どう見る物価上昇率の高まり (『金融財政ビジネス』2022.3.7日号、小見出し加筆)
【世界インフレの波及で消費者物価上昇率が高まる予想】
全国消費者物価(生鮮食品を除く)は昨年9月に前年比プラスに転じ、本年1月まで5か月間前年を上回っている。昨年の携帯電話料金引き下げの影響が剥落する4月以降は、前年比が1%台に乗りそうである。
日本銀行が2%の物価目標を決めた時に予想していたシナリオは、マネタリーベース供給の著増と金利の大幅引き下げで総需要の増加率が高まり、成長率と物価上昇率の双方が高まる姿であったろう。マイルドなディマンド・プル・インフレを伴いながら進む成長の姿である。
しかし、現在の日本の物価上昇は、国際的なエネルギー価格上昇の波及と超金融緩和に伴う円安で、円建ての輸入物価が上昇するコストプッシュ型輸入インフレである。
【原因は何であれ物価上昇は国民生活を圧迫】
国民にとっては、原因が何であれ物価上昇はあまり有難くない。日銀の「生活意識調査」(21年12月)では、82・7%の人が物価上昇は「どちらかと言えば困ったことだ」と答えている。しかし正確に言えば、物価上昇を上回る賃金・所得の上昇率が確保されていれば、国民はさほど困らない筈だ。消費者物価が5〜7%上昇しても、それを差し引いて10%の実質成長が確保された高度成長期の一般国民は、ハッピーだった。
【2%の物価目標の前提には、政府の政策総動員による成長力強化があった筈】
日銀が2%の物価目標を掲げた時、政府の政策による生産性向上と潜在成長率の上昇で、名目成長率は物価目標の2%を大きく上回ると期待していたのであろう。その証拠には、政府と日銀が協議して作った「共同声明」(13年1月)には、「日本銀行は(中略)金融緩和を推進」し、「政府は(中略)革新的研究開発への集中投資、イノベーション基盤の強化、大胆な規制・制度改革、税制の活用など思い切った政策を総動員し、経済構造の変革を図るなど、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進する」とある。しかし実際には、「共同声明」からコロナ禍前までの13〜19年の7年間に、生産性上昇率も潜在成長率も低下し、実質成長率は年平均1%、現金給与総額の年平均上昇率は1%にも満たなかった。これでは2%の物価目標達成は、国民にとって迷惑な話だ。
【本年は3%台成長の可能性】
これからどうなるであろうか。IMFは日本の22暦年を3・8%成長、日銀政策委員は22年度を2・9%成長(中位数)と予測している。昨年10〜12月期の実質GDPは今回景気後退前のピーク(19年7〜9月期)をまだ2・9%も下回っているし、コロナ禍の下で蓄えられたペントアップ需要もあるので、本年の3%台の成長推計は過大とは言えないだろう。
【需給逼迫で物価上昇率が2%を超え、国民生活が圧迫される可能性】
そうなると、潜在成長率が0・5%以下(日銀推計)の現状では、3%台の成長でも需要超過で急激な需給ギャップの縮小が生じ、消費者物価の上昇率が2%を超えても不思議はない。本年1月の「消費動向調査」では、「1年後に2%以上物価が上昇する」という回答が69・4%に達している。仮にそうなると、大勢いる年金生活の高齢者と本年の賃上げ率が2%に届かない就業者などは、実質所得減少で苦しむことになる。
【物価上昇率の高まりは企業にとっても良くない】
企業も国内企業物価が前年比5%以上上昇する現状が続けば、原材料価格の上昇を販売価格に転嫁する際の販売政策上のリスク、個別価格の上昇が価格体系の変化がインフレの反映か区別しにくい為の投資非効率化のリスク、など要らぬ苦労をする。
【物価目標2%の達成を単純に喜べない日銀】
日銀もこうした消費者や企業の困難を考えると、2%の物価目標達成を単純に喜んではいられないだろう。円安と価格投機を防ぐために、マイナス短期金利とゼロ長期金利を見直す必要が出てこよう。昔、輸出・投資を支援したように、生産性向上を支援する制度金融を設計し、実施することも考えられる。