「分配」と「成長」と「改革」 (『金融財政ビジネス』2021.11.25日号、小見出し加筆)
【岸田首相の変説】
岸田首相は、9月の自民党総裁選では「分配」「分配」と訴え、首相就任後の施政方針演説では「分配も成長も」に変わり、総選挙では「野党の分配最優先は非現実的」と攻撃し、「成長の成果を分配する」と真っ当な説に変わった。この変説は適切であるが、この間菅前首相が使っていた「改革」という言葉が一つも出てこなくなったのは気に懸る。
【「改革」を口にせず、新自由主義と決別すると言う岸田首相】
岸田首相は「新自由主義」と決別するとも言っているので、そのせいで「改革」という言葉を使わないのであろうか。日本で明確に新自由主義を打ち出したのは小泉政権ぐらいであるが、結果的に新自由主義「的」であったのは、第2次安倍政権だ。アベノミクスの3本の矢、@大胆な金融緩和、A機動的な財政出動、B経済構造改革、は全体として新自由主義的ではないが、結果的に見るとAとBは実行されず、@だけが実行された。これは超金融緩和をしてあとは市場メカニズムに任せれば、経済は活性化して物価上昇率も経済成長率も高まると考えていた訳で、新自由主義「的」と言えないこともない。
【アベノミクスの大失敗】
しかし8年間の結果は、毎年の全国消費者物価平均(消費税率引上げの影響を除く)の前年比は、2%の物価目標はおろか、1%にも届かず、全要素生産性上昇率(日銀推計)と潜在成長率(同)は1%以下に留まったまま、ジリジリと低下して今日に至った。他方、実質成長率は景気後退が始まる迄の13〜18年の6年間に、低成長ながら年平均1%をやや上回ったので、1%以下の潜在成長率との対比で、需給ギャップはジリジリと引き締まり、16年第4四半期から20年第1四半期まで需要超過となった。この結果、完全失業率は完全雇用の2%台に下がり、企業収益率と株価は1980年代のバブル期以来の最高水準となった。
【アベノミクスの下で実質賃金は横這い】
ところが、この間に名目賃金は毎年1%以下の上昇率に留まり、実質賃金に至っては上昇しなかった。このため労働分配率は低下し、企業収益や株価が所得に反映される一部の高所得層と、賃金労働者など一般の人々との間の所得格差は著しく拡大した。岸田首相が当初、自民党総裁選の折、「分配」を強調したのは、これが頭にあったからであろう。
【アベノミクスの金融緩和一辺倒と決別せよ】
総選挙で過半数を制した岸田政権は、新自由主義「的」なアベノミクスの金融緩和一辺倒と決別し、本気になって「成長」を促進し、その成果を賃金によって働く人々に「分配」するマクロ経済戦略に取り組んでほしい。
【「供給」側の生産性向上、潜在成長率引上げに全力を挙げよ】
まず第1は成長戦略だ。超金融緩和で「需要」が拡大すれば成長が促進されると考えたアベノミクスが大失敗に終わったあと、岸田政権には「供給」側の生産性向上、潜在成長率引上げに全力を挙げてほしい。これは岸田首相が口にしていない経済構造「改革」なしには不可能である。菅前政権がやりかけたDX(情報技術を使った事業変革)、脱炭素の推進はもとより、産学協同の技術開発や新企業立ち上げをこれ迄以上に支援し、企業、産業の新陳代謝を促す政策が大切である。
【企業に働きかける短絡的な分配政策は逆効果】
第2は、こうした企業、産業の新陳代謝で日本経済全体の全要素生産性が向上する過程で、働く人々の賃金を上昇させなければならない。これは、短絡的に企業の賃上げを支援したり、内部留保を吐き出させたりする政策では、企業の効率を悪化させ、活力を削いで潜在成長率を引き下げる結果となろう。
【企業、産業の新陳代謝に合わせた労働移動政策を】
ここでも「改革」が必要で、企業、産業の新陳代謝を促す過程で、生産性が停滞し、賃上げできない旧技術の企業、産業から、高い賃金を支払える新技術の企業、産業に、働く人々が移動することを促す職業訓練などの労働移動政策が大切だ。ゾンビ企業を、働く人々のセイフティネットとして温存するこれ迄のやり方を捨てなければならない。