問題の核心は「低温経済」 (『金融財政ビジネス』2020.2.20日号、小見出し加筆)

【問題は「デフレ」ではなく「低温経済」】
 日本経済は2013年から19年までの7年間、平均1%弱の消費者物価上昇率の下で、企業の売上高経常利益率(日銀短観)はバブル期を上回る最高水準に達し、失業率は完全雇用の域まで下がった。その間低い物価上昇率は何の妨げにもならず、国民の不満は好況にも拘らず賃金・所得があまり増えないことにある。この7年間、実質成長率は平均1・1%に過ぎなかった。問題の核心は、「デフレ」にあったのではなく、後述する「低温経済」にあったのだ(昨年11月25日の本欄「問題はデフレではなかった」参照)。

【急低下した日本の供給能力】
 低成長下で収益好転と雇用拡大が生じたのは、供給能力の伸びを示す潜在成長率が成長率よりも更に低く、マクロの需給が逼迫したからである。潜在成長率(日銀推計)はバブル期には4〜4・5%ほどあったが、その後一貫して低下し、最近7年間の平均は0・8%、直近の1年間は0・6%である。

【潜在成長率低下の原因】
 潜在成長率低下の原因は、90年代以降、企業の予想成長率が低水準に定着し、固定費用を増やす設備、正規雇用、外部負債を極力抑えたため、全要素生産性(TFP)の伸び率が著しく落ちたことと、日本の生産年齢人口減少に伴い労働力投入量の伸び率が低下したことである。このような経済を最近の日本では「低温経済」と呼ぶが、経済学的に言えば、企業の中長期的予想成長率の低水準定着を主因に、自然利子率が低下した経済である。

【低温経済対策は需要刺激ではなく構造対策】
 デフレであれば需要不足が原因であるから、対策の主役は金融緩和政策になる。しかし低温経済となると、企業の中長期的な「予想(期待)」を変えなければならないから、対策の基本は日本経済の供給サイドが中長期的に改善すると企業が信ずるような規制改革・移民政策など財政政策の裏付けのある構造対策である。金融政策は主役ではない。2%の物価上昇を目指した金融緩和政策の強化は的外れであった。そもそも低温経済に伴う低い賃金・所得増加の下で、物価だけが2%も上昇しては庶民はたまらない。国民は金融緩和政策の修正を支持するだろう。

【2%の物価目標にこだわるな】
 金融政策の枠組み修正については、昨年暮れに公表されたIMFの提言が参考になる。
 第1は2%の物価目標に固執した無理な金融緩和の強化で副作用を強めないよう、物価目標に幅をもたせよという提言だ。真意は、実現困難な2%の目標にこだわるなという忠告であろう。

【長期金利は短期金利よりも高く】
 第2は10年国債の利回りではなく、満期のより短い国債の利回りを誘導してはどうかという提言である。真意は10年物を低く誘導しているためにイールドカーブが10年までフラットになり、短期借・長期貸の金融仲介機関の利鞘を著しく圧迫しているので、例えば5年物までを誘導し、その先の期間の金利上昇を許容してはどうかということであろう。

【自ら縛る量的約束をやめよ】
 第3は長期国債の保有を年80兆円増やす量的ガイダンスや、物価上昇率が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースを拡大し続けるという約束を見直せという提言である。2%の物価目標実現が困難な下で、自らを縛る量的約束は止めよという忠告であろう。

【円高を恐れて政策の本筋を誤るな】
 2%の物価目標修正、10年国債金利の誘導中止、無意味な量的約束の放棄は、今後の金融政策の枠組み修正のポイントである。これは市場から金融緩和の修正と見られ、多少の円高を招くかも知れない。しかし現在の実質実効円相場は、日本の物価安定を背景に円安に振れ過ぎているので、若干の円高は対外競争上、適応可能な範囲内であろう。むしろ円高は日本企業の資産価値を対外的に高めて、海外企業買収などの際に有利に働き、日本経済の中期的発展に寄与するであろう。