問題はデフレではなかった (『金融財政ビジネス』2019.11.25日号、小見出し加筆)

【リフレ派との対話】
 あるリフレ派に聞いてみた。
 問「デフレや2%以下の物価上昇率が何故悪いのか。国民(消費者)には物価下落や低い物価上昇率の方が良いではないか」
 答「物価上昇率が低くては、デフレに戻り易い。デフレの下では、企業収益が悪化し、国民の雇用も削減される。物価上昇の下でのみ企業収益が好転し、雇用も改善する」
 問「物価が上昇すると企業収益が好転するのは販売価格だけが上昇する初期だけで、原料や投資財の価格や賃金が同じように上昇し始めれば、企業収益は元に戻り格別良くならない。それに物価が持続的に上昇すると、企業は販売価格の上昇が物価上昇の反映か、価格体系の変化か識別しにくくなり、販売・投資の計画に齟齬をきたし、企業活動、ひいては経済全体の効率は下がる(経済学の教科書)」
 答「物価指数は基準時のウェイトを固定するラスパイレス方式なので、物価安定の時、指数は若干上昇する。諸外国の物価目標も、2%上昇なのはそのためだ」
 問「日本で物価指数の2%上昇が真の物価安定に見合っているという実証はない。過去半世紀の日本の経験では、1%前後の指数の上昇が物価安定に見合っている。それに1%を加えて2%にしたのは、リフレ派がマイルド・インフレの方が企業収益、ひいては経済が好転すると考えたからではないか」

【実績は低い物価上昇率の下で収益好転、雇用拡大】
 事実は安倍政権発足後の13〜18年に消費者物価が毎年1%以下の上昇にとどまる下で、売上高経常利益率は一貫して上昇した。完全失業率も一貫して低下し、今や完全雇用となった。企業も国民も1%以下の物価上昇の下で、困るどころか経済的に改善した。

【2%の物価目標はナンセンスで有害】
 このような実績があるのに、今なお2%を物価安定の目標としてその実現に全力をあげ、超金融緩和を維持しているのはナンセンスであり有害だ。1990年代末以降今日までの日本で、最大の経済的課題は「デフレ」克服ではなく、「以前に比して低成長となり、その下で格差が拡大したこと」の是正である。日本はこの30年間、経済政策の戦略的重点を完全に誤っていた。
 停滞する日本経済の基本的問題を、「貨幣的現象」の「デフレ」と見誤り、資産買上げによる巨額のマネタリーベース供給やマイナス領域までの金利引き下げを行ってきたが、インフレ率の押し上げにはまったく効いていない。反面、金融機関の収益圧迫や金融市場の機能低下などの副作用は大きい。

【問題は97年以降の低成長と格差拡大にある】
 問題はバブル崩壊に伴う傷跡が十分にいえていない97年度に、財政赤字を一挙に13兆円縮小する超緊縮予算を執行し、大型金融倒産を含む大不況を引き起こしたことから始まっている。97〜99年の3年間がゼロ成長となった下で、これからはゼロ成長でもやっていける経営体質にならなければならないと考えた企業は、固定費用を生み出す投資、雇用、債務を徹底的に圧縮した。この予想成長率低下の下で、日本のTFP(全要素生産性)上昇率は、かつての年率1.50%から今や0.15%まで低下した(日銀推計)。この1・5%近い生産性上昇率の低下と並んで、生産年齢人口の減少を反映した就業者数の頭打ちも、日本の経済成長率を引き下げた。女性と高齢者を中心とする就業率引上げに努めた結果、賃金の低い非正規労働者が増加し、所得格差を拡大し、全体の賃金上昇率を低くしている。

【超金融緩和に代わり、成長率を引き上げる財政措置と規制改革を】
 企業の技術革新、女性・高齢者の正規労働者並み賃金での就労、外国人労働者の受け入れなどを促進する財政措置と規制改革こそが、デフレ対策に代る戦略的に重要な政策となるべきである。デフレ対策最重視の政府・与党に代わり、野党が「低成長と格差拡大」の是正を戦略的重点とすれば多くの国民は支持しよう。