今後の金融政策の使命 (『金融財政ビジネス』2024.5.23日号、小見出し加筆)

【2%の物価目標と整合的な金利水準に向かって利上げせよ】
 日銀の「展望レポート」や総裁の記者会見から判断すると、世界インフレや円安を反映した輸入物価の影響を除いた消費者物価の基調的な上昇率は、日本経済が潜在成長率を上回る成長を続ける下で、本年度末から来年度以降には物価目標の2%程度に軟着陸すると見ているようだ。このシナリオに影響しない限り、円安の行き過ぎに金融政策は反応しないということだろう。そうだとしても、日銀には今後2%の物価上昇率と整合的な水準に、政策金利を徐々に引き上げていく使命がある。

【コールレートは金融政策の操作目標】
 銀行の貸出・有価証券投資の機会費用であるインター・バンク市場金利(米国のFFレート、日本のコールレート)を金融政策の操作目標として徐々に引き上げ、金利体系全般とマネーストック、ひいては物価、為替相場、経済成長、雇用に影響を及ぼす正常な金融政策の運営を期待したい。

【中期循環の上昇局面にある設備投資】
 幸い日本の設備投資は、いま中期循環の上昇局面に入っている。J・R・ヒックスの景気循環理論にあるように、設備投資は設備ストックの調整原理に基づいて中期循環を描くが、近年の日本経済では、2013年から19年まで設備投資が増加を続けた結果、19年には設備ストックが過剰となって、設備投資は自律的な下降局面に入った。そこに20年以降のコロナ禍が重なり、調整が長引いたが、「日銀短観」の生産・営業用設備判断からも分かるように、既にストックの過剰は解消している。現在は設備投資が上昇局面に転じても、直ちに設備ストックが過剰になる局面ではない。

【設備投資主導型景気上昇を目指せ】
 3月調査の「日銀短観」や「法人企業景気予測」によると、本年度の設備投資計画(ソフトウェア、研究開発投資を含み、土地投資額を除く)は期初計画としては大きいので、年度の推移と共に上方修正されて、前年度を上回る2桁の伸びになる可能性がある。特に「日銀短観」のソフトウェア投資額は、23年度の前年比10.3%増に続き、本年度は期初計画でも既に同9.8%増となっている。今年度の日本経済は、中期循環の上昇局面に入った設備投資に技術革新投資が加わり、順調な設備投資主導型の景気回復を続ける条件がある。

【低成長に耐える守りの経営が潜在成長率低下と国際競争力の喪失の根因】
 失われた15年は、97年度の超緊縮予算(13兆円の赤字一挙削減)の執行を契機とする金融恐慌に始まったが、この間、企業経営は低成長に耐え得る体質を作ることに徹し、減価償却費、人件費、外部負債コストなどの固定費を圧縮して損益分岐点操業度を下げるため、新規事業に挑戦する設備投資、人材発掘・育成のための採用増加と賃上げ、それらに伴う外部資金調達の増加を極力抑えてきた。これによって企業経営は、低成長下でも一定の収益を挙げ、内部留保を蓄積してきたが、日本経済は、潜在成長率が低下し、国際競争力を失った。

【企業経営は前向きの姿勢に変わり始めた】
 これを金融政策のせいだとして異次元金融緩和に転じ、10年を空費したが、今や誰の目にも、原因は防衛的な企業経営による全要素生産性上昇率と潜在成長率の低下にあることは明らかだ。幸い企業経営の姿勢は、いま前向きに変わりつつある。

【インフレの弊害を是正せよ】

 振り返ると、これまでの高いインフレ率の下で、実質個人消費は本年1〜3月期まで4四半期連続して減少した。企業はインフレ下で物価上昇の反映と価格体系の変化を区別できず、経営が非効率になっていないか心配だ。国民の実質所得を早く増加基調に戻すことも大切だ。政策金利を2%の物価上昇率と整合的な水準に徐々に引き上げる過程で、これらの問題を解決していくことが今後の課題だ。