超金融緩和修正と財政拡張政策 (『金融財政ビジネス』2022.5.26日号、小見出し加筆)

【日本に立ちはだかる三つの難問】
 日本の実質GDPはコロナ禍前の水準(19年7〜9月期)に戻っていないが、米国は21年初めに早くもコロナ禍前のピークを超え、英独も21年後半にはコロナ禍前の水準に戻った。このように一周遅れの感がある日本に、更に三つの難問がいま立ちはだかっている。@コロナ禍がダラダラと続き、収束の目途が立たないこと、Aウクライナ軍事侵攻が深刻化し長期化していること、B立ち直りの早い米国で早くも需要インフレが始まり、金融政策が引き締めに転じたこと、である。

【国内需要立ち直りの遅れ、交易条件と経常収支の悪化、資金の流出圧力】
 @は消費を中心に国内需要の立ち直りを遅らせ、Aはエネルギー、稀少金属などの値上がりで世界インフレを強め、日本の交易条件と経常収支を悪化させ、Bは日米の金利差拡大で日本からの資金流出圧力を強めている。

【景気回復の遅れ、大幅な円安、輸入インフレ2%超え】
 @の国内需要持ち直しの遅れとAの経常収支悪化は日本の景気回復を遅らせ、Aの経常収支悪化とBの資金流出圧力の強まりは、大幅な円安を招いている。更に交易条件悪化と大幅円安は、日本にコストプッシュ型の輸入インフレを引き起こし、4月の消費者物価(除、生鮮食品)は遂に前年比+2・1%と物価目標の2%を超え、今後はこの2%超えが続きそうだ。

【対策は超金融緩和の修正】
 かつて石油危機の時に起こったように、輸入インフレが中長期的な予想物価上昇率と賃金上昇率を高め、次第に国内で値上げの動きが広がり、国産インフレに転化していくことを防ぐためにも、極端に進む円安を修正し、原料高製品安の交易条件悪化と経常収支悪化を和らげるためにも、超金融緩和の修正が必要だ。ところが国内景気の現状は、前記の事情で先行き不透明感が強まっており、景気回復の足取りは強くない。

【財政拡張政策とのポリシーミックスが必要】
 このように複数の政策目標が必要としている政策手段の方向が相互に矛盾する時には、複数の政策手段の組み合わせ(ポリシーミックス)を考えよというのが、教科書の教えであることはよく知られている。インフレ、交易条件悪化=経常収支悪化、極端な円安、を防ぐために異次元金融緩和政策を修正するのと同時に、財政拡張政策で国内需要を支え、拡大するという考え方である。

【マイナス短期金利とゼロ長期金利を修正しプラス金利の領域へ引き上げよ】
 この場合、異次元金融緩和の修正は、大幅な利上げや量的引き締め(QT)への転換という程極端である必要はない。マイナス短期金利とゼロ長期金利を中止し、極めて低いプラス金利の領域で長期金利が短期金利よりも高い利回り曲線に誘導する程度のYCC修正でよい。それでも10年近く続いた日本の異次元金融緩和の転換であるから、為替市場へのインパクトは大きいだろう。低いプラス金利の領域でも短期借・長期貸を基本とする金融機関の貸出意欲は強まろう。この程度の金利水準に誘導するには、QE(量的緩和)の縮小(テイパリング)で十分であろう。

【財政拡張政策は補助金政策ではなく、生産性を引き上げる構造改革促進型で】
 他方、財政拡張政策は、日本経済の中期的課題に絞った構造改革促進型の支出増加が望ましい。今日本のマクロ経済で一番大切な課題は、アベノミクスの下で1%前後から0・1%程まで、すっかり落ち込んでしまった日本の潜在成長率を、全要素生産性(TFP)を引き上げることによって高めることである。そのためには、デジタル化、脱炭素化などの事業変革投資を財政面から支援し、企業の参入と退出、労働力の配置転換を進め、産業構造の改革を進めることだ。これまでの補助金政策はコロナ休業補償、個別価格上昇抑制策として一時的には必要であったとしても、長期的には古い産業構造を温存し、日本経済の生産性の向上を妨げるので、程々にすべきである。
 この結果潜在成長率が高まり、引き続き低金利下で名目成長率が金利を上回る状態が続くならば、財政再建に支障は生じないだろう。