「リバース金利」と銀行行動 (『金融財政ビジネス』2018.8.27日号)

 異次元金融緩和も6年目に入り、マネタリーベースの発行残高は、発足時の3・5倍という異常な膨張を示している。このマネタリーベースの90%強は、日本銀行の当座預金に不活動残高として溜まり、これを5年余りで7・8倍にした。しかしマネーストック(M3)の増加率は、5年の間、前年比3%前後で一向に高まらない。リフレ派といえども、マネタリーベースが増えれば、それだけで物価が上がるとは考えていないであろう。彼等はマネタリストであるから、マネタリーベースの増加がマネーストックの増加を引き起こした時、初めて物価上昇圧力が生まれると考えている筈だ。
 金融が正常であれば(コールレートがプラスで、貸出・有価証券投資の利回りが相応に高ければ)、@銀行は利益を得るためにこの不活動残高をコール市場に放出し、コール資金を取り入れた銀行はこれを支払準備として、コールレートよりかなり利回りの高い貸出・有価証券投資に運用する。あるいはA銀行はこの不活動残高を自行の支払準備として、コールレートよりもかなり利回りの高い貸出・有価証券投資に運用する。@もAも、その結果マネーストックが増え、経済活動が活発化し物価に上昇圧力が懸かる。この過程で、銀行から現金が流出し、マネタリーベースの中では不活動残高が減り、日銀券発行高が増える。
 しかし現在の金融は非正常で、コールレートはマイナスである。また日銀当座預金の60%弱には0・1%のプラス金利が付いている。金融が正常であれば、マネタリーベースを不活動残高として保有した場合の機会費用は、コール運用で得られる筈のプラスのコールレートであるから、コールに運用しなければ損である。あるいは、自行の貸出・有価証券投資の増加に伴う支払準備に使わなければ損である。
 ところが現状はコールレートがマイナスで日銀預金の過半にプラス金利がつくので、マネタリーベースの不活動残高保有の機金費用は損ではなく益である。また貸出・有価証券投資の基準金利とも言うべき10年物国債の利回りがゼロに近いので、貸出・有価証券投資の利回りは低く(105地銀中48行の18年3月期本業利益は赤字)、銀行にはその拡大意欲が乏しい。こうしてマネタリーベースは不活動残高として溜まる一方である。これは「リバース金利」現象である。コールレートをプラスに戻し、国債利回りをもっと高めに誘導すればこの問題は解決する。貸出・有価証券投資、ひいてはマネーストックの増加率は高まり、若干の利上げの景気抑制効果は相殺される。
 日銀の「展望レポート」(18年7月)では物価上昇率が高まらない理由として、ミクロ情報ばかりを述べているが、マクロ情報、すなわち何故マネタリーベースの著増にも拘らずマネーストックの増加率が高まらないかを分析し、銀行行動を積極化させるイールドカーブの水準と傾きを考えたらどうか。7月31日の日本銀行政策決定会合で決めた新しい政策が、「現在の極めて低い長短金利の水準」を19年10月の消費税率引上げ時まで続ける「想定」(フォーワードガイダンス)に重点があるのではなく、誘導する長期金利の変動幅を0・2%に拡大し、上限引上げによる事実上の利上げを狙った「ステルス利上げ」の始まりであることを期待する。またコールレートをプラスに戻し、日銀預金の付利を止め、ベースマネー保有の機金費用を「損」に戻し、また長期金利を引き上げてイールドカーブの水準と傾きを修正することの大切さに早く気付いてほしい。