マネーストックを忘れるな (『金融財政ビジネス』2018.11.26日号)
「2年でマネタリーベースを2倍にすれば消費者物価上昇率の前年比は2%を超える」と言った日銀も、「こんなにマネタリーベースを増やせば、やがて大インフレとバブルの発生を招く」と言って批判した人々(例えば野口悠紀雄教授、伊東光晴教授など)も、共に間違えて、6年後の現在の消費者物価の前年比上昇率は1%前後で安定している。
日銀も反対派も、マネタリーベースが増えればマネーストックも増えて物価が上がるという「ナイーブな通貨数量説」に立っていたのではないか。実際には、異次元金融緩和の6年間、マネタリーベースの不活動残高ばかりが増えて、マネーストックを増やす貸出・有価証券投資の伸びは高まらなかった。これは、資産の一般均衡理論から考えて、当然の帰結である(詳しくは8月27日付本欄参照)。
しかし結果的に見ると、この3%前後のマネーストックの増加率とその結果である1%前後の消費者物価上昇率の下で、雇用と企業収益は回復し、順調な経済成長が続いている。この実質成長率を実現する上で、異次元金融緩和の超低金利が一定の役割を果たしていることは間違いないが、今やその副作用が看過できない程強まっている。
貸出・有価証券投資の選好の低下は、金融仲介機能の衰弱にほかならず、金融機関は低い長短金利から成るフラットなイールドカーブの下で収益が圧迫され、経営が悪化している。大量の日銀買オペは市場を「官製化」し、債券市場の流動性低下と需給調整機能の低下、債券市場と株式市場の価格発見機能の不安定化が起こっている。将来の長期金利上昇時の金融機関の損失リスクも深刻だ。日銀のバランスシートの不健全化と政府の財政規律の弛緩もある。現在の順調な経済成長を維持しながら、これらの副作用を小さくするのが、直面する「出口政策」の課題である。
金融機関の経営改善・収益回復・金融仲介機能回復のためには、コールレート(短期金利の基準)をマイナスからプラスに戻し、日銀預金の付利をやめ、10年物国債の市場利回り(長期金利の基準)をゼロ%程度から1%を上回るプラスに戻し、それによってイールドカーブの水準を上げ、右上がりの傾斜を強めなければならない。これによってマネタリーベース保有の機会費用は益から損に戻って選好は弱まり、コールローンの選好は強まり、貸出・有価証券投資の選好は最も強まって、マネーストックの伸びが高まる。この拡張効果が長短金利引上げの縮小効果を相殺するだろう。
コールレートのプラス化と日銀預金の付利中止はコール市場を活性化する。国債の市場利回りを高める日銀の国債買オペの縮小、中止(計画に沿ったテイパリング)は、官製化した債券市場・株式市場の市場機能を復活し、強化する。そのあと、日銀の保有国債残高を売オペではなく、償還期日到来で自然に減少させなければならない。テイパリングも保有国債減少も、現在FRBがやっているように、予定を事前に公表し、市場から見た透明性と予見可能性を高め、混乱を防ぐ必要がある。これが終わった時が「出口政策」の完了であるが、途中で万一思わぬ長期金利急騰が生じた場合には、一時中止する用心深さが必要である。
金利引上げとマネーストック増加という逆方向の対策が同時に可能なのは、現行の行き過ぎた金利低下が、「リバース金利」の領域に入っているからだ。金利をこの領域から引き戻す利上げは銀行の貸出・有価証券投資に対する選好を強め、マネーストックの増加を促す。この枠組みは、先行き景気後退のリスクが出て来た時に、目標マネーストックの上方修正という緩和の「のりしろ」を確保する意味でも重要だ。