植田日銀への期待 (『金融財政ビジネス』2023.6.5日号、小見出し加筆)
【植田日銀の課題は金融政策の立て直しと構造的欠陥の解決】
黒田総裁時代の10年間、政府の経済構造改革には見るべきものはなく、潜在成長率は1%以下に低迷したままで、日銀だけが物価目標2%の早期達成という共同宣言に縛られて、無理な異次元金融緩和を続けた。その結果、巨額の国債買上げで債券市場の自律的価格発見機能の麻痺、財政規律の弛緩、日銀自身の国債評価損の著増、実体経済の新陳代謝停滞など多くの問題を残した。植田新総裁には金融政策の立て直しとこれらの構造的欠陥の解決という短期、中期の難しい課題が残された。
【物価は上がらないという「ノルム」は消えた】
本年4月の消費者物価前年比は、3.5%(除く生鮮食品・エネルギーは4.1%)に達し、「日銀短観」や「生活意識に関するアンケート調査」の1年後物価見通しは、2%を大きく上回っている。長い間日本を支配していた「物価は上がらないものだ」という「ノルム」は明らかに変わってきた。日銀が消費者物価の基調判断のために試算している刈込平均値、加重平均値、最頻値も大きく上昇している。
【輸入インフレの国産インフレへの転化が進んでいる】
輸入コストプッシュが峠を越えたのは確かだが、GDPの輸入デフレーターと国内需要デフレーターの動きから見て、輸入コストプッシュの国内物価への転嫁はまだ終わっていないという指摘がある。更に問題なのはこれ迄の4%超のインフレ下で適合的期待が働き、予想物価上昇率と賃金上昇率が高まり、輸入インフレの国産インフレ転化が進んでいることだ(エネルギーを除く物価上昇参照)。
【インフレ見通しを上方修正した植田日銀】
このような物価動向を受けて、植田日銀は初の政策決定会合(4月)の「経済・物価情勢の展望」で、消費者物価(除、生鮮食品)の見通しを23年度は1.6%から1.8%へ、24年度は1.8%から物価目標と同じ2.0%へ引き上げた(政策委員見通しの中位数)。しかし、これで物価目標が達成されるとは見ておらず、25年度は再び1.6%へ低下するとしている。実質成長率見通しが23年度の1.4%をピークに、24年度1.2%、25年度1.0%と次第に鈍化し、需給ギャップの縮小は鈍り、賃金上昇率も低下すると見ているからだろう。
【2%の物価目標は今の日本経済に適していない】
植田日銀は、粘り強く金融緩和を継続していけば、賃金の上昇を伴う形で、2%の物価目標を持続的、安定的に達成できると信じて努力する構えだ。しかし過去の例を見ると、2%の物価上昇が続く経済は、2〜3%の潜在成長率の下で、4〜5%の賃金上昇率が続く経済だ。現在のように、1%以下の潜在成長率の下で、3%の賃金上昇率と2%の物価上昇率が実現すれば、低成長下で予想物価上昇率と賃金上昇率が高止まりするスタグフレーションの姿だ。2%の物価上昇の持続的安定的達成は、今の日本経済に適した目標であろうか。
【政府の構造改革政策抜きの超金融緩和はもう止めよ】
「共同宣言」にあるように、政府が政策を総動員して経済構造改革を推進し、日本経済の全要素生産性上昇率と潜在成長率を高め、同時に日銀は金融緩和を維持した時に、初めて2〜3%成長が続き、その下で4〜5%の賃金上昇と2%の物価上昇が持続するだろう。いたずらに超金融緩和だけを続けるのは、黒田総裁の10年間で終わりにしよう。
【マイナス短期金利、ゼロ長期金利=YCCを中止し、低いプラスの領域へ引き上げよ】
1〜3月期の実質国内需要は、前期比年率2.8%増加した。国内景気回復の現状と国産化した根強い物価上昇から見て、政策金利のマイナス短期金利とゼロ長期金利を低いプラス領域へ引き上げ(イールドカーブ・コントロール中止)のは遅れない方がよい。これによるコール市場の正常化、債券市場の自律的価格発見機能復活、金融仲介機能健全化による企業金融円滑化は、景気回復にもプラスになろう。円安・株高バブルの抑制効果もある。