低成長下のインフレ定着 (『金融財政ビジネス』2022.12.5日号、小見出し加筆)
【2%の物価上昇率が持続する経済の姿】
2%の消費者物価の持続的上昇は、潜在成長率が3%程度、賃金上昇率が5%程度の経済で成立していた。日本経済で言えば、高度成長期が終わり、「失われた30年」が始まる頃までの時期だ。米国などの欧米先進国では、21世紀に入ってからコロナ禍発生前の19年頃までがこれに近い。
【2%の物価目標は潜在成長率の引き上げと対になっていた筈】
政府・日銀は13年1月の「共同声明」で物価安定の目標を2%と定めた声明文の中で「政府は(中略)革新的研究開発への集中投入、イノベーション基盤の強化、大胆な規制・制度改革、税制の活用など思い切った政策を総動員し、経済構造の改革を図るなど、日本経済の競争力と成長力の強化(・線筆者)に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進する」と述べている。当時1%弱に落ちてしまった潜在成長率を高めることと対になって、2%の物価目標は定められた。これは正しい。
【安倍政権は成長率引上げの努力をせず、超金融緩和だけを推進して日本経済に多大な禍根を残した】
しかし、実際の安倍政権の政策には、成長力を高める経済構造改革に見るべきものはなく、日銀役員へのリフレ派起用による異次元金融緩和だけが行われた。マネタリーベース残高を2倍にすれば物価上昇率が2年で2%になるという幼稚なリフレ政策に失敗した後、マイナス短期金利とゼロ長期金利という超低金利政策に転じたが、市場実勢に逆らう強引な「指し値オペ」によって債券市場の自律的価格発見機能を麻痺させ、国債発行残高の5割超を日銀が買上げて財政規律弛緩の土壌を作り、日銀自身のバランスシートに巨額の国債とETFを蓄えて将来に禍根を残した。経済の新陳代謝は滞り、生産性は停滞した。
【世界インフレ下の超金融緩和持続で極端な円安、輸入インフレ加速、国際収支の赤字拡大へ】
22年に入り、世界インフレが始まると、米欧先進国は超低金利から利上げに転じた。日本にも輸入コスト・プッシュ・インフレの波が押し寄せ、国内企業物価と消費者物価の前年比は、夫々10%前後、4%前後に達したが、日銀は昨年12月に至って長期金利の変動幅を0.25%から0.5%に拡大しただけで、明確な利上げ政策に転じていない。このため米欧先進国との金利格差は拡大したままで、円相場の極端な円安は残り、輸入コスト・プッシュと貿易サービス収支の赤字拡大が続いている。
【第2次石油ショックの教訓】
第2次石油ショックで先進国が物価上昇、貿易収支悪化、景気後退のトリレンマに陥った時、金融引き締めで物価安定を最優先にした日、米、西独が最も早くトリレンマを抜け出し、景気後退にも配慮して金融引き締めをためらった西独以外の欧州先進国は、いつ迄も物価上昇率が高止まりし、トリレンマに悩んだ。この違いは、輸入インフレに誘発された国内の予想物価上昇率の高止まり(国産インフレへの転化)を、金融引き締めで防いだかどうかの違いであった。
【輸入インフレの国産インフレ転化を待つ現在の日本】
今回はっきりと利上げに転じない日銀の対応は、輸入インフレに伴う適合的期待で国内の予想物価上昇率が高まり、国産インフレに転化するのを待っているように見える。しかし、潜在成長率が高まらないまま国産インフレになれば、かつての西独以外の欧州諸国のように、低成長下で3%前後のインフレ進行にいつ迄も悩むだろう。
【正しい政策は経済構造改革による成長力強化と超低金利政策の修正】
本年の岸田政権の大切な経済対策は、全要素生産性の向上で潜在成長率を高めるため、共同宣言に書いてある通りの思い切った政策を総動員し、経済構造改革に全力を挙げることだ。日銀は長期市場金利の低目規制をやめ、国産インフレの定着を防ぐことだ。日本経済はいま、中期的に低成長下のインフレで惨めな姿を続けるかどうかの境目にある。