政策転換遅延のリスク (『金融財政ビジネス』2024.2.26日号、小見出し加筆)
【早過ぎる政策転換のリスクと遅過ぎる政策転換のリスク】
植田日銀は、異次元金融緩和からの政策転換に極めて慎重である。1月22〜23日の政策決定会合でも、マイナス短期金利政策と長期市場金利のコントロール(YCC)の廃止を決めなかった。早すぎる政策転換によって今年の賃上げ率が下がり、先行き物価上昇率が目標の2%以下に下がるリスクを心配しているようだ。しかし反対に、遅過ぎる政策転換で物価上昇率が当分の間2%を大きく超え、さまざまの問題を経済に引き起こすリスクもある。
【3年連続2%超の物価上昇が引き起こす問題点三つ】
1月の「展望レポート」で、日銀は消費者物価(除、生鮮食品、以下同じ)の前年比が、22年度の3.0%、23年度の2.8%に続き、24年度も2.4%と、3年連続で物価目標2%を上回り続けると見ている。これに伴う問題点は、少なくとも三つある。
【異常な円安】
第一は異常な円安だ。米国の成長は根強く、物価上昇率のピーク・アウトも遅れ、つれて政策金利引き下げの時期も先送りされている。このため、異次元金融緩和からの転換気配のない日本の実質金利低迷と米国の実質金利高止まりで、大きな実質金利差が予想外に持続すると市場では見られている。これを背景に、円の対ドル相場は大きく下落し、日本の円建資産の国際価格は一段と下がり、日本株の円建相場はバブル的に上昇している。
【下がらないインフレ率】
第二にこのような円安進行に伴い、国際市況反落を背景に下がっていた円建輸入価格の前月比は再び上昇に転じ、昨年11月から低下の気配を示していた消費者物価の前年比は、政府の補助金政策による押し下げ効果剥落も加わって、本年2月以降、再上昇しよう。
【国内民間需要の停滞】
第三に根強い物価上昇は、いわゆる「インフレのデフレ効果」を通じて、日本の国内民間需要の足取りを危うくしている。「消費動向調査」の「消費者態度指数」は毎月上昇し、アフターコロナの消費意欲の強さを示しているが、現実の実質消費支出(家計調査、季調済)や実質消費活動指数(日銀推計、同)は、大幅な消費者物価上昇に伴う実質所得減少の下で増加していない。「日銀短観」などの本年度設備投資計画は前年比2桁の伸びを示し、投資意欲の強さを示しているが、現実の資本財(除、輸送機械)の出荷や機械受注(民需、除船舶・電力)は、資材高騰で計画通りに進まないため、確りした伸びを示していない。
【日本経済は政府支出・純輸出リード型成長】
GDP統計で日本経済全体を見ても、同じ問題点が窺われる。昨年10〜12月期の実質GDPは、前期に続き、コロナ前のピーク(19年7〜9月期)に戻っているが(ピーク比0.0%増)、これは政府消費支出(同8.0%増)と純輸出(マイナスからプラスへ)が増加したためで、民間消費支出(同2.8%減)と企業設備投資(同4.6%減)は、まだコロナ前に戻っていない。政府消費支出が大きく増加しているのは、インフレに伴う自然増収と大量の低金利国債発行で、安易な財政拡大が行われているからだ。純輸出の好転は円安による貿易・サービス収支の赤字縮小によるものだ。反面、消費支出と企業設備投資は、前述の「インフレのデフレ効果」で伸び悩んでいる。
【設備投資リード型成長で労働生産性が上昇しなければ高い賃上げ率は続かない】
春闘の賃上げが物価上昇を大きく上回れば、すべて解決するように言われるが、物価上昇率を賃金上昇率が上回り続けるには、その差を埋める労働生産性の上昇率が必要だ。それがなければ、企業収益が圧迫されて賃上げは持続しない。しかし現実は設備投資が物価高騰の下で、計画通りに伸びていない。
【日銀はこれ以上政策転換を遅らせるな】
政策転換で円安修正と物価上昇率引き下げを図ることを、これ以上遅らせない方がよい。