トリレンマとミニバブル (『金融財政ビジネス』2024.9.2日号、小見出し加筆)

【マイナス金利持続でトリレンマに陥った23年度の日本経済】
 23年4月の植田総裁就任後、日本銀行は異次元金融緩和のマイナス金利政策を1年間続けた。その間に23年度の日本経済は、24年1〜3月期の前年比で、GDPデフレーターが3.4%上昇、実質GDPは逆に0.9%低下、円相場は大幅な円安となった。第2次石油ショック後の先進国のトリレンマと、基本的に同じ構図だ(23年9月21日の本欄参照)。

【第2次石油ショック後に利上げをためらった「弱い国」と同じ】
 あの時は、先ず利上げをしてインフレと貿易収支悪化を克服し、その後に利下げをして国内景気を立て直した日、米、西独の3か国がいち早くトリレンマを脱出して「強い国」と呼ばれた。23年度の日本は、利上げをためらって、いつ迄もトリレンマを引きずった西独以外の欧州諸国(弱い国)に似ている。

【僅か0.1%の利上げ後利上げ持続を明言せずバブル心理を刺激】
 日本銀行は24年3月末に至り、マイナス金利政策を廃止し、政策金利をマイナス0.1〜0%から0〜プラス0.1%へ、僅かに0.1%引き上げた。この時植田総裁は、今後更に利上げを続けるかどうかは情勢次第だとして、利上げ継続を明言しなかった。これが株式市場と為替市場で近い将来の再利上げはないと受け取られ、バブル心理が刺激された。利上げにも拘らず、逆に円相場は160円を超える円安となって政府のドル売り介入を招き、株式相場は日経平均で4か月間に3万6千円台から4万2千円台に駆け上がった。

【ミニバブルの崩壊】
 日銀は7月末に至り2度目の利上げを行い、政策金利を0.25%とし、今回は今後一層の利上げもあり得るとした。これが8月に入り株価と円相場のミニバブルを崩壊させる切っ掛けとなり、日経平均は3万1千円台、円相場は円キャリー取引の巻き戻しも手伝って140円に接近した。このミニ・バブル崩壊の背景には、8月初めに公表された米国の雇用統計悪化を受けて、9月に米国で今回引き締め開始後初となる利下げが、0.5%幅で実施されるのではないかという予想が、にわかに強まるという国際的背景もあった。

【今後の利上げ継続をためらうな】
 今後日本銀行は、ミニバブルの発生と崩壊に伴う金融システム不安の発生に充分注意を払ってほしいが、ミニバブル崩壊で、景気を気づかい、利上げをためらうとすれば、それは適切ではない。

【利上げ継続で国内民間需要主導型成長を目指せ】
 幸い4〜6月期の実質雇用者報酬は、春闘の大幅ベア率を反映して、約3年振りに前年比プラスに転じた。このため、実質個人消費は5四半期振りに前期比増加となり、実質成長率は前期比プラスとなった。今後この動きを定着させ、完全にトリレンマを脱出するためには、第2次石油ショック後の経験に明らかなように、利上げによるインフレ率引き下げ=実質所得増加を最優先とし、民間消費支出と住宅投資のプラスを持続することである。それによって国内需要の増加を確かなものにして、設備投資を年度計画通りの大幅増加の軌道に乗せることができれば、国内民間需要主導型の経済成長を実現することができる。

【「真の物価安定」は2%の「物価安定目標」より下にある】
 目指すインフレ率引き下げは、物価安定目標の2%にこだわらず、もっと下げてもよい。物価指数には基準時を固定することに伴う上振れの計測誤差がある。日銀スタフの分析(Discussion Paper No.2024-J-10)によると、その大きさは縮小しているがゼロではない。物価指数で測る物価安定の目標がゼロではないのはそのためだ。しかしその誤差は1%以下で、目標の2%を若干下回っても、物価上昇の実勢はマイナスにはならない。1%弱の物価「指数」上昇で、初めて公正と効率を保障する「真の物価安定」となる。