佃亮二君とトービン教授 (『金融財政ビジネス』2019.2.25日号)

 昨年11月、元福岡銀行頭取佃亮二君が亡くなった。夜、誤って池に落ちた事故死であった。
 昭和29年10月、日銀入行内定の電報を握りしめて駆けつけた「文書の受付」(日銀東門)で会って以来、64年間の長い付き合いであった。
 支店勤務を終えた後、佃君は営業局、私は調査局の勤務となり、その後7年間、私達は共にロンドン駐在参事付となるまで、それぞれの局に塩付けとなった。二人共酒が好きで、飲んでよく互いに仕事を語り合い、議論した。ある時佃君は「公定歩合を上げ窓口指導を強化しても、コールレートの上昇を誘導しない限り金融引締めは効かない」という言い伝えが、営業局の先輩から後輩に受け継がれていると話した。貸出を抑えてコールローンを放出(またはコールマネーを返済)した方が儲かる状況をコールレート引上げで作らない限り、銀行は日銀の貸出抑制の要望に応えない(窓口指導をごまかす含み貸出を増やす)という。
 私はその頃エール大学のJ・トービン教授(ノーベル賞受賞者)の『マニュスクリプト』を読んでいた。浜田宏一教授が日本に初めて持ち帰り、私に貸してくれたのである。その第8章(未完)に「コマーシャル・バンキングの理論」がある。銀行行動を預金量の予算制約下のマネタリーベース(ゼロ金利)、フェデラルファンド・ローン(借りている場合はマイナス。FFレート)、貸出・有価証券投資(貸出金利・債券利回りの加重平均金利)の3資産選択に簡略化し、FRBが市場オペで資産の量と二つの金利(他の一つはゼロ)を動かした時、銀行の3資産選択がどう変化するかを分析し、市場オペの効果波及経路を説明している。
 ゼロ金利のマネタリーベースを保有することは、FFローンに出せば得られる金利収入を放棄しているという意味で、機会費用を払っている。従って市場オペによるFFレートの変動は、マネタリーベース保有の機会費用を変動させてマネタリーベースと残る二つの資産に対する選好を変化させる。それ故にFFレートは、銀行行動の基軸変数(キーバリアブル)であり、同時に重要な政策変数である。
 FFローンは日本のコールローンと同じ銀行間の短期貸出であり、FFレートは日本のコールレートと同じである。私はこの銀行行動理論を日本に応用した金融モデルを創り、コールレート変動の貸出に対する効果を計測し、営業局の伝承を実証した論文を日銀の『調査月報』に発表した。東京大学経済学部の特殊講義でもこの話をし、後に『現代日本金融論』にまとめ、経済学博士の学位を授与された。佃亮二君、トービン教授、浜田宏一教授のお陰である。
 いま日本では、本来ならゼロ金利のマネタリーベースを日銀に預ければ金利が付き、またコールレートはマイナスなので、「損」の筈のマネタリーベース保有の機会費用が「益」である。その結果3資産選択では、マネタリーベース保有の選好が異状に強まって遊休残高が著増し、コールローンと貸出有価証券投資の選好が弱まって、後者と表裏の関係にあるマネーストックの増加率は低迷し、物価上昇率は高まらない。利下げの貸出・有価証券投資促進の効果は「逆転(リバース)」しており、他方では銀行収益悪化、金融仲介機能・市場機能劣化の副作用が累積している。
 晩年の佃君は、「俺達はバブルの戦犯だな」と言うのが口癖になっていた。営業局担当・調査局担当の理事として私達が丸卓(役員会議)に隣合わせで座っていた88年、西独が利上げに踏み切った時に日本も利上げをすべきだと職を賭して主張しなかったからだ。現在の政策委員会のメンバーと理事諸公は、早目にコールレートをプラスに戻し、日銀預金の付利をやめ、リバーサル金利を元に戻さなかったことを、将来悔やむことにならないだろうか。