遅れる金融政策転換の弊害 (『金融財政ビジネス』2022.12.5日号、小見出し加筆)

【インフレ率の上昇と円安を放置する日銀の理由】
 8月から10月まで消費者物価の前年比(消費税率引き上げの影響を除く)は、31年振りに3%台に乗り、円相場は10月に32年振りに1ドル=150円を一時突破した。それでも日銀は超低金利を修正しようとしない。日銀は「当面の輸入コスト・プッシュ・インフレは世界インフレが峠を越す来年には収まっていく。他方国内では、賃金上昇を伴うインフレ率の再上昇はまだなく、当面(2〜3年=黒田総裁発言)は低金利を修正しない」と言う。

【放っておいても輸入インフレは収まるのか】
 この予測は確かだろうか。欧米先進国の利上げに伴う景気後退予想と中国の成長鈍化を背景に、エネルギーや金属などの国際商品市況は上げ止まったが、前年比はまだ極めて高い。LNGや穀物の生産、輸送の不安は続いており、冬場にかけて再び騰勢を強める懸念がある。また先進国内部のインフレ率も、労働力不足から見てなかなか収まりそうもない。放っておいても日本の輸入インフレ率は大きく低下するのだろうか。

【日本経済がコロナ・ショックからの立ち直りが遅い訳】
 日本国内については、日本経済がコロナ不況からの回復が遅く、1年前にコロナ禍前の水準を回復した米欧に比し、周回遅れの感があったが、本年4〜6月期にようやく実質GDPがコロナ禍直前の水準に戻った。日本はコロナ禍前の19年1〜3月期から始まった自律的景気後退が、19年10月の消費税率引き上げで加速された直後にコロナ禍が来た。この時米欧はまだ景気上昇局面にあった。従って米欧はコロナ禍のショックから立ち直るだけで済んだが、日本は更に景気後退からの立ち直りが重なり、1周遅れとなったのだ。

【IMFは来年の日本の成長率が先進国中最高と予測】
 しかしこのことは、現局面では日本に幸いしている。米欧は今、長く続いた景気上昇からの後退局面にあるが、日本は設備のストック調整を終えて中期循環の上昇局面に入り、本年度の設備投資計画は前年比2桁の伸びだ。そこにコロナ禍からの回復が重なっている。世界景気後退の影響は受けるものの、回復力は米欧より強い。IMFの23年経済予測でも、主要先進国中、日本の成長率が一番高い。

【下がらぬインフレ率の下で日本国民の実質所得は減少】
 本年7〜9月期まで、実質国内需要は4四半期連続のプラス成長となり、完全失業率は2%中頃に下がって、完全雇用直前にある。来年には企業収益の回復持続にも支えられて賃金の上昇率は高まるので、物価上昇率が日銀の見るように、2%以下に下がるかどうか分からない。1年以上インフレが続く下で、実質賃金の低下に悩み続ける勤労者、実質年金所得が下がり続ける高齢者、生活苦に喘ぐ低所得層に対し、通貨価値安定を使命とする日銀は、どのように顔向けできるのか。

【超低金利と円安は生産性向上と競争力の強化に逆行】

 異次元金融緩和の下で続く超低金利と行き過ぎた円安は、日本経済の体質に大きなダメージを与えている。超低金利と超円安の長期常態化の下では、生産性や競争力の低い古い企業、業種が温存され、高い生産性と競争力を持つ新しい企業、業種に人材、資源、資金が回りにくく、経済内部の新陳代謝が遅れ、日本経済全体の生産性や競争力の向上を遅らせている。また国内企業物価の前年比9〜10の上昇が1年以上続いている下で、日本の企業は個別価格の上昇が物価上昇の反映か価格体系の変化が判別がつかない状態に置かれており、購入原材料の選別、販売価格の設定、投資戦略の決定が攪乱され、非効率化している。日本にとって今一番大切な生産性の向上、競争力の強化に、すべては逆行している。

【遅れる政策転換の弊害が心配】
 目先の指標公表に一喜一憂せず、9月5日付の本欄に書いたように、マイナス短期金利とゼロ長期金利を低い領域のプラス金利に戻す政策転換に早く着手すべきである。この程度の利上げで、景気回復の腰折れは起きない。それよりも政策転換が来年まで遅れることに伴う弊害の方が心配だ。