金融リスクと表裏のコロナ対策 (『金融財政ビジネス』2020.4.20日号、小見出し加筆)

【正統的な金融緩和手段がなくなった日本】
 潜在成長率を上回る経済成長率を7年間(13〜19年)続けてマクロ需給バランスを需要超過にし、史上最高の売上高経常利益率(日銀短観)と完全雇用を達成しながら、「2%の物価上昇率」という(国民福祉にとって)「無益」で、(経済成長にとって)「無用」な目標実現を目指し、いつまでも(膨大な資産買入とマイナス金利という)「異次元金融緩和」を続け、金融政策の正常化に向かわなかった「咎め」が遂に出た。新型コロナウィルス感染症のパンデミックに直面し、世界中で経済活動が落ち込む中、日本は正統的な金融緩和政策で対応する余地がない。

【中期的視野で金融政策を運営したFRB】
 金融政策の運営には中期的視野が必要であり、経済が最高の企業収益率と完全雇用に達した時は、次に来る景気後退に備え、緩和しきった金融情勢を修正するのが常道である。今回もFRBはそうした。2014年にはQE(量的緩和)の修正(テイパリング)を始め、15年にはゼロ金利政策から離れて、18年までに0・25%ずつ慎重に9回利上げして2・25〜2・5%に戻した。これがあったからこそ、昨年後半、景気ピークアウトの気配に対処し、0・25%刻みで3回利下げし、更に本年3月にはコロナ危機に対処して、1か月のうちに1・5%も下げ、ゼロ金利に戻すことが出来た。

【日米の需給ギャップは同じだった】
米国が早目に金融政策の正常化に着手したのは、日本よりも景気回復の基調が強かったからだと思うかも知れない。しかし、低温経済の日本の潜在成長率が米国よりも低いからそう見えるだけで、マクロ需給ギャップの逼迫、それを反映した企業の高収益と完全雇用は同じである。同じ状況でFRBは中期的視野から金融政策の正常化に着手し、日本は「無益」で「無用」な2%物価目標を追い続けていた。

【これは「あと講釈」ではない】
 これは「あと講釈」で言っているのではない。18年2月19日の本欄「金融政策に必要な中期的視野」で19年度に景気が後退局面に入る蓋然性が高いので、中期的視野で今の超金融緩和を徐々に手仕舞うべきだと書いた。

【市場経済にショックはつきもの】
 今回の景気後退はコロナショックという予想外の出来事で起こったので、予期できなかったと思うかも知れない。しかし市場経済における景気後退は、しばしば景気最盛期のショックで起きる。古くはニクソンショック、石油ショック、最近ではバブル破裂、リーマンショックがそれである。

【今はコロナ蔓延期の救済策】
 コロナ蔓延に対処する経済政策は、蔓延期の救済策と収束期の景気回復促進策に分かれる。今問題なのは前者で、収入が減った生活者と事業者ないし企業を救済するため、財政資金による給付と財政資金・日銀信用による融資が検討、あるいは実施されている。

【日本銀行が打った策】
 日本銀行は国債買入を再び増加しているほか、CP、社債、ETF(上場投資信託)、J―REIT(不動産投資信託)などの民間債の買入を増額、更に民間企業債務を担保に最高1年の資金をゼロ金利で供給するオペも導入した。

【日銀と民間金融機関は危険資産と不良債権の増加に注意せよ】
 これらは伝統的な金融緩和政策ではなく、いずれも金融リスクを伴っており、昔なら禁じ手に近い。日本銀行で急増する低利国債と民間債、とくに株式には、大きな損失を生み出す価格変動リスクがあり、民間債にはデフォルトリスクもある。また、無利子で1年間貸出される救済資金は1年後に回収しなければならないが、コロナ旋風で需要が減り、部品供給が寸断された企業の中には、返済不能に陥り、ただでさえマイナス金利で収益の悪化した金融機関を更に不良債権で苦しめることになり兼ねない。日本銀行は自らと民間金融機関の資産内容悪化と、民間の不良債権の動向に充分注意を払ってほしい。そしてコロナ危機が去ったあとには、今度こそ金融政策の正常化に真剣に取り組んでほしい。