中央銀行の調査部門と政策部門 (『金融財政ビジネス』2025.2.20日号、小見出し加筆)
【多角的レビューの構成】
昨年12月に日本銀行が公表した「金融政策の多角的レビュー」(以下「レビュー」)は、同行の調査部門と政策部門が一体となって作成した報告書である。本文75頁のほか、15の補論(特定のテーマについての論文)、8名の有識者(大学教授)の講評、45レビューシリーズの論文(文責個人)の紹介と、158の参考文献の紹介など、全体は205頁に達する。
【日銀の政策部門と調整部門の一体化】
昔、1957年、吉野俊彦調査局次長(後に調査局長、理事)が山際正道総裁の命を受けて8か月かけて欧米主要国の中央銀行を歴訪し、帰国後「一流の中央銀行には必ず一流の調査部門が在り、政策決定に関与している」と報告した。上司の外山茂調査局長(後に理事)は人事部次長も経験し、行内の信望が厚い方であったが、以後、調査、企画、営業、外為の各部門の人事交流を海外勤務を含めて促進し、人材を育てることに尽力された。
【金融研究所の発足】
その後1970年代の終わり頃、時の森永貞一郎総裁、前川春雄副総裁(後に総裁)は、日本銀行創立百周年記念事業として、金融研究所の創設を決めた。その設立事務を担った三重野康理事(後に総裁)は、@研究は各自の自由でその成果は外部の識者のコメントを求めるため個人名(文責個人)で公表する、A研究所は外部組織ではなく、内部の他部局室と同等の組織とし、人事は交流する、B内外の学者を顧問等に招き共に切磋琢磨する、という大原則を立てた。黒田巌氏(後に理事)、白川方明氏(後に総裁)など多くの人材が、この原則の下、研究所やその前身の特別研究室で育ち、後に政策部門に転じて活躍した。植田和男現総裁も顧問として研究所と係わりが深い。
【各局のスタッフが個人名で研究論文を発表】
今日では研究所のペーパーだけではなく、調査統計局、企画局など日銀各局のスタッフが、日銀ワーキングペーパー、日銀レビュー、日銀リサーチラボなどのシリーズで、個人名(文責個人)でペーパーを公表し、外部の識者のコメントを求めている。それらの成果の上に立って、日本銀行の公式見解である日銀レポート、調査論文、分析データなどが公表されており、今回の「レビュー」の本文もその一つだ。これは60数年前に日本銀行の諸先輩が夢見た姿ではないだろうか。今日では日本銀行政策委員会の金融政策決定会合には、企画局と調査統計局の両局長と両局の関係課長、金融市場局、金融機構局、国際局の各局長が陪席している。
【小幅の物価上昇を許容する日銀】
最後に今回の「レビュー」に対して、一つだけコメントしたい。「レビュー」の中で、日本銀行は2%の物価安定目標を目指すとしている。物価指数の基準時固定に伴う計測誤差を1%弱とすると、日本銀行は1%強の物価上昇を目指していることになる。日本銀行は小幅の物価上昇が良いとする理由を、二つ挙げている。一つは物価横這いでは金利水準が低く、景気悪化=金利引き下げ時にゼロ金利制約に直面しやすいので、それを避けるため、もう一つは主要国が物価目標を2%としている中で、日本だけ2%以下とすると円高傾向が生じるので、それを避けるため。
【国民は物価上昇に苦しんでる】
しかし国民は22年第2四半期から今日までの3年間、3%前後の消費者物価上昇に悩まされてきたが、2%の指数上昇(物価の実勢は1%強上昇)でも、同じように悩まされ続けるだろう。物価上昇下では賃金、年金などの所得は実質ベースでは減価し、その上税金や社会保障負担は名目所得に累進制で懸るから、その負担は増加する。
通貨価値の安定を国民に約束している中央銀行が、金融政策運営の都合で、国民に不利な通貨価値下落を許容する姿に違和感を感じるのは筆者だけであろうか。