日銀「漂流」 (『金融財政ビジネス』2021.5.27日号、小見出し加筆)

【予測できない目標を目指して進む日銀の姿は「漂流」】
 日銀は「展望レポート」の中で、2%の物価目標を達成する時期の予測を3年以上前に止めたが、予測できないこの目標をオーバーシュートするまで、現在の異次元金融緩和を続けるという。予測できない目標、存在しないかも知れない目標を目指して進む姿は、「日銀漂流」という本の表題を想起させる。

【安倍首相の乗った「リフレ派」の日銀批判】
 金融政策のこの「戦略」は、「リフレ派」に乗った安倍前首相が黒田日銀総裁を任命して始まった。「リフレ派」の主張によれば、中央銀行はマネタリーベースの供給によってマネーストックと物価を、ガイダンスによって人々の期待を左右できる筈なので、日本経済の低インフレ、低成長は日銀の緩和政策が不十分なためだという。

【黒田日銀のマネタリーベース4.5倍増は空振り】
 黒田総裁は着任直後の2013年初めから国債を中心に大量の資産を買い入れて、巨額のマネタリーベースを供給した。前任の白川総裁の時代、日銀はマネタリーベース残高を5年間で44%増やしたが、黒田総裁は最初の5年間に3.5倍、現在までに4.5倍に増やした。ところが、マネーストック(例えばM2)の増加率は、13〜19年の7年間、前年比2〜3%台で動かなかった。消費者物価(生鮮食品と消費税率引上げの影響を除く)の前年比は1%にも届かなかった。フォワードガイダンスにも拘らず、人々の予想物価上昇率も同じレベルで動かない。4.5倍も供給したマネタリーベース残高は、マイナス金利政策(マネタリーベース保有の機会費用が利益)の下、巨額の遊休残高として積み上がっている。

【リフレ派の「戦略」が失敗している時に「戦術」をいじっても無駄】
 この「戦略」は明らかに失敗だ。海外理論を直輸入しただけで、国内での実証を欠いたリフレ派理論の破綻というほかはない。3月に日銀は、これ迄の金融緩和政策を「点検」したが、「戦略」の失敗を一切点検せず、長期金利の誘導幅拡大(それも僅か0.05%)、ETF購入の柔軟化、貸出促進付利制度の創設など、「戦術」をいじくるだけであった。「戦略」が間違っている時に、いくら「戦術」をいじくり回しても「漂流」は続く。

【日銀は2%の物価目標を目指す「戦略」から転換せよ】
 安倍首相は既に退陣したので、初心に帰って「戦略」を考え直してはどうか。金融政策の最終目標は、「2%の物価安定目標」ではない。「国民経済の健全な発展」(日銀法第二条)、経済学的に言えば「経済成長を支え、完全雇用を実現し、国民の経済的福祉を高めること」であり、物価安定はそのための手段、いわば「中間目標」だ。日本では1%弱の物価上昇率の下で17〜19年の完全雇用が実現した。従って物価目標の2%を廃止した上で、引き続き成長を続けて完全雇用を維持していれば良かったのだ。

【低成長、低インフレの原因は需要側ではなく供給側にある】
 日本経済の低成長、低インフレの原因は、金融緩和の不足など需要側にあるのではない。供給側の生産性上昇率の低下、生産年齢人口の減少などによる潜在成長率の低下(自然利子率の低下)にある。この対策は金融政策ではなく、規制改革など構造政策の役割だ。

【正しい金融政策の使命】
 日本経済は19年以降の自律的景気後退、その下での消費増税、コロナ禍来襲などで落ち込んだあと、いま回復過程にある。金融政策の使命は、不良債権増加、金融機関の経営破綻、資産バブル発生などに十分注意しながら、完全雇用を目指して進むことである。

【マイナス金利政策と長期金利のゼロ%誘導をやめ、金融仲介機関の収益改善と貸出意欲増進を図れ】
 コロナ対策としての融資支援、各種給付金などの財政資金散布によって、7年間2〜3%台で動かなかったマネーストックの増加率が、20年中頃から高まり始め、M2で9%台に達している。この機をとらえ、マイナス金利政策と長期金利のゼロ%誘導を止めて、利回り曲線の水準を少し上げ、傾斜をやや強めて金融仲介機関の収益を改善し、貸出意欲を強めることだ。実質実効円相場の行き過ぎた円安も修正されよう。円高回避にとらわれ過ぎていてはいけない(3月4日付本欄参照)。