2%の物価目標は無用 (『金融財政ビジネス』2020.8.20日号、小見出し加筆)

【政府がやっと認めた18年末からの自律的景気後退】
 日本経済は、2019年10〜12月期から20年4〜6月期まで3四半期連続のマイナス成長という激しい景気後退となったが、実は、政府が先月ようやく認めたように、それ以前の18年末から自律的、循環的な景気後退に入っていた。GDP(国内総生産)ベースの需給ギャップ(日銀推計)は、18年10〜12月期の需要超過がピークで、以後需給緩和に向かっている。最近2年間の鉱工業生産と出荷の水準は、18年10月がピークで、以後下降局面に入っている。企業の経営利益(法人企業統計)の額は、19年1〜3月期をピークに減少し始めた。有効求人倍率は、19年4月をピークに低下し始め、現金給与総額(毎月勤労統計)は19年6月をピークに低下し始めた(以上すべて季調済み計数)。

【景気後退を促進した消費増税は失策】
 19年10月の消費増税は、この自律的景気後退を促進する誤りを犯し、大型台風とコロナ禍は不幸にもこれを大きく加速した。しかし、本年5月の緊急事態宣言の解除に伴い、経済活動は徐々に復活し、鉱工業生産と出荷は6月から増加に転じた。しばらくは大底圏内の回復が続くと思われるが、感染者数がまたジリジリと増加している現状から見ると、第2波が来るのではないかと心配される。

【コロナ不況を克服しても、それ以前から始まっていた自律的景気後退の克服には時間がかかる】
 幸いそれがなかったとしても、日本経済がこのままV字型回復に入っていくと見るのは無理がある。コロナ禍に伴う産業、企業の採算悪化、流動性枯渇に対する対策は、本年度の第1次、第2次補正予算や日本銀行の「特別プログラム」で行われているとしても、景気が再び持続的上昇軌道に乗るためには、昨年から始まっていた自律的景気後退が底入れし、企業収益・雇用・賃金が循環的回復局面に入り、企業投資や消費が立ち直り始めなければならない。それには時間がかかる。20年のマイナス成長を21年のプラス成長では埋めきれず、19年の水準に戻るのは22年になろう。

【最終目標を達成したのに中間目標を揚げ続けた日銀】
 今後の金融政策の運営は難しい。日本銀行は13年1月に政府との共同声明で2%の物価目標を掲げ、2年で実現すると約束したが果たせず、その後も量的・質的金融緩和の拡大、マイナス金利の導入、長期市場金利のゼロ水準への誘導などを追加してきた。その結果、景気は循環的にピークに達し、売上高経常利益率(法人企業統計、日銀短観)は17〜18年度に史上最高水準に達し、完全失業率は17〜19年に2%台の完全雇用を実現した。金融政策の最終目標は達成された。しかし、金融政策の中間目標である2%の物価目標は達成されず、物価上昇率は1%弱のままであった。

【無用となった2%の物価目標を揚げたままの日銀は政策遂行の能力に対する国民の信頼感を失ったのではないか】
 リフレ派は1%弱の物価上昇率をデフレに戻り易い状態と見たようだが、自然利子率の低下した「低温経済」の日本では常態=物価安定である。最終目標が達成されたのであるから、中間目標の2%の物価上昇は無用であり、これを取り下げて「出口政策」に向かい、いずれ来る自律的景気後退に備えて金融緩和のノリシロを大きくしておくべきであった。しかし日本銀行は、2%の物価目標を安定的に超えるまで現在の政策を続けるという「オーバーシュート型コミットメント」の旗を降ろさない。これを国民が信用して予想インフレ率が上がることはなかったし、これからもないだろう。むしろ日本銀行の政策遂行能力に対する国民の信頼感が失われたことを危惧する。

【金融リスクに注意を払いながら日本経済の自律的回復を促す金融政策の役割は重要。コロナ不況の克服だけでは日本経済は立ち直らない】
 金融緩和を追加するノリシロはないが、今のままでも十分に緩和している。無利子、無担保の流動性つなぎ融資で、銀行・信金の貸出とマネーストックの前年比は年初の2%程から6%程に上がった。しかし企業収益が立ち直らなければ、それが不良債権化するリスクがある。株価のバブルも心配だ。金融リスクに充分な注意を払いながら、景気の自律的回復を促す金融政策の役割は重要である。コロナ不況の克服だけでは日本経済は立ち直らない。