金を積んでいるのですから、ゼロ金利でこれを借りて使ったらよさそうなものなのに、金融機関は使おうとしません。
   これでは金融政策はお手上げの状態です。昔、ケインズが例の『一般理論』の中で、それを「流動性のワナ(Liquidity Trap)」と呼びました。いくら量的に緩和してお金を積んでも、それ以上金利は下がらず、その安い金利でも、だれも借りないのです。そういう状態は投資の利子非弾力性の状態で、利子をいくら下げても、ゼロ金利だといっても投資が起きず、流動性のワナで、投資が利子に対して非弾力的な状態になってしまいました。ケインズが一九三六年に出した『一般理論』では世界恐慌のときの状況を念頭においていたのですが、現在の日本は教科書の世界でしか見たことがなかった、そういう状態が本当に起きてしまったという状況だと思います。
   しかし、それをつかまえて、「金融政策はこの景気回復に全然貢献していない、民間の力だけで回復している」というと、それは違うのではないかと思います。ゼロ金利政策というのは短期金利がゼロということですが、その下で国債の市場利回りは、一時は〇・五%くらいまで下がりました。今は一・五%少々です。〇・五%から一・五%くらいまで国債の市場利回りは下がっています。いま設備投資をしている企業は自分のお金でしているのです。儲けを中心としたキャッシュフロー、自己資金で設備投資をしています。だから金融政策は関係ないと思われるかもしれませんが、これは経済学的に見ると間違いです。
   もし企業が自己資金を設備投資に使わなければ市場で運用するでしょう。市場で国債を買えば〇・五%から一・五%、今なら一・五%で回るわけです。その資金を運用しないで設備投資に使ってしまったということは、一・五%の収入を放棄したということです。オポチュニティー・コストが一・五%かかっています。ですからゼロ金利政策というのは何も景気回復を手伝っていないというのは一面的な見方であって、〇・五%から一・五%という長期金利まで低く下げた、つまり投資に使われている自己資金のオポチュニティー・コスト、機会費用をそこまで下げた。そのことによって、やはり設備投資のコストを大きく下げ、これが投資回復に寄与しているということがいえると思います。
   もう一つ、これは金融政策というよりも広い意味で金融行政、いわゆるプルデンシャルポリシーに入るのですが、ご存知のように公的資金を注入して大手銀行の破綻を防いでいます。典型的なのは昨年、りそな銀行に公的資本を注入したことです。このことで海外では、日本の政府あるいは日本銀行は大銀行はつぶさない、"too big to fail policy"だと判断しました。大きなところをつぶすと影響が大きいので、大きなところは債務超過になっても何とか債務超過ではないようなことを言ってお金を注入して、つぶれないようにする。りそな銀行にそれを適用したと海外は解釈しました。
   それで安心して、昨年の四月を境に海外から大手の銀行株に資金が集まってきました。大手の銀行で株価が一〇〇円あるいは一〇〇円を切るくらいまで下がっているところがありました。普通の企業で一〇〇円を切るとそれは警戒警報で、そのような危ない株を買えないということになるのですが、そういう状態にあったところに海外からお金が入ってきて、銀行株はいっせいにセーフティーな範囲の水準に回復しました。これを中心にして株の回復が、あの七〇〇〇円台から今日まで始まったということなのです。
   いろいろなかたちで公的資金を使って不良債権を買い上げたり、あるいは不良債権処理をして自己資本が足りなくなった銀行に公的資本を注入したりして、大きな金融破綻を起こさないように今日までしてきているのです。大きな金融破綻が起きると、心理的な影響はもちろん、ペイオフを実施した場合には国民の皆さんの預金が一行元本一〇〇〇万円とその金利以外はとんでしまい、預金が減るという形の資産の減少が起きます。資産が減ると財産が減って消費が減退し、投資が落ちるという逆資産効果が出てきます。金融行政はそういう影響が出るのを防いだといえます。これも金融面の大きな景気の下支え効果であるといえるでしょう。
   以上、財政・金融政策に関係なく、自力で日本経済が立ち上がったという認識は、少し割り引かなければならないということです。積極的に寄与していないように見えても、陰で景気を支えているということです。

(2)輸出が支える景気回復
