政策転換が後手に廻るリスク (『金融財政ビジネス』2023.12.4日号、小見出し加筆)
【日銀の物価見通しの上方修正は輸入コストプッシュの予想外の強さだとする】
日銀は10月の「展望レポート」で、消費者物価(除生鮮食品、以下コアCPI)の見通し(政策委員見通しの中央値)を、4月、7月に続き再び大きく上方修正し、23年度と24年度を共に物価安定の目標の2・0%を大きく上回る前年比2・8%とした。その理由を日銀は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が予想外に長引いていることと、最近の原油価格が上昇していること、という輸入コストプッシュに求めている。
【実際は輸入コストプッシュに関係のない価格も上昇】
しかし、生鮮食品に加え、輸入コストプッシュの中心であるエネルギーを更に除いた消費者物価(以下コアコアCPI)の前年比は、本年2月からコアCPIの前年比を上回り、7〜9月には4・3%とコアCPIの3・0%を大きく上回っている。日銀が試算しているCPIの刈込平均値や最頻値などの前年比が3%強に上昇していることも、輸入コストプッシュを受ける価格だけではなく、幅広いさまざまの国内価格一般が上昇していることを示している。
【正解は輸入インフレの国産インフレ転化】
これは輸入コストプッシュによる昨年春以来の国内物価上昇が、日本特有の適合的期待を通じて予想物価上昇率と賃金上昇率を高め、価格は上がらないと考えてきた企業のノルムを変えて、さまざまの価格の値上げに踏み切らせたことによるホームメイド(国産)インフレである。このような輸入コストプッシュ・インフレの国産インフレ転嫁は、古くは第2次石油ショック後のEC諸国(除西独)で起こった近くは昨年の米国とEU諸国に起こって、金融政策の転換がビハインド・ザ・カーブとなり、大幅な利上げに追い込まれている。
【金融政策の転換は後手に回り易い】
植田日銀総裁は半年前の内外情勢調査会の講演で、日本の場合、政策転換が遅れて2%を超えるインフレが高進するリスクよりも、拙速な政策転換でようやく見えてきた2%達成の芽を摘んでしまうリスクの方が大きいと述べた。日銀は今でも、来年の春闘賃上げが大幅となり、賃金・物価の好循環が誰の目にも明らかになるまでは政策転換をしない構えのようだ。しかし、金融政策の効果が現れる迄には半年から2年程のラグがあるので、将来を見通した早め早めの政策転換をしないとビハインド・ザ・カーブに陥り易いことはよく知られている。10月の「展望レポート」では、コアコアCPIの見通しが23年度は3・8とかなり高く、24、25年度も物価安定目標と殆ど同じ1・9%に達しているではないか。
【そろそろマイナス短期金利を中止して金融正常化を開始する時期】
「展望レポート」には、「適合的予想形成の強い我が国において、これ迄の物価上昇率の高まりは、家計や企業の中期的な予想物価上昇率の上昇をもたらしてきており、企業の賃金・価格行動の一部に従来よりも積極的な動きが見られ始めている。(中略)見通し期間終盤にかけて(中略)賃金の上昇を伴う形で、物価の持続的上昇につながっていくと考えられる」とある。そろそろマイナス短期金利を中止し、金融政策と金融システムと円相場の正常化を始めてもよい頃だろう。
【今が重大な決断の時】
物価安定を使命とする日銀は、22〜24年度の3年間、2・8〜3・1%のコアCPIの上昇率の下で、実質所得の減少に悩む賃金生活者や年金生活者を前にして、今が重大な決断の時ではないだろうか。10月30、31日の日銀金融政策決定会合の意見の中にも、「2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現の確度は、7月の会合時点と比べて一段と高まっている」「このため、最大限の金融緩和から、少しずつ調整していくことが必要」という意見がある。この意見の広がりを期待したい。