   今回の景気回復においては、純輸出の寄与率が二八%と高い数値を示しています。純輸出というのはGDP統計上の言葉で、輸出等から輸入等を引いた、経常収支の実質値くらいに考えていただければいいと思いますが、この成長寄与率が非常に高いということです。これは少なくとも二つの大きな条件に支えられて伸びています。
   一つは、中国とアメリカの好況です。特に中国は二〇〇八年のオリンピック、二〇一〇年の万博に向けて国内は大変な建設ブームです。中国はまだ底の浅い経済なのでたちまち基礎資材が足りなくなってきています。組立加工産業に比べてやや斜陽気味であった日本の素材産業、鉄鋼、非鉄、化学などが中国に向かって輸出を伸ばし始めて、いま息をついている状況です。
   米国は今年が大統領選挙ということもあって、昨年に大型減税をしました。昨年の七月から今年の六月くらいまで効果があるだろうと思いますが、この大型減税に支えられているということと、イラク戦争不安で一昨年の十〜十二月期、昨年の一〜三月期に米国経済の成長が鈍化しましたが、少なくとも戦争は短期で終わってしまいました。今またガソリンが少し上がっていますが、上がっていたガソリンの値段も下がって安心して、米国経済も昨年の四〜六、七〜九、十〜十二月と、成長率が上がってきました。
   こういう二つの大きな国のマーケットが拡大しているために、日本の輸出が伸びているのです。
   もう一つは、一時ITバブル崩壊だとかいって二〇〇〇年から二〇〇二年くらいまではパソコンとその部品を中心とするIT産業は世界的にも供給過剰で、日本でも非常に業績が悪化したのですが、いま再び日本が新しい形でIT産業の復活を実現しています。液晶やプラズマなどを使った薄型のテレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラ、デジカメ付携帯電話、などです。あるいはその関係の部品を使って自動車のいろいろな面を制御していくなど、日本の乗用車は再び世界で大きく伸びてきています。このような新しいIT産業復活も日本の輸出増加を支えています。
   この二つを見て、これは当分日本の輸出は伸び、輸出という外政的な要因ではあるがこの景気回復は続くと、楽観的な見方もあるわけですが、私は純輸出の前途に少なくとも四つのリスクがあると思っており、今年の秋から来年にかけてもこのような調子で純輸出が伸びるかどうかはわからないと思っております。
   そのリスクの一つは米国経済です。米国経済は双子の赤字がかなり深刻になってきていて、大統領選挙が終わった後、これまでのような大規模な景気刺激は続けられないだろうと思います。そうすると減税効果が切れてくる今年の秋以降、少し成長率が鈍化するのではないか思います。それに、こんな調子で伸びていったら早晩、FRBは利上げをするでしょう。今年中に必ず利上げがあり、それが大統領選挙の前か後かというところで議論は分かれていますが、必ずあるといわれています。
   実は金利が上がった場合、米国経済には大きなアキレス腱があります。いま米国の家計の負債が非常に増えていて、これはだいたい住宅ローンですが、金利が上がる、あるいは所得減税の効果が途切れると、過剰な負債を抱えた家計がそれ以上住宅ローンを増やせなくなり、住宅ローンの伸びが落ちてくるということになると、土地・住宅の不動産価格が下落します。米国の国民の資産は金融資産よりも不動産のほうがはるかに多いため、不動産価格が下落すると資産が目減りして逆資産効果で個人消費と住宅投資にブレーキがかかります。そこから米国の景気が崩れてくるのではないかと指摘する人が大勢います。
   いずれにせよ、今の勢いで米国の経済は成長できないことは確実です。大統領選挙が終わる前後から来年に向かって、減速せざるを得ず、その減速がどの程度かということは意見が分かれていますが、それが日本の輸出に跳ね返ってくるというリスクが考えられます。
   中国はどうかといえば、中国はかなり外貨準備を持っているので、国内で足りなければどんどん日本から輸入しているように、これからも輸入を続けるでしょう。そういった面ではリスクはほとんどないのでしょうが、日本経済にとってのリスクは思わぬところにあります。それは、中国の国内でボトルネックが起きています。鉄鋼、プラスチック、アルミ等の国際原料品市況が上がってきています。
   しかしながら製品の価格は、やはり日本の国内のデフレ・ギャップが大きいため、そう容易に上げられるものではありません。日本企業にとっては原料高、製品安という形で、収益の圧迫が起きてくる可能性があります。そこに二つ目のリスクがあります。
   三つ目は、いま純輸出という輸出と輸入の差額が大きく伸びてGDPを持ち上げているのですが、輸入の伸びがすごく鈍かったのです。中身を見ると、素原材料の輸入が減っているのです。これは先ほどの図1の通り、日本の生産がほとんど増えないで横這いできたためです。これがいま上がり始めていますから、これから輸入は増えてくると思います。そうなると、今のような勢いでは経常収支が増え続けるということはなく、景気を引っ張る力が落ちてくるだろうと思います。
   四つ目は、このような黒字が続けば、いつ円高が始まるのかというリスクです。米国が金利を上げてくるという気配があり、いま少しドル高円安になっていますが、遅かれ早かれ、このような黒字をためこんでいけばやはり円高の圧力がかかるのではないかということは、リスクとして頭に置いておかなければなりません。
   特に、日本はデフレで、海外は若干ですがインフレです。よって為替相場が横這いであればどんどん日本の競争力が強くなってしまいます。ですから、やはり方向としては円高なのです。もちろん円高に振れていっても直ちに競争力に影響するという話ではないと思いますが、しかしそれでも不利益を被る企業はあるでしょう。
   これらのリスクがあるため、純輸出に引っ張ってもらって景気が回復していくというのは、そうそう続くものではありません。今年の秋くらいから先は、少しその要素が落ちてくると思っていなければならないと思います。

(3)景気回復でも増えない雇用と所得
   そうすると、景気はそこで途切れてしまうのかということです。高度経済成長の頃は、輸出が伸びれば輸出企業が設備投資をし、雇用と賃金が増えます。そして国内の個人所得が増えて消費や住宅投資が立ち直ります。そうすると国内需要向けの企業の業績も回復し、そこでも設備投資や雇用賃金の回復が起き、また個人所得が増えます。このような好循環により成長を実現したのが日本の高度経済成長期の論理で、輸出投資リード型成長の論理です。
   しかし今の日本経済は少し様子が違っています。いま日本の企業は、特に輸出企業は世界で競争していて、コストを下げるために大変な努力をしています。いわばビジネス・モデルを変えてきているのだと思います。ビジネス・モデルをどのように転換しているか。それはコストの高くつく人を解雇するのです。四〇代、五〇代の男性常用雇用をなるべく早期退職させて、その代わりに若手や女子を、常用雇用は常用雇用でも正社員ではなくてパートで雇うのです。週三〇時間以内であれば企業は年金や医療の社会保障負担がないので、パートなど勤務時間の短い形で若年労働者あるいは女性労働者を増やしているのです。
   いま有効求人倍率はいうまでもなく求職超過で〇・七くらいといわれています。しかしパートのところだけご覧になると、一・六くらいの求人超過なのです。これはもう一人当たりの賃金が安い上に、社会保障費の負担がないからです。このようなビジネス・モデルの転換をしてきているのです。これが可能な理由は、やはり技術革新もあると思います。
   分かりやすい例ではパソコンです。パソコンを使える人は若手に多いのです。そのような点では四〇代、五〇代の常用雇用は高くつきます。そんなことから、雇用もそもそも全体として抑えられていますが、賃金もまた、業績がいい輸出企業においても一時金は払うがベースアップはしないということになり、抑えられています。そして、終身雇用制、年功序列賃金そのものが崩れてきているのです。
   これらが全部積み重なった結果が、この表1の雇用者報酬増加率に表れています。前回も前々回もプラスだったのに、今回はマイナスです。プラス成長のもとで雇用者報酬が減っているのです。それは、いまいったようなビジネス・モデルの転換で人件費総額を抑え込んでいるからなのです。
   もちろん物価が下がっていますから、実質で見たらどうなるかというと、今回も一・五とプラスではありますが、やはり前々回、前回の比ではありません。
   このように、個人所得を抑え込まれているので、輸出が伸びて輸出関連企業の業績がよくなっても、以前のようにそこから雇用、賃金が増え、国内経済に火がつくといった好循環はないのです。ここが一番大きな問題点だと思います。
   また、輸出関連企業で働いている人は全体の何割くらいかというと、製造業全体でも二割しかないのです。その中で輸出関連の企業といったら一割です。マッキンゼーの有名な調査があり、この二割の日本の製造業の生産性はアメリカに比べて九〇%くらいのところにあって一〇%ほど低いのですが、輸出関連のところを見ると逆にアメリカより二〇%ほど生産性が高いのです。しかし、輸出関連企業が就業人員で一〇%ですから、残りの九〇%、そのうちの一〇%は製造業、八〇%は非製造業、この生産性はアメリカに対して六二%しかありません。非常に低いというのです。
   今の日本の景気回復というのは、就業者のシェアでいって一〇%の輸出企業、それもIT産業の復活に象徴されるように、世界の最先端の技術を持つ非常に競争力が高い企業が牽引しているのですが、これを個人所得に換算してみると全体の一割の人たちであり、しかもいま言ったように、ビジネス・モデルを転換して人件費総額を抑え込んでいるため、ここから国内に景気回復の循環が起きないのです。
   これこそが「製造業はいいが非製造業はよくない」、「大都市はいいが地方はよくない」という、日本経済の二極分化の根本的な原因であり、二極分化したままで、ただただ輸出が牽引しているのが今の日本経済の回復の実際の姿だということです。

▼持続的な景気回復のカギ
   それではどうしたらよいのかという話になるのですが、輸出から国内経済に回ってきませんし、しかもこの大企業の努力というのは非難されるべきものではなく、世界で競争するために自分のビジネス・モデルを転換していて、従来のような終身雇用、年功序列賃金から転換しているのですから、評価すべき努力です。
   だから大企業に向かってベースアップや雇用を要求しても仕方がありません。そうではなくて国内向けの産業、企業にビジネス・チャンスを増やしてあげるような規制撤廃を、もっと踏み込んで行うということが答えだと私は思っています。
   小泉政権は財政再建と不良債権処理を最優先の課題として掲げて、竹中大臣が担当してやってきているわけです。しかし私に言わせれば、規制撤廃等の改革によって日本経済が回復し、継続的に成長していったときに、結果として財政再建や不良債権処理も進めやすくなるのであって、これを先にやろうとするのは順序が逆だと思います。
   財政再建のほうは、いくら公共投資を削減してもそれ以上に税収が落ち込んで、財政再建どころか逆に財政赤字が増えているのです。二八兆円から実勢で四一兆円まで、表面で見ても三七兆円まで赤字が増えているわけですから、これは失敗しているのです。
   不良債権処理は、もちろん不良債権があるよりはないほうが景気回復にプラスとなるのは決まっているので、これをなくしたいというのは一般論としては分かります。しかし不良債権の早期処理をやれという米国のあの主張は、竹中大臣は米国が言っているから間違いないと言いますが、少し落ち着いて考えなければならないところがあります。
   不良債権が一回限りの原因で増えた場合、これは早期処理すべきです。バブルが崩壊して日本の不良債権が急増した一九九〇年代の前半に、一気にこれを処理してしまえばよかったのです。住専の問題でも何でも、あのときやってしまえばよかったのです。それをみんな引き伸ばしてしまったため、膨らんでしまったのです。
   バブル崩壊でバランスシートが痛んで、無駄な不動産は損切りしなければなりません。バブルに浮かれて設備投資をやりすぎてしまったから、まだ使えるのに償却しなければなりません。借金も返さなければなりません。これはバブル崩壊の直後ならよいのです。本業がまだ生きていますから、他の部分を切ってもいいのです。
   しかし不良債権処理をずっと先送りしてきてもう十年です。今の不良債権の中身というのはバブルのとき浮かれすぎて発生した不良債権は、ほとんど整理されてしまいました。今の不良債権は、むしろ一〇年以上の長期停滞で、普通ならば日本経済を支える力のある中堅・中小企業も含めて、少し業績が悪くなって金利が払えない、元本が払えないといった不良債権が大半です。
   こういった場合、不良債権の早期処理をやってしまえば、中小企業はつぶれてしまいます。大企業だってどうなるか分かりません。
   このように不良債権の質が変わってきているのです。一九九〇年代前半であれば早期処理に適した不良債権だったのです。今は早期処理などをしたら、将来、日本経済を背負って立つような中堅・中小企業までつぶしてしまうことになりますが、それを今やっているのです。なぜそのようなことを米国は要求するのでしょうか。それは米国の腹の中には、そういう中堅・中小企業を叩き、安く買う、例のハゲタカファンドに象徴されるような、そういう意図があるのかもしれません。日本人は人がよすぎるので、もっと相手の腹の中を、意図をよく見なければならないと思います。
   しかも不良債権を早期処理させようとすると、業務純益を全部つぎ込んでも早期処理できないので資本を崩します。資本を崩す場合はBISの自己資本比率規制に引っかかります。それで足りなくなったら公的資本を注入する。こういうことです。公的資本を注入すれば条件として経営健全化計画を出せ、収益指標をこのように改善しろとなるのです。
   しかし、不良債権比率と自己資本比率と収益率、この三つは相反するのです。不良債権の早期処理をやれば自己資本を崩し、自己資本比率が下がります。それで増資をすれば、収益力は変わらないのに増資をするわけですからROEは下がります。この矛盾した三つのことを、日本の金融行政は数値目標を掲げて「やれ、やれ」と言っているのです。
   この自己資本比率規制についても、日本は人がよすぎます。BIS規制というのは、一九八〇年代後半に日本の銀行が世界のトップ10を全部占めるくらいの勢いで世界の市場で暴れまわっていたときに、何とか日本を縛りたくてBISで打ち出してきたのが自己資本比率規制です。日本の銀行は、とにかく世界市場で資金調達をしてそれを貸す、そういうホールセール・バンキングをやっていましたから、そんなに自己資本を持っていません。そこを突いてきたのが、あのBIS規制です。しかも不幸にして、バブルが崩壊して地価、株価が下がって、日本の銀行の自己資本比率が下がった一九九三年からの適用ですから、すっかり日本の銀行は縮んでしまってどうしようもなくなりました。
   そして日本の銀行がここ数年一生懸命やっているのが貸し渋りどころか貸しはがしで、日本の貸し出しがどんどん減っています。不良債権処理をすると、先ほど言ったように自己資本を崩すので自己資本比率が下がります。それで増資をします。この比率は分母が貸出し総額ですから、貸出しを減らせば負担が軽くなるわけです。どうしたってそちらへ走るのです。貸し渋りをせざるを得ない方向に日本の銀行を追い込んでいるのが、今の金融行政だと思います。
   大事なのは先ほどの通り、国内のビジネス・チャンスを増やすことです。輸出などはいつまでもあてにできません。そうすると、ビジネス・チャンスを増やすということは規制緩和、規制撤廃です。いま小泉政権がやっている経済改革特区は、自治体がこういう規制を撤廃してくださいというようなことを言って、あがってきたものを所管の官庁に聞きます。そうすると所管の官庁は、これはいい、あれはだめだといって、結局認められるのは一割から二割程度です。これではだめです。
   まず第一に、いま大事なのは国内のビジネス・チャンスを増やすことですから、規制撤廃、規制緩和は全国レベルで政治力をもって一気にやらなければなりません。第二に、所管の官庁にお伺いを立てていては進むわけがありません。
   教育、医療、福祉、農業に法人企業を参入を認めさせるという提案があります。今この四つは、最初の三つは学校法人、医療法人、福祉法人でなければできません。文部科学省と厚生労働省が、がっちり押さえています。農業は農林水産省が、がっちり押さえているわけです。これらの分野に法人企業を参入させれば、国内のビジネス・チャンスは、かなり広がると思います。
   学校経営などについては、国立大学を独立行政法人にしましたが、相変わらず教授たちが教授会でマネージしているわけです。
   病院だってそうです。いま保険の対象になる医療は医療法人以外やってはいけません。老人ホームだって、ホテルのノウハウを持った民間の経営者がやったら本当に素晴らしい老人ホームになるでしょう。
   残念ながら、これらの規制撤廃が進まない現状では、今回の景気回復は持続的な成長軌道には乗りません。それは輸出が限りなく経済を牽引していけるわけではないからです。輸出が牽引しているうちに内需に転化し景気が持続するような仕掛けが、途切れてしまっているとしたら、内需を直接刺激しなければなりません。
   では公共投資をやるのかといえば、そのようなことをやっていたのでは財政赤字はますます大きくなるので、内需刺激というのはやはり規制の撤廃、緩和、規制改革が決め手です。
   今年は景気がいいと思いますが、秋頃から少し様子が変わり、来年に向かって減速していき、来年はマイナス成長がときどき出てもおかしくないような状況になっていくのではないでしょうか